【8−8】結界の押し相撲
「ほう。覚えているとは」
アルベリックは杖を下ろし、アトレを見下すように見つめた。
その赤黒い瞳は執着に満ち、漆黒の髪は光を飲み込むように暗い。
まるでアトレと何もかもが対照的な而立ほどの男だ。
そして彼に負けじとアトレは睨みをきかせる。
「早くアミュを返して」
「それで返す奴がどこにいる」
すぐさまアトレは剣に手をかけ、大きく振りかぶりアルベリックに斬りかかった。
しかし相手は結界術に長けた一族だ。彼の身体は常に防御結界に包まれているため、全くと言っていいほど攻撃が通らない。
(わかってはいたけど、さすがね……)
「私に刃を向けるとは、なかなか度胸のある小娘だ。だが貴様もわかっていただろう。常に結界が張られていると」
やはりアルベリックはアトレの全てを知っているようだ。
アトレが魔法を使うことができないことも、魔法の代わりに剣を使っていることも。
基本的に結界は一種類の物質しか対応しない。
剣なら物理、魔法なら魔法特化。他二種類以上の物質を対応させることは不可能だ。
それはいくら結界術に長けたレイヤード家でもできないこと。
だから今のアルベリックに通用する攻撃は魔法しかない。
でもアトレは魔法による攻撃ができない。
ならば結界の隙を狙うだけ。
剣を縦に持ち替えてアルベリックを突き刺した。
剣は結界によって防がれてしまうがここまでは想定内だ。
「対話は無用か」
「それはそうでしょ。自ら殻に閉じこもるあなたに、こじ開けてでも話す趣味はないわ」
「ふん。そうか」
アルベリックは鼻で笑い、杖を大きく振りかぶった。
急いでアトレは突き刺さった結界から剣を抜くと、頭の上で歯を食いしばりながら杖を受け止める。
全く力を入れていないというような澄まし顔でアルベリックはアトレを見つめる。
そして杖に力を入れてアトレの姿勢を崩した後、振り払った。
間髪入れずに魔法を詠唱、刃のように尖った結界の粒をアトレに飛ばした。
(危ないっ!)
結界はアトレの髪をかすめて床に刺さり、崩壊した。
(なんなの今の攻撃……結界の粒を飛ばしてきたわ)
驚いて頭の中が真っ白になる。
アトレが固まったその時、足元からアトレを閉じ込める結界が出てきて彼女を閉じ込めようとした。
すぐに気付き、横に回避したがまるで隙がない。
「貴様はいつから結界は守ることしかできないと思っていた?」
また結界の尖った粒が飛来する。
それを剣で振り払うが数が多くて処理しきれない。
結界の一つかアトレの顔をかすめる。
止まない刃の雨に苦戦していたその時、アトレの胸のペンダントが赤く光り、前面に大きく防御結界が張られた。
「はぁ、はぁ……ありがとう、お父様……」
剣を床に立てて、アトレは崩れるように体重を預けた。
息が上がりながら、顔についた血を手の甲で拭き取る。
朦朧とする目線でアルベリックを見つめるが、彼は張られた結界に嫌な顔をしていた。
「魔道具の結界。全く邪魔な真似をしやがる」
アトレのペンダントは少し特殊だ。
所持者が傷ついたり、命の危機に陥ると自動で発動し、守るというもの。
普通の魔道具は所持者が手動で使用するのと違い、セレオがわざわざアトレのために自動で発動するよう、家にある昔の魔道具を改造して作ったのだ。
そして発動すると結界と同時に、前方へ魔法を打ち消すように攻撃が入る。
まさに攻撃魔法に長けたエマニュエリ家らしい魔法だ。
だからエマニュエリ家が嫌いなアルベリックは嫌な顔をしたのだ。
「魔法が使えない貴様にとって、魔道具にしか頼ることができないのは実に滑稽だ」
眉に皺がよっているというのに彼の話し方は淡々として、全てを見通しているかのようだ。
「私にとってのこれは、お父様とお母様が私を認めてくれた証なの。あなたに言われるような筋合いはないわ」
強く言い放ち、牽制するようにした。
アルベリックに関わらせないと。
「だがそれはただの魔道具だ。その場で詠唱する魔法に敵うはずがない」
「……っ!」
痛いところを突かれてしまった。
あくまで魔道具はプログラムされた術式をその場で答えを出す計算機のようなもの。
こめられる魔力量も実戦の魔法と比べて小さいので、魔道具はその場の魔法よりも威力が小さくなる特徴がある。
アトレもそのことを知っていて、なるべく発動させないように攻撃をかわしてしたのだ。
「魔法も知らない貴様に、本物の魔法を見せてやろう」
低い声で言い放ったアルベリックは杖を床に強く打ち立て、球状の結界を張った。
徐々に目の前に迫る結界からアトレは逃げることができなかった。
遂にはアトレの結界とアルベリックの結界が接触してしまう。
「ダメ! 壊れないで!」
手を広げて支えようとした。
だが、魔法が使えないアトレに結界を支えることはできず、だんだんペンダントの結界が押されてヒビが入り……
そして、ペンダントとともに砕け散った。
(私の……想いが…………)
反動でアトレは顔面から床に崩れ、一瞬のうちにアルベリックの結界に呑み込まれた。
ゆっくりとアルベリックはアトレに近づいて、足でアトレの手から離れた剣を蹴り飛ばした。
身体を強く打ったアトレは動くことも抵抗することもできずに、離れる剣を見ることしかできなかった。
そしてアトレの目の前に杖が突き付けられた。
「終わりだ。アトレ・エマニュエリ」




