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【8−2】厄介ファン2号登場

 近代的な石造りの大きな建物に大きな木製の扉。厳重な警備。

 それに立派な門を構えた邸宅が隣にあるこの建物は、国内有数の大銀行

「ラフィット大銀行——本店」である。

 その立派たるさは地方の大都市には似つかわしくない佇まいだ。モンカルムにある方がよほど馴染む。

 そんな立派な建物に入り、アトレは小切手を取り出した。

 金貨七十枚以上になるこの小切手は無くしてしまう訳にはいかない。使い方を間違えれば国が動くレベルだ。

 その小切手を受付で見せると、受付のお姉さんは焦ってしまった。

 まさかこんな執事付きの旅人風情が、小切手を取り出してくるとは思わなかったのだろう。

 彼女があたふたしていると、どこからともなく聞き覚えのある少女の声が聞こえた。

「待ちなさい。その方の小切手は信用に値するわ」

 嫌悪、謝罪、尊敬。その彼女の声を全て聞いたことがある。(但し嫌悪は演技である)

 アトレが声のした方を向くと、立派な服とスカートを着た赤毛巻髪の少女がゆっくり歩いてきた。

「アデリーナ!」

 思わず声を上げた。

 アデリーナはアトレの前まで来ると、目を閉じスカートをつまんでカーテシーをしながら謝った。

「お久しぶりです、アトレ様。リリアンの件は本当に申し訳ございませんでした」

 続けて彼女は顔を上げると、厳かな淑女のように真剣な顔で話した。

「小切手の件ですがあちらのお部屋でお話ししませんか? 今、係の者に案内させますのでお連れ様もご一緒にどうぞ」

 同年代とは思えないほど落ち着いた雰囲気で、受付の人にアトレ達を小部屋に案内させた。

 彼女はアトレとはまた別の感じのお嬢様だ。

 アトレに負けず、所作から家の良さが分かる。

 真っ白の小部屋のソファに座ったアトレは、アデリーナが戻ってくるのを待った。


 数分後、扉が開いた。

 そこにはアデリーナともう一人、大量の書類を抱えた背の高い黒髪のメイドがいた。

 そう、どこかの伯爵家の酒カスメイド——ナディア・ノートンであった。

「ナディアさん?!」

「お久しぶりですアトレ様、ラスカ様、それと執事様」

 相変わらず仕事が面倒そうな顔である。

 そしてナディアが書類を机に置き、扉を閉めるとアデリーナの表情が変わった。

 なんとアトレにメロメロな感じの満面の笑顔で、座っている彼女の胸に飛びついたのだ。

「アトレ様ー!」

 しかもそのまま、アトレの薄い胸に頬擦りし出した。

 アデリーナの恋文は何度かルミネの家にラビナの手紙と混じっていたが、これほどまでとは。

「ちょっ、アデリーナ離れてっ」

 アトレが懇願するもアデリーナは嬉しそうに抱きついたままだ。

 それを見兼ねたナディアが、彼女の首根っこ持って剥がした。こういう時頼りになる。

 アトレは困ったようにため息をついた。


「んで、ナディアさんはともかく、この人は誰なんだ? またアトレの厄介ファンか?」

 この状況を理解していないラスカが聞いた。

 ていうか誰もナディアがここにいることに突っ込まないのも謎だが。

 一応根はちゃんとしたお嬢様なので、アデリーナは自己紹介を忘れなかった。

 そして、先ほどの淑女モードで挨拶を。

「お初にお目にかかります。あたくし、ラフィット財閥の長女、アデリーナ・ラフィットと申します。皆さん知っていると思うので説明は省きますが、今夏だけメイドをしてもらっているナディア様です」

「現在アデリーナ様、兼ラフィット家専属の完璧無欠のスーパーメイド、ナディア・ノートンです」

 相変わらず人形じみた無表情の彼女だ。

 そしてナディアは猫耳のリュカを物珍しそうに見つめた。

「はて、この猫様は?」

「私はリュカだ」

 ナディアはもしかしたらいい酒飲み仲間になると思ったようで、リュカに年齢を尋ねた。

 しかしリュカは三十代なりたてだ。恥ずかしくて言えたもんじゃない。

「じゅ、十五歳……」

 罪悪感ましましのサバ読みだ。

 ラスカがリュカの頭を軽く叩いたので、彼女は正直に話した。

「この間まで二十九歳でした……」

「なんと」

 ナディアが目を丸くして驚いた。

 まさかこんな自分より小柄で若そうな人間が、まさか自分より年上だなんて。

 するといい獲物を見つけたかのように、アデリーナに自慢しながら話し始めた。

「アデリーナ様。私はこれからリュカ様と酒を飲みに行ってきます。では」

「昼間からお酒っ! なんてかっこいいのかしら!」

 アトレ達に助けを求めるリュカを、ナディアは強引に押して部屋を後にした。

 その姿をアデリーナは手を握って尊敬の眼差しで送った。


 その後、アデリーナはアトレの隣に座るラスカをどかし、堂々と隣にピッタリと座った。

 そのアデリーナに、ラスカは畏怖の目を向けた。ナディアとアトレへの愛が重すぎて恐怖を感じているのだ。

 そんなことを気にしないアデリーナは嬉しそうに話しながら、中身は真面目すぎる内容の話を始めた。

「では小切手の話を始めますねっ。別に子供の前でも問題ない話ですから、そのままここにいていいですよ」

「アミュもいていいの? やったー、じいや、お膝に乗らせて」

 アミュがバルの膝にちょこんと座った。

 あまりに意味不明すぎる状況に困惑したラスカは、一応誰もいない対面の柔らかいソファに腰掛けた。

「アトレ様っ、小切手の内訳は全てアトレ様の口座でいいんですの?」

「ううん。半分ラスカに分けて欲しいの。ついでに彼の口座も作ってくれないかしら」

「もっちろん! 最優先で作らせていただきますわ!」

 竜討伐の報酬はアトレだけのものではない。

 ラスカがいなければ倒せなかったかもしれないのだ。当然彼にも受け取る権利はある。

「アトレ、そんな大金もらっていいのか?」

「当然よ。あの竜は私一人だけで倒した訳じゃないしね」

「何から何まで悪いな。……それで、アデリーナさんはどうするんだ?」

 ラスカが指差すアデリーナはラビナ以上にアトレにベッタリだ。

 それでも書類制作はきっちりこなしていた。

 あっという間に名前を書くべき場所に書いたり、必要事項をまとめてしまった。

 こう見えてしっかり有能で仕事ができるのが、アデリーナ・ラフィットと言う女だ。

 ラフィット財閥令嬢の名は伊達じゃない。

「これでやるべきことは終わりましたわ」

 彼女がそう告げると、大きく背伸びをした。ソファより低いテーブルで書くのは腰が疲れるのだろう。

 それからなんと、アデリーナはアトレを膝枕にして目を瞑り横になったのだ。

「アトレ様の膝柔らかいし、いい匂い〜」

 至福の一時のような顔で癒されているが故に、どいてもらおうと頼みづらい。

 アトレは驚いたままアデリーナを眺めるしかなかった。

「俺気になったんだけどさ、アトレとアデリーナさんってトスカぐらい仲良いの?」

「面と向かって話すのはこれが初めてよ」

「まじかこの人……」

 ラスカがドン引いているのがよくわかる。なんならソファごと後ろに下がっている。

 正直、アデリーナとの面識はリリアンの代わりに謝罪に来た時くらいしかない。

 前々からフランソワーズにベッタリだったのは知っていたが、ここまでとは思わなかった。なかなか面倒臭い性格の持ち主である。

 そんなアデリーナは、アトレの膝枕の上で目を開き、子供のような甘える声で話す。

「ねーアトレ様ー。明日お宿に遊びに行ってもいいですのー?」

 ここで断る理由もないため、アトレは快諾した。

 何か変な事件に巻き込まれない限り、この街には三日程度滞在するつもりなのだ。

 意外と甘え上手なんだな、と思った。


 そしてそれがきっかけで、アトレはとあることに気付いた。

 アデリーナがフランソワーズやリリアンのことを呼ぶ時は呼び捨てなのに、どうも自分とナディアだけ様付けなのだ。

 初対面の相手には様付けは分かるが、顔見知りのアトレと主従関係のナディアに様付けは何か引っかかる。

 せっかくなので聞いてみることにした。

「ねえ、アデリーナはどうして私のこと様付けで呼んでるの? 別にそんな遜らなくても私は気にしないし、敬語もつけなくていいわ」

「アトレ様はあたしの尊敬するお方ですし、ナディア様も推しですのよ」

 なんとなくだが気持ちは分かる。

 アトレにもエキュートという推しがいるのだ。

 だけど、アトレはエキュートには「ちゃん」付けだがその中身のリュカは呼び捨てなのだ。

「せっかくだから、私には敬語じゃなくていいわ」

 そう言われて、アデリーナは何かが吹っ切れたのか目を輝かせた。

 そこからガバッと起き上がり、アトレの顔を目の前で見つめた。

「じゃあアトレ様! 明日遊びに行くわ!」

「様が抜けてないじゃない」

 やれやれと目線を逸らした。

 それから荷物をまとめ、アデリーナの見送りの後、本日の宿へと向かった。

 すでに部屋はとってあるので、リュカはちゃんと戻ってこられるだろう。


* * *


 アミュと部屋に入ると、なかなかいい白いベッドが三つの物件だった。ふわふわで座るだけで寝てしまいそうだ。

 大きな窓からは細い道を挟んで対面の家が見える。緑屋根の家である。

 繁華街から小道に入るだけの場所なので立地も最高だ。

 夕暮れの少し前なので、アミュと遊んでリュカを待った。

「リュカお姉ちゃん遅いねー」

「そうね。きっとナディアさんが連れてきてくれるわ」

 その時、部屋の扉がトントンと叩かれた。

 噂をすればと開ければ、顔が真っ赤のリュカがナディアに猫のように首を持たれてぶら下がっていた。

 相当飲まされたのだろう。

 リュカとは対照に、ナディアはすんとした表情で飲酒後とは思えないくらいスッキリしていた。

「酔っ払いの子猫さんをお届けです。一杯飲んだらすぐ酔ってしまいました」

 リュカを雑にベッドにぶん投げ、布団を被せた。

「いい飲み友達になれたと思います。私はまだ飲み足りないので、もう一件回ってから帰ろうと思います」

 そう言ってナディアは扉を閉めた。

 その間三十秒弱。

 あっという間の出来事に、アトレとアミュは声を発せずにナディアワールドに引き込まれていた。

 結局、その日の夕食は爆睡のリュカを抜いて四人で食べた。


* * *


 次の日、心地よい夏の風と眩しい日差しでアトレは目を覚ました。

 昨日は窓を閉めて寝たから、きっとリュカが開けたのだろう。

 肝心の本人を見るとすでに起きていたようだった。

 しかし彼女の服装は、乱れた下着姿で寝癖だらけの髪、さらには外行きの服を慌てて着ようとしていた。

 そして寝起きのアトレに気付いたのか、半分だけ着た服のままアトレに駆け寄って大声で動揺しながら言った。


「アミュがいないんだ!」

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