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【9−3】お姉さんの隠し事

「それでね、アミュはアトレお姉ちゃんたちと旅してるんだ」

「そうなんだ。にしても、アミュ、初めて会った時より大きくなったね」


 確かに、クロエの記憶ではアミュは五歳児くらいの身長だったが、目の前の彼女は七、八歳児の背丈だ。

 きっと空白の十年間で大きくなったのだろう。


「アミュはもう、お姉さんだから!」


 大人ぶるアミュはなんだか微笑ましい。無論、アミュはクロエよりもずっとお姉さんなのだが。

 アミュはホットミルクのコップを両手で掴むと、ゆっくり小さな口ですすった。

 コップを戻すと案の定、アミュの鼻先に真っ白なミルクがつく。それをクロエは我が子の世話をするみたいに、ハンカチで拭いてやるとアミュはなんだか不機嫌そうな顔をみせた。


「アミュはお姉さんだから、口くらい自分で拭けるもん!」

「はいはい、ごめんね」


 適当に相槌を打って答えたが、アミュはずっとクロエの同い年の友達と思っているらしい。

 だからクロエに子供扱いされるのが嫌なのだろう。


「いいもん。早くクロエの話も聞かせて」


 機嫌を損ね、ぶっきらぼうにアミュは言い放つ。

 そろそろ自分の番かと思いながら、どこから話そうとクロエは思案した。


「えっとじゃあ、わたしがこっち来てからの話でもしようかな」


 そう言うと、クロエはホットミルクを啜り、鼻にミルクをつけて話し始めた。


* * *


 アミュにお別れの挨拶を言ってから、クロエは茂みを戻り家に帰った。

 小さな赤い屋根の平屋の家の前には、すでに出発のための安っぽい荷車の馬車が来ている。徒歩じゃない分、どれだけ馬車が嬉しいことか。

 馬車を横目に、クロエは家の玄関を開けた。


「ただいまー」

「あら、おかえり。学校のお友達に挨拶はしてきた?」

「……うん」


 まっさらな部屋の中で母は尋ねる。

 学校の友達に挨拶に行ったことは建前で、本当は森に住む魔族の友達に会いに行ってきたなんて口が裂けても言えない。

 その罪悪感のせいか、クロエの声は細くか弱くなっていた。


「クロエ、出発前にサンドイッチを食べなさい。あっちに着くまでまともな食事は取れないかもしれないんだから。それを食べたらお父さんが出発するって言ってたわよ」


 母に勧められるまま、クロエはカゴの中のサンドイッチを手に取った。

 たまごとキャベツのサンドイッチだ。

 少しだけ齧ると、残りはカゴに戻す。

 アミュの家でたらふく食べてきたこともあるが、今はそれ以前にあまり食欲がない。

 気分が落ち込んで食べる気力が湧かないらしい。

 それを見た母は、クロエに心配するように訊いた。


「もういいの? 最後に忘れ物がないか見てきなさい。お母さんは先に乗ってるから」

「わかった」


 そう言われても家具なんてほとんど家に残っていない。

 大体は売りに出してしまっているか、馬車に乗せてしまっている。

 かつて自分の部屋があった場所に入ると、予想通り何もなかった。床にも何も落ちてなく、陽の光が差し込むだけ。


(本当に引っ越しちゃうんだ。なんだか寂しくなっちゃうな)


 少し部屋を歩き回ると、何かがスカートのポケットからポトンと落ちた。

 それは赤いベリーだった。

 アミュとよく採ったり、食べたりしていた小さなベリー。

 自分は入れた記憶がないから、もしかしたらアミュがポケットに忍ばせたのだろう。

 ポケットに手を突っ込むと、まだまだたくさん入っている。

 さっき落としたベリーを、クロエは食べた。

 小指の爪くらい小さいけど、甘さよりも酸っぱさが目立つベリーはいつもの味だ。

 アミュとの別れが恋しくなり、涙が溢れて何もない床に落ちた。

 しゃくりあげながら、ポケットに残っているベリーを全部食べた。


「美味しいっ。……けど、すごく酸っぱいっ。アミュにまた会えるかな…………」


 袖で涙を拭い、部屋の扉を閉めてからクロエは家を出た。


「kikuuiki, amu.(ありがとう。アミュ)」


* * *


「こんなに早く出発してよかったの? もっと滞在してもよかったのよ?」

「うん。クロエとね、いっぱい話したからいいの」


 歩きながら尋ねるアトレに、アミュはすっきりとした表情で答える。

 たった二日間の滞在だったけれども、アミュはクロエといろんなことを話した。

 クロエもアミュに、引っ越してからのことをたくさん教えてくれた。

 最後に覚えていた姿よりもずっと大人で、何もかも変わっていたが、彼女の性格と心だけは昔のままだった。それだけでもアミュは安心できるし、懐かしい気持ちになれる。


「クロエはね、ひとりぼっちだったアミュに人間の言葉を教えてくれたの」


 初めて出会った時、アミュはクロエの言っていることが何もわからなかった。

 なんとなく名前を言っているのだけは伝わったが、それ以外は何も理解できなかった。

 だけどクロエが何かを感情に乗せて口にするたび、アミュはちょっとずつその言葉の意味がわかるようになってきた。

 拙くても必死にクロエと話そうとしていくうちに、アミュはいつの間にか魔族の言葉より人間の言葉の方が話しやすくなっていた。

 だからこそ、アミュはクロエと初めて会話できた日のことを忘れないし、クロエと話せることが何よりも大好きで大切なのだ。


「だからクロエとおしゃべりできるだけで、アミュ、とっても嬉しいんだ! だってアミュとクロエはお友達だもん!」


 歩きながらアミュは喜びながら小さく飛び跳ねた。

 ところが、アミュのポーチから何やらコロコロと小さなものがぶつかる音が聞こえてくる。

 アミュに石を集める趣味はないので不思議に思い、ポーチの口を開けた。

 すると中には真っ赤なベリーがたくさん入っていた。

(誰が入れたんだろう。美味しそう……)

 思わず手を突っ込んで、一つ齧ってみた。まだまだ新鮮で、食べると甘酸っぱい果肉がジュンわり口の中に広がる。

 よく食べていたあのベリーと一緒だ。

(昔クロエのスカートにベリーをこっそり入れた時があったな。もしかしたら、クロエが入れてくれたのかも!)

 ポーチを覗くとまだまだたくさん入っている。


「あむ!」


 アミュはもう一つだけベリーを頬張ると、残りはあとで食べるためにポーチの口を縛った。


ベルン編終わり

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