【8−9】矛盾
目の前にに散らばる赤い宝石の破片。そして突き付けられた杖。
アトレはこの運命を受け入れるしかなかった。
でも受け入れるわけにはいかない。
まだアミュを助けていないから。
だからどうにかして時間を稼げないかと思案した。
「早く殺しなさい。私にかける慈悲なんてないでしょ」
うつ伏せになりながら、目を上げてアルベリックを強く見つめる。
「ご名答。私は貴様の命を自由に扱える。ここで殺してもいいし、生かして利用することもできる」
「ならなぜ殺さないのよ」
「……ふむ。貴様は自分の価値に気付いていないようだな」
「私の価値?」
アルベリックは杖をアトレの顔に向けながら歩いて話し始めた。
「貴様はこの国の政治が矛盾しているとは思わないか? 私はそう思う。議会の上の皇帝。なのに帝国を名乗らず共和国を主張している」
「それは彼らが政治を担っていないからでしょ」
「それもある。では話題を変えよう。革命はなぜ起きた?」
革命が起きた理由。
それは学校で習うくらい一般常識な歴史の話題だ。
その答えは誰に聞いても同じことを答えるだろう。
「……ヴァリエ王国が腐敗したから?」
やはりとアルベリックは頷く。
そして不気味な笑みを浮かべ、アトレを見据えた。
「本当の理由を知らないな? 実際は違う。庶民と貴族の差が反乱を生み、革命が起きた。だが、皇帝は新貴族というものを作った。旧貴族にその権利はない」
アトレには彼の言う事がわからない。
どうして自分の価値が革命の話に繋がるのか。
しかし命の天秤をアルベリックに握られている以上、黙って聞くことしかできない。
「私はこの矛盾した政治を正し、王政復古をする役目だと思っている。貴様にとってもこれは好都合な条件だろう? 貴族がまた、国の実権を握る世界になるのだから」
大きく高笑いするアルベリックに、アトレは強く言い放った。
「ならどうして私を生かすのよ。アミュちゃんを攫う理由もわからないわ」
アルベリックの足が止まる。
彼はアトレに向かって歩き出し、彼女の目の前で止まり、杖をアトレから外した。
そのまましゃがむと、アトレの顎を掴んで己を見つめさせた。
「貴様はそのついでだ。私が求めているのは魔族の力」
「魔族の……?」
「貴様は何度も竜を倒してきた。しかし、その竜の根源にはイマイチわかっていないな」
彼の言うことはアトレの旅の全てを物語っていた。
ロコモアで会った初めての竜。
クルーエが復活させたと言っていたが、本当は彼がどこで封印されたユーちゃんを見つけたのか復活させたのかは分からない。
さらにはアミュが謎の言語を話して解決した時の翼竜。
森で突然現れ、なぜいたのかは分からず仕舞い。
そしてクレイトン城内の二匹の竜。
明らかに原生の二匹の竜は他の竜よりも遥に凶暴で、本物の竜を感じさせるくらいだった。
城外の竜にはアミュがいた。城内の竜はアミュが囚われていた。
アトレはなぜアミュが捕えられたのか、考えがまとまった。
「あなたは本物の竜を操って、革命前に戻そうとしている……?」
アルベリックはまた不気味な笑みを浮かべ、ご名答と言い放った。
そして雑にアトレの頭を離すと、また歩き始めた。
今度は杖を添えずに。
「そうだ。竜こそ脅威的なものはない。そいつらを操るためには、魔族を媒介にしなければならない。奴らの魔法は特殊だ。純粋な魔力を使い、魔族の言葉で動かす。それを使って竜を操るなんて実に簡単なことだろう?」
「じゃあどうやって竜を復活させるのよ」
「魔法の発現前の子供の魔力を使う。一度きりだが、本物の竜を生み出せる」
それを聞いた途端、アトレは強い憎悪と怒りを感じた。
人の命を軽んじる、アルベリック・レイヤードに。
「そんなことはさせない!」
アルベリックを怒らせてしまったのか、アトレは顔面を床に押さえつけられてしまった。
「無駄だ。貴様には王子と宮廷魔法使いを動かせる利用価値があったのに残念だ。ここで死んでもらう」
アルベリックはアトレから遠く離れると、背を向けて魔法を詠唱した。
彼はアミュから取り出した純粋な魔力を使い、アトレに真っ黒な魔力の塊を撃った。
(結局、誰も救えなかったし、家にも帰れなかったな……)
目を閉じ、全てを受け入れようとしたその時、アトレの身に何も起こらなかった。
魔法が当たった感触、痛み、まるで何も起こらなかったかのように、何も感じなかった。
強いて言えば身体が少し軽くなった程度か。
そして手をついてゆっくり立ち上がると、アルベリックに右腕を伸ばして手を向け、アトレは翡翠の瞳を輝かせて詠唱した。
「ヒカリエ」




