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【8−3】消えた魔族

 昨日のことはよく覚えていない。

 ナディアというメイドに昼間から酒を飲まされた挙句、何かを話していたところまでは覚えている。

 しかしリュカは酒にとても弱い。

 最初の一杯をちびちび飲んでいたが、それでもいつの間にか寝てしまい、気付いたらふわふわのベッドで寝ていたのだ。

 起きた頃には辺りは暗く、アトレたちの姿はなかった。

 それから服を脱いで下着になり、まだ眠いのでもう一度寝た。

 パジャマなんて荷物がかさばるし、下着の方が布団がひんやりして特に夏は気持ちよくて好きなのだ。


 次に起きると早朝だった。

 心地よい風が開けっぱなしの窓からそよいでくる。

 アトレはまだ寝ているし、アミュは……

(あれ、アミュが、いない……)

 急いで窓から見下ろした。

 しかしアミュの姿はない。

 急いで上着を羽織り宿の外へ出た。

 しかし、アミュの姿はどこにもない。

(まずいな。もし宿から出たら探しようがないぞ……)

 このまま下着姿でアミュを探してもいいのだが、通行人の目が痛いのでさっさと着替えてから探すことにした。

 二階に駆け上がり、急いで外行きの服に着替える。

 その音で目を覚ましたのか、アトレが起き上がった。

 ゆっくり説明してから着替えることが惜しいので、着かけの服のままアトレに駆け寄って伝えた。

「アミュがいないんだ!」


* * *


 アミュの失踪を聞いたアトレは一気に目が覚めた。

 目の前のリュカはとっても真剣な顔で着替えている。

 そして肝心のアミュはベッドから消えていた。

 ことの重大さに気付いたアトレは一気に顔が青ざめた。

 リュカが寝てしまうとアミュの角が元に戻ってしまう。昨夜は帽子を被ったからいいものの、今はその帽子すら残っている。

 これではアミュが魔族だってことがバレてしまい、街中が大騒ぎになってしまうだろう。

 アトレは簡単に髪を結んでまとめ、リュカとともに宿を飛び出した。

「私は右に行く。アトレは左に行ってくれ」

「わかった」

 寝起き二分で全力ダッシュは些か肺と心臓に負担が掛かる。

 しかし今はそんなことを言ってられる状況ではない。

「アミュちゃーん!」

 声を出して探し続けた。

 アミュが行きそうな場所は全て探した。キラキラしたものが売っている場所、美味しい匂いがする場所、ゴミ箱まで探した。


 だけど、どこにも彼女の姿は無かった。


 シルクのパジャマで夏の日中は暑い。汗だくでへとへとになりながら、やむを得ず宿に戻った。

 するとたまたまリュカも戻ってきていた。

 彼女も相当走ったようで、髪の毛から汗が垂れていた。

「見つかったか?」

 黙って首を振った。

「そうか……。一旦アトレは着替えな。そのままじゃ暑くて倒れてしまうよ」

「そうね。水浴びしてからもう一度探すわ」

 リュカに言われた通りアトレは着替えに部屋に戻った。

 バルとラスカの部屋は扉が開いていて、アミュを探しに行っているのだろう。

 汗だらけの服は肌にべっとりついて気持ち悪いし、脱ぎにくい。

 汗を水で流し、ワンピースに着替えているとドアがノックされた。

 こんな時に誰だろうと扉を開けると、お菓子などを持ってきたアデリーナとナディアが嬉しそうに、片方は無表情で立っていた。

「おはよう、アトレ様っ。お菓子とボードゲームを持ってきたわ。って、どこか出かけるの?」

 タオルで頭を拭きながら、アトレは今の状況について説明した。

 二人なら大丈夫だろうとアミュが魔族であることも打ち明けた。

 そのことを聞いた二人は驚いてその場で固まった。

「アトレ様、それいつの話?!」

「今朝よ」

「ではアミュ様は突然姿を消したと。それで彼女が魔族であるから余計にまずいと」

「理解が早くて助かるわ」

 ナディアが珍しく顔を顰めた。

 そしてしばらくすると、何か思いついたのか手を打ち口を開く。

「もしかしたら、位置を割り出すことなら可能かもしれません」

「本当?!」

「多分です。以前リリアン様が迷子になった時に使った魔法があります。アミュ様の特徴を言ってもらえばわかるかもしれません」

 するとナディアは目を閉じ、手を胸の前に組んだ。

 すでに準備はできているらしい。

 普段は酒とタバコにしか興味がないこのメイドが、今回はすごく親身になってくれる。

 ギャップがすごいが、頼もしいメイドだ。

「では始めます。まず、魔力量を魔法使いレベルまで絞り込みます」

 静かに時が進む。

 アトレとアデリーナにはナディアがどんな感覚なのか分からないし見えないが、今現在探知魔法が進行していることだけがなんとなく伝わる。

「対象、415人。アミュ様は女性ですよね」

「そうよ」

 ナディアは目を瞑ったまま一本の糸を探る。

 それがどんなに大変なことか、先ほどの一言で伝わってきた。

「対象、223人。アミュ様は魔族でいいのですよね」

「そうよ。アミュちゃんは魔族」

「なら、魔力の流れが変わっている人を探せばいいのですね」

 魔力の流れを見分けるのがどれほど難しいことなのか、アトレは知っている。

 それは宮廷魔法使いのマクロンではないと繊細な変化には気づけない。だってルミネですら分からなかったのだ。

 それを当たり前のようにこなそうとするナディアは控えめに言って異常だ。

 しばらく見守っているとナディアは目を開いた。

「対象2名。そのうちの一人は子供の体型ではないため除外しました。もう一人がおそらくアミュ様でしょう」

「……それで、アミュちゃんはどこに?」

 ナディアは心配そうに見つめるアトレから目線を逸らし、窓辺に近づくと外にある大きな建造物を眺めた。

 その目線の先にはコルネイユの象徴的建物、でありレイヤード公爵の屋敷。


 ——クレイトン城。


 ナディアが言うことが正しければ、アミュは今クレイトン城にいることになる。

 だがあそこは私有地であり、人の家だ。臆病なアミュが夜に抜け出してまで侵入するとは到底思えない。

 すると浮かび上がってくる答えが……

「アミュちゃんは……誘拐された?」

「その可能性が高いです」

「ナディア様! その……魔法に誤差があるとかじゃないの?」

「探知魔法の精度は九十九パーセント。このナディア・ノートンが言うのですから、間違いではありません」

 ナディアは虚言癖がある女だが、今回の発言には嘘をついているような素振りは無い。

 その上無表情で何事にも自信ありげな雰囲気の彼女では、些か説得力がありすぎるのだ。

 この衝撃的な事実を、アトレは受け入れる他なかった。

 突然心臓の鼓動が速くなり、思わず胸を押さえつけた。

 その時、汗をタオルで拭きながらリュカが部屋に入ってきた。

「すまないアトレ。何も手掛かりが見つからなか——ナディアだ……」

 ナディアを見た瞬間、昨日の記憶が蘇ったのかリュカの動きが止まった。

「お帰りなさいませ猫様。今アトレ様と楽しい話をしていました」

 こんな状況でも冗談を言えるのがナディアという女だ。

 その奥には胸を押さえて、壁に寄りかかっているアトレがいる。

「……楽しい話をしているのに胸を抑える奴がどこにいるんだ。アトレ大丈夫か? 水、飲んだ方がいいよ」

 急いでリュカがコップいっぱいの水を渡してくれた。

 それを飲み干すと、アトレはナディアにさっき起こったことを言うように頼んだ。

 その間、アトレはアデリーナに支えられながらベッドに座った。

 さっき衝撃的なことを知った影響で身体にストレスがかかり、熱中症になっているのだろう。

 視界がぼんやりと狭い。

「大丈夫? アトレ様」

「うん。しばらくじっとしていれば治るはず」

「その……アミュちゃんのことは……」

「私もすごく心配。……きっと、誰もいないから寂しくなって泣いてるはずだわ」

 アミュの身に何か危険があるかもしれない。

 そう思うとここにいるのがいた堪れなくなるくらい心配だ。

(もしあの子が何かされたら、きっとひどく怯えてしまうわ……)

 俯いて拳を強く握った。

 その時、ナディアが思いもしないことを口にした。

「アトレ様、以前ボスがこんなことを漏らしておりました」

「ボスが?」

 ナディアの言ったことは全ての伏線を回収するような、先ほどよりも衝撃的な内容であった。


「『レイヤード家は人体実験を行なっている』と」


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