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【8−6】優秀な駄メイド

 ふと気がつくとアミュは見知らぬ部屋で目を覚ましていた。

 ふかふかのベッドで寝ていたはずが、今は床に布団をひいた上で寝ている。

 石造りの壁は木造の宿とは違い、安心する要素がない。

 まだ眠たい頭を動かし、アミュは辺りをキョロキョロと見渡した。

(あれ、アトレお姉ちゃんは? リュカお姉ちゃんもいない……)

 首に違和感を感じ、軽く触れると金属の首枷が付いていた。

 額を触ると角が戻っていた。

 ひとりぼっちの部屋、よくわからない首枷、魔族である証拠の角があることに不安を感じ、アミュの目には寂しくて涙が溢れた。

「アトレお姉ちゃんどこ……? アミュ、怖いよぉ……」

 薄暗い部屋の中で一人啜り泣いた。

 すると背後から鼻につく低い男性の声が急に聞こえてきた。

「ほう。やっと目を覚ましたか」

「やだっ! こないで!」

 必死に後退りし、手を前に出して魔法を使おうとした。しかし、アミュの思い通りに魔法が出ることはなく、何も起きないまま壁にぶつかってしまった。

「助けて、アトレお姉ちゃん……」

 男を見据えながらアトレに助けを求めようとする。彼女が来ないと分かっていても。

 そして男はジリジリとアミュに近づいてくる。

 言葉に表せないような恐怖がアミュを襲う。

 遂にはしゃがんでアミュの顔を見ようとする男の顔から、目を逸らして逃れようとした。

 しかし、男は背くアミュの顎を無理やり掴んで、自身の顔をを見させた。

「アトレ。忌まわしき一族の小娘め。貴様はなぜそれに助けを求める」

「……優しいから」

「人は皆、表面しか見ない。……貴様は人ですらなかったか」

 そう言って、男はアミュの顔を雑に離すとゆっくり立ち上がった。

「少し話をしよう。立て」

 最後の言葉には圧があった。従わないと殺されるような威圧感だ。

 アミュはビクビク怯えながら壁をつたって立ち上がった。

 背の高い彼は真っ黒な髪にアトレくらい身なりの良さそうな服装であった。

 その瞳はアトレと対照的な真っ赤な緋色の瞳をしていた。

 赤い瞳のアミュとは違う、執着に溢れた目だ。

 そして彼はゆっくり歩き出したので、アミュは距離を置いて彼に付いていった。

「あなたは誰?」

 警戒しながらも強く尋ねる。

「私か? 私のことはアルベリックと呼ぶといい」

 アルベリックはアミュを見ずに歩きながら答えた。

「どうして、アミュを連れてきたの」

「いい質問だ。貴様には私を手伝ってもらう」

「やだって言ったら?」

 アミュが力強く言うと、首が強く絞まるような感覚がした。首枷は動いていないのに、苦しいのだ。

 それに魔力がどんどん吸われる感じがする。徐々に身体に力が入りにくくなってきた。

 アミュは魔族だから人間よりも魔力の変化に敏感で、体内の魔力が尽きると命に危険が及ぶ。

 そのことをアルベリックは熟知しているのだ。

「やめっ……ケホッ、ケホッ」

 アミュが咳き込むとすぐさま魔力の漏出は止まった。

「おっとすまない。子供をいじめる趣味はないんだ。理解したならそこに立て」

「うん……」

 素直に言われた場所に立った。足元には金色の魔法陣が描かれていて、この場所だけ魔力濃度が他より高かった。

 魔力を吸い取られたアミュにとって、少しは気の安らぐ場所だ。

「協力に感謝する」

「アミュはここで何をすればいいの?」

「立ってるだけでいい」

 アルベリックが指を鳴らした次の瞬間、足元の魔法陣が輝き、アミュは特殊な結界の中に閉じ込められた。

 それに呼応するように首枷がアミュの魔力を奪う。

 しかし魔力濃度が高いため、すぐに魔力を回復させられる。

 奪われた魔力は首枷からどこかに放出されるが、アミュはそれを吸収することはできない。

 平衡状態による強い負荷にアミュの身体が持ち堪えることはなく、徐々に瞼が重くなって意識が遠のいた。

「アトレ……お姉ちゃん……」


 目の前が真っ暗になった。


* * *


「ナディア様! 竜への心得は?」

「もちろんありません」

 地竜を正面にアデリーナは杖を構える。

 狙うは眉間。

 ここからなら一番魔法を外しにくい。

 竜が突進したその瞬間、魔法を詠唱して炎の渦で眉間を撃ち抜いた。と、思っていたが、竜の硬い鱗に弾かれて天井に当たった。

 その隙に竜がアデリーナたちに向かって突進するが、すぐさまナディアが防御結界を張る。

 たった一瞬の出来事が数分のように感じる。

 直撃すれば致命傷は避けられない状況に頭が追いついていないのだろう。

「ナディア様、一つお願いがあるの。あたしが火球を作るから、風の刃で竜を怯ませながら縦巻きの渦を作って欲しいの」

「それはつまり……」

「擬似的なビームを作るのよ」

「なんと」

 手のひらを、ぽんと叩いてナディアは納得し、風の刃で竜を襲った。

 当然だが、そんな攻撃程度で竜を倒せるわけがない。

 そして竜が怯んだその隙、アデリーナは火球をナディアの風の渦に乗せて放つ。

「フレイルベーレ!」

 高温の業火は青く染まり、竜を飲み込んだ。

(今度こそ……)

 煙が晴れるとそこには傷だらけながらも、まだピンピン生きている竜が立っていた。

 アデリーナは自身最大の攻撃を放ったつもりだった。

 だけど竜は彼女の攻撃が全く効いていない様子でいるので、思わず足がすくみ目をひん剥いてその場で怯えた。

 格が違いすぎるのだ。

 ナディアに縋ろうとしたその時、彼女はアデリーナを適当に慰めながらとあることを提案した。

「アデリーナ様。あの竜を二十秒間足止め願いますか?」

「あ、足止めって、何か作戦があるんですの?」

「ええ。そろそろ本気を出さないといけないようです。後で特別給与をください」

「はぁぁぁぁ! ……か、かっこいい! もちろん、全力で働かせてもらいますわ!」

 どっちが雇用主なのだろうか。

 さっきまで弱腰だったアデリーナはナディアの勇姿に元気付けられ、目を輝かせて再び立ち上がった。

 たった二十秒ならアデリーナでもどうにかなる。

 杖を構え、再確認した。

「二十秒ね」

「お願いします」

 竜と目が合う。


「固まりなさい!」


 アデリーナは目が合うと拘束できる魔法を使った。

 この竜ならせいぜい十秒が限界だろう。

 そのまま目を離さずに、竜を囲むように火の海を作り出す。

 ちょうど十秒、火が大きくうねり、アデリーナと竜に壁ができた。その間、もう一度火球を打ち込む。

 これで竜を後退させれば二十秒以上のマージンは確保できる。

「ナディア様!」

 叫び、彼女の方へ振り返る。

 ナディアは真剣な顔で杖を使わず、右手を広げながら高く天に向けた。

 その姿は普段の無表情のメイドのナディアとは全く違う、冷酷な魔女さながらであった。


「<風追いの魔女>ナディア・ノートンの名の下に」


 風が止み、時が止まったように音がなくなる。

 弱まった火の中の竜に向かい、腕を伸ばしながら右手を広げて狙った。


「風の執政よ。貫け」


 何かを掴む動作をした後、腕をグイッと引っ張った。

 とてつもない暴風が吹き、竜は腹に大きな穴を開け、その場に倒れて塵となり霧散した。

 ナディアの不思議で強力な魔法にアデリーナは唖然となり、めちゃくちゃ興奮した。

「キャァー! ナディア様ぁ素敵ー!」

「当然です。少し疲れたので早退します」

 言った通り当然のようにドヤ顔一つせず、ナディアは無表情を貫いた。

「もちろんですとも! だけど、どうして最初から使わなかったの?」

「これを使うと一週間魔法が使えなくなるのです」

 ナディアの魔法は実質、神を顕現するようなものだ。大量の魔力を使い、一度だけ強力な攻撃が使える。

 よく使い魔と協力して攻撃をする魔法使いがいるが、これはそれと似たようなものだ。

 だけど自身の得意な属性でしか使うことができず、かつ基礎的な魔力量に大きく依存するため、国内でも同じようなことを使えるものは数少ない。

 一つの属性につき二人いればいい方だ。

 だからと言って、これを好んで使う人はいない。

 魔法使いにとって一週間の魔法の制限は、剣のない剣士のようなものだ。あくまで非常用というわけだ。

「さて、アトレ様のお手伝いに行きますわよ。早退はそれからだわ」

「おっと」

 さっさと帰って寝たいという欲望が丸見えな顔だ。

 そんなナディアの扱い方をアデリーナはなんとなくだが分かる。


「あらぁ。案外一瞬で片付いちゃったわね」


 ねっとりとした男の声。

 どこからか聞こえてくる気味の悪い声に警戒し、すぐに杖を構えた。

 そして気付いた時には真後ろに。舐め回すようにアデリーナの首を触った。

 身体がビクンと震え、後ろを振り返る。

 そこには茶髪の前髪が長い男がゆらゆらと立っていた。

「あらやだぁ。気付かれちゃった」

「だれ」

 アデリーナは強く威圧的に言った。

「そんな怖い顔しないで。かわいい顔が台無しじゃない」

 そうして男は舌なめずりをした後、口を開いた。

「竜使い、カペー。あなたたちを葬りに来た」

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