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【8−5】潜入作戦

 それから二日後。

 エキュートは発声練習をしながら水色の衣装を着て準備していた。

 その横で赤い宝石のペンダントを首にかけ、緑の紐で髪を結ぶアトレが眺めていた。

「引退したのにまた歌わせちゃってごめんね」

「いいのいいの。わたしの役目は誰かを助けることだから」

 すでに声はエキュートになっている。

 衣装に皺がないかを確認していると、二人の部屋にアデリーナとナディアがやってきた。

 二人ともいつも通りの服だ。

「おはようございます。アトレ様、リュカ様?」

 目の前のエキュートにナディアは驚いている。

 どうやらこの間の作戦会議で何にも聞いていなかったようだ。

「うん? おはよう、ナディアさん!」

「なぜここにエキュートが? 猫様はどちらに……」

「ナディア様! リュカさんがエキュートちゃんなのよ」

「なんと」

 全く緊張感のないメイドだ。

「おや。みなさんお揃いのようですね」

「おはよう、じいや」

 普段通り、スーツを着たバルが部屋の外で話しかける。

 淑女の部屋には勝手に入らない紳士の配慮だ。

 どっかの貧乏魔術師とは勝手が違う。

 そのどっかの人はまた寝坊らしい。

「ら〜らー。アトレ。わたしはもう準備はできたよ」

 真っ白な手袋をはめ、エキュートの目に力が入った。

 それを見て、アトレも心の準備ができて剣を持って立ち上がった。

「みんな。行くわよ」

 各々が静かに頷く。

「あっぶねー。間に合った?」

 息が切れ切れのラスカが部屋に飛び込む。

 そんな彼にアトレは哀れみの目を向けた。

 以前も同じようなことがあったのだ。

「遅刻よ」

「ごめんて」

「ほら行くよ」

 雑にラスカをあしらうと、アトレは前に歩き出した。


* * *


 エキュートは今、ものすごく緊張している。

 ここまで緊張しているのは初めてかもしれない。

 怖くて手が震えるくらいだ。

 だって今回のライブには、友達の命がかかっている。

 大丈夫だってわかっていても、やっぱり怖いのだ。

 いよいよクレイトン城の城門の前に来ると心臓の鼓動が速くなる。

(何を怖がってるんだ、私。エキュートはみんなを助ける存在なのに……!)

 そうだ。

 怖いのだ。

 もしかしたら、リュカの友達を失ってしまうのが怖いのだ。

「リュカ、リュカ」

 アトレの声に気付き、目が覚めた。

 今のアトレはリュカとしての私に話しかけている。

「リュカ。大丈夫よ。私達は必ず帰ってくる」

 にこやかに笑う彼女の顔は安心する。

 自分はいくらも彼女より大人なのに情けない。

 だけど今回は違う。

 大人だからこそ、彼女に言っておきたいことがあった。

 リュカよりも背の大きいアトレの額に指を付け、彼女に言い聞かせるように言った。

「アトレ。必ずアミュちゃんを連れ帰ってきてよ。絶対に、無茶はするんじゃないぞ」

「うぐぅ……」

 言ってよかった。アトレは無茶する予定だったらしい。

「なんか、その顔で言われると頭がこんがらがるわね。私のエキュートのイメージが崩れる感じ……」

「ふんっ。顔は一緒だろ」

「ふふっ、そうね」

 アトレの顔が明るくなった気がした。

 それは自分も同じようだ。

 彼女と話すと歳が離れているのにも関わらずなぜか楽しい。

 もっとこの時間を守りたい。

 だから、エキュートはここで歌うんだ。

「じゃあね、リュカ。私、頑張るから」

「ああ。待ってる」

(もし帰って来なかったら、ずっとあべこべの姿と声で話してやる)

 アトレは去り際に手を小さく振る。

 それに呼応するように、エキュートは声を張り上げた。

「アトレちゃーん!」

 アトレは嬉しそうに振り返った。

「わたしも頑張るから、絶対に帰ってきてねー!」

 とびきりの笑顔で手を振り、アトレを送る。

「ありがとー! エキュートちゃーん!」

 彼女は大きく手を振り返し、ウキウキした様子で走り去った。

 エキュートの目の前は涙で滲んでいた。

「よし」

 衣装を隠していた白いポンチョを脱ぎ捨て、その場をステージに変えた。

 城の中や町中からどんどん人が集まる。

 目を閉じて息を大きく吸い、エキュートは緊張を振り切った。


「みんなー! 海猫の、エキュートだよっ!」


* * *


 クレイトン城の裏口に、推しに応援されてウキウキのアトレは向かった。

 もうそこには仲間が集まっている。

「遅くなって、ごめんなさい」

「リュカは大丈夫なんか?」

「ええ。きっと、成功させるはずよ」

 その時、城の奥で大きな歓声が上がった。

 どうやらエキュートのライブが始まったらしい。

「では、始めます」

 ナディアが裏の扉に手を伸ばし、詠唱を始める。

 扉にも結界が張られているため、それを解くためだ。

 ドアが淡く金色に輝くと同時に鍵が開く音が聞こえた。

「思っていたより杜撰ですね」

 ナディアがドアノブに手をかける。

 扉が開くと中は真っ暗だった。

「うひゃぁっ……こ、怖いぃ……」

 アデリーナがアトレの腕に抱きついた。

「ほら、こんなことで怖がってちゃ何にもできないわよ。ラスカ、灯りは出せる?」

「はいよ」

 片手に火の玉を載せ、辺りがほんのり赤く灯される。

 そしてラスカは一番前に出た。


「お嬢様、わたくしが先行させていただきます」

「ありがとう、じいや」

 バルがお嬢様二人の前に出て中に入る。

 彼に続き、お嬢様二人は中に入った。

 最後にナディアが中に入り、ゆっくり扉を閉めた。

 真っ暗になった城内はラスカの灯だけでとても不気味だ。

 コツコツと石の廊下を踏みしめる音が響き、火が揺れる音はまるで人魂のようだ。

 アデリーナが怖がるのも無理はない。

 逆に怖がらないアトレたちの方が不思議なくらいだ。

「次の曲がり角を右です」

 ナディアの案内の元、五人は進む。

 城内構造もボスが漏らしてしまっていた。

 ナディアの予測だと、アミュは最上階にいる可能性が高いとのこと。

 その階には公爵の部屋もある。彼との戦闘は避けられないだろう。

 静かに歩いていると、どこからか人の声が聞こえた。

 アトレの心臓が一気に速くなる。

 壁に張り付いて、その会話を盗み聞きした。


「おい知ってるか? あっちでエキュートがライブしているらしいぞ」

「マジかよ。引退したんじゃなかったのか?」

「今はそんなことどうでもいいだろ。はやく行くぞ」


 どうやらエキュートのライブは成功しているようだ。

 リュカが城門の前でライブをし、中にいる傭兵を誘い出す。そうすれば中にいる戦闘可能人数は少なくなり、アトレたちは最上階に行きやすくなる。

 無駄な戦闘を避けられ、見つかる可能性も少なくなる。

 エキュートのカリスマ性がなければ成し得ない作戦だった。

 アトレはホッとして胸を撫で下ろし、先へ進んだ。

 階段を上がり、二階、三階へと上がる。

 ここまで来れば壁に松明がつき、床にはレッドカーペットが敷かれている。

 そのおかげか、アデリーナはやっとアトレの腕から離れることができた。

 しかし、その安堵は束の間であった。

 何かの生き物が低い声で唸るような音が廊下に響く。

「みんな気を付けて。何かくる」

 アトレは剣を握りしめ、バルは銃を、ラスカとアデリーナは杖を構えた。

 何かが雄叫びをあげると、奥の松明が消えた。

 そして暗くなった空間に、赤い光が二つ輝いた。

 そのまま赤い光がこちらに進んでくると、奴は姿を現す。

 幅広い廊下いっぱいの橙赤色の大きな身体。

 鋭い牙に鋭い爪。目力のある瞳の動物は翼が無いにしろ、それはアトレが知っているものであった。


「竜よ! みんな避けて!」

 橙赤の竜はアトレたちに突進する。


 その速さは凄まじく、隆々とした足の筋肉を動かして一瞬のうちに近づいた。

「危ない!」

 アデリーナがアトレを突き飛ばし、竜から回避させた。

 背中から壁に打ち当たり、肺が潰されて咳が出た。

「……ありがとう、アデリーナ。って、その腕……!」

 彼女の左腕は服が捲れ、皮膚が露出し痛そうな擦り傷ができていた。

 真っ白な彼女の腕には些か目立ちすぎるくらいだ。

 しかしアデリーナは痛そうな顔を一つもせず、杖を構えた。

「アトレ様! ここはあたしに任せて!」

「では私も残らなくては」

 ナディアは背筋を伸ばし、しっかりとしたメイドの姿勢でアデリーナの後ろに立った。

 ナディアもフランクール法学校の卒業生だ。

 ここは彼女たちに任せてもいいだろう。

「ありがとうアデリーナ! じいや、ラスカ、行くわよ」

 一瞬、アデリーナのふにゃりと幸せそうな歪んだ顔が見えたが、気にせず彼女たちに竜を任せ、三人は走って先へと進んだ。

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