【8−1】階級システム
大きな石の城壁に囲まれたかつてのベルン公国の首都、コルネイユはアトレにとってある意味敵の根城といったところだろう。
特に街の中心にある大きな城——クレイトン城は旧レイヤード公爵家が今も住んでいる城だ。
それに絶賛出禁を食らっているエマニュエリ家は、古のレイヤード公爵家と非常に仲が悪い。しかし、それは王国時代の話。
両家とも存続はしているものの革命から五十年以上経った今では、出禁はほぼ時効だろう。
そう思ったアトレは堂々と城内に入ろうとしていた。
それに、この大きな城壁を見たアミュがものすごくワクワクしてはしゃいでいる。
「アトレお姉ちゃん! このおっきな壁はなぁに?」
遠くから壁を指差して目を輝かせながらアミュは尋ねた。
だけどアトレもこの城壁についてはイマイチ知らない。こういったことはバルに聞くのが正解だろう。
「うーん、街を守るためかなー。じいやは何か知ってる?」
「ええもちろんですとも。旧レイヤード公爵家は結界術に秀でた一族。昔はこちらの城壁にも結界が張られ、街を守っていたそうです」
つまり街を守る名目の下、自身の力を誇示するために作られたものだろう。
だが五百年前からこの城壁が残っているとは考え深い。
今いる場所は日陰が少なく、初夏の季節だと暑い。街の中は涼しい場所があるはずなので、アトレ一行は駒を進めた。
だが、街に入る前にとある関所が存在した。
「嘘でしょ?! 旅人は街に入るために銀貨二枚も必要なの?!」
「申し訳ございません。ただいま城壁保全のためにいくらか頂戴しているのです」
甲冑を着た門番に止められ、集金をされていた。
普段なら歯切れよく料金を払うアトレだが、今回に限ってはどうにか値切っていた。
実を言うと、路銀がほとんど無くなっていたのだ。
でも払わないと中に入れさせてもらえないので、今回限りリュカに借りて入城した。
そのことを不審に思ったリュカは、アトレにひっそり尋ねた。
「おまえがお金を渋るなんて珍しいな。ついに節約生活でも始めたのか?」
アトレはちっちゃいカスが溢れる財布を逆さまにして伝えた。
「私の路銀……全部無くなっちゃった……」
それを小耳に挟んだバルは、すぐさまアトレの肩を揺さぶり戒める。
「お嬢様何してるんですか! あんな大金、十年あっても使いきれませんよ!」
アトレの路銀、つまり小遣いは合計金貨五十枚。それは都に住む小金持ちの貯金より遥に多い金額だ。
そんな大金を使い果たしたのには少々理由があった。
その理由を説明すべく、アトレは涙目になって言い訳した。
「だってだってぇ、ラスカの借金返済に二十枚、エキュートのライブスポンサーとして十五枚、<影月の魔導士>様のところで五枚、その他宿代服代とかで残りを全て使っちゃったのぉ……」
ちなみにその他にはアトレの食事代、金貨七枚分が含まれている。
バルはアトレになんと言おうかとしばらく頭を抱えて悩んだが、結局何を言おうか言葉が浮かばなくなってしまった。
しかし、バルはしばらく冒険者協会に行っていないことを思い出した。
もしかしたら滞納している報酬があるかもしれない。
そのことを優しく慰めるようにアトレに伝えた。
「お嬢様、今か冒険者協会に行きませんか?」
「冒険者協会……?」
「ええ、もしかしたら報酬額がたんまり残っているかもしれません」
冒険者の報酬額なんて案外端金だ。
でもアトレなら意外と持っていそうという希望があった。
その時、バルの服の裾をアミュが強く引っ張った。
「アミュ、冒険者きょーかい行きたい! アミュも冒険者になってみたい!」
シクシクなくアトレもアミュは手を持って引っ張った。
「アトレお姉ちゃん、冒険者きょーかいに行こ!」
多分アミュにお金の価値など分からないだろう。
だけど無邪気な子供に元気づけられたアトレは、なんとか冒険者協会に行ける気力が湧いてきた。
「そうね。冒険者協会に行ってみましょうか」
「いいの? じゃあ早く行こっ」
民家に囲まれた道を、アミュはアトレを引き連れ駆け抜けた。
* * *
「おかえりなさいませ、エミュレット様」
リュカが冒険者協会の建物に足を踏み入れた途端、受付嬢が奥からワラワラやってきて彼女を囲みながら深くお辞儀をした。
その様子はまるで貴族のようだ。
リュカはこの待遇に慣れているようで一切も動じない様子だった。
だがこの状況を不思議に思い、アトレは彼女に尋ねた。
「あなたこの状況は何?」
リュカは何か思い出したかのように手を打つと、すんなりした感じで話し始めた。
「ああこれか? 実は私、Aクラスの冒険者なんだ」
「Aクラス?」
バルが思わず聞き返した。
「知らないのか? 冒険者協会には三つのランクがあって、下から順にC、B、Aクラスがある。ランクが上がると報酬の割引率が減るんだ。特にAクラスは特殊で協会の招待がないと入れないんだ。ちなみに私はエキュートとしてなった」
リュカの言う通り、冒険者協会はランクがある。
Cクラスは一番人が多く、報酬の割引率も他の二つと比べ大きい。アトレたちもこのランクだ。
身分証明のために入会する人が多いため、飛び抜けて人口が多い。
Bランクはこの三つの中で2番目に多い。しかし、BランクはCランクで一定額の報酬受け取りと依頼回数をこなさないとなることができない。
一般的にこのランクが最上位だ。
そして最後のAランク。
これは完全招待制だ。このランクは大抵Bランク以上の働きをした者や、エキュートのような宣伝をしてくれる有名人が多い。
さらに、Aランクは各地の大都市の冒険者協会に備え付けられた「プレミアムラウンジ」と言う、飲み物やシャワーがある大きな待機部屋を利用可能。
それ目当てに依頼をこなす冒険者もいるくらいだ。
その他ランクが上がるにつれ、各地で必要な手続きが減ったりとメリットがいっぱい。
だけど「プレミアムラウンジ」と言うやらに興味はないので、アトレは別に羨ましくなかった。
リュカも今はアトレたちと来ているため、ラウンジの利用を控えて一緒に受付まで行った。
「すいません。報酬の受け取りいいかしら?」
「報酬受け取りですね。お名前をどうぞ」
「アトレ・エマニュエリよ」
名前を聞いた途端、受付嬢は焦り出して「支店長! 支店長ー!」と叫びながらあたふたと奥に入った。
やっぱりベルンでエマニュエリの名を出すのがまずいか? と思っていると、腹の出た温厚そうなおじさんの偉そうな人がやってきた。
きっと彼が支店長なのだろう。
最悪何か言い寄られても、こっちにはVIPのエキュートがいる。心強いものだ。
固唾を飲み、支店長の発言を待った。
「こちらへどうぞ。エマニュエリ様」
低い声で言い、緊張した空気を出して小部屋に導かれた。
アトレ達五人は大きなソファに座らせられ、支店長は向かいに座った。
「いつも冒険者協会をご利用いただきまして誠に感謝いたします。報酬の件ですが少しお話があります」
「お話しって?」
「エーベル地方ロコモアでの竜討伐、エスト地方ベルソンでの誘拐事件の解決、そしてリーカ平原での竜の緊急討伐。あなた様のご活躍はこちらでも伺っております。しかし報酬額がちょっと……」
支店長はそう言うと何やら険しい顔をし出した。
わかりやすいように咳払いをすると、閉めた扉から小さな麻袋を抱えた受付嬢が中に入り、それを置いた。
それをテーブル一面に広げるとアトレ達は覗いた。
「金色のキラキラだ!」
ざっと数えて百以上。
別に険しい顔をする理由がないのだが。
すると支店長はその半分を真ん中で分け、わかりやすく隙間を作って見せた。
「えっと……これは?」
アトレが思わず戸惑いながら聞いた。
「こちらに分けた多い方がエマニュエリ様の報酬です。もう一方が冒険者協会の取り分です」
「ぼったくりじゃねえか!」
ラスカが大声で突っ込んでしまい、すぐに口を手で覆った。
冒険者協会は依頼の仲介業者。利益のために報酬がいくらか引かれるが、ここまで露骨に減らされるとどこか怪しむべきか。
「これには少し訳があります。当支店ではご用意できる報酬がありません。本来は金貨百七十枚と銀貨三十二枚なのですが、これ以上はお出しできないのです。それでエマニュエリ様のご利用の銀行に、小切手を書かせていただくことはできない出そうか」
まさかの竜討伐の報酬が高すぎたらしい。
この間の竜はいいとして、ロコモアはシャリエール軍の情報を引き抜いて勝手に遂行した結果だ。
伯爵とは友人関係とはいえ、犯罪臭香る報酬だ。
でも大金を持って旅をするには少し危険なため、小切手での報酬は実にありがたかった。
「じゃあ小切手でお願いします。じいやもこれでいいわよね」
「大丈夫です」
バルの許可をもらい、支店長の提案に乗った。
銀行名は「ラフィット大銀行」。エマニュエリ家御用達の銀行であり、アトレの専用口座もある銀行だ。
その銀行名が書かれた小切手をしまい、部屋を後にしようとした瞬間、アミュが上目遣いでアトレのスカートを引っ張った。
「アトレお姉ちゃん、アミュも冒険者になりたいな……」
遠回しにおねだりするのがいかにも子供らしい。
別に断る理由もないため、アトレはアミュも登録してあげることにした。
「では登録料の銀貨三枚です」
「銀貨三枚ね……値上がりしてない?」
「気のせいです」
にっこり笑顔で言う受付嬢は憎らしかった。
絶対値上がりしていると言い返したかったが、言っても聞く耳を持ってくれなさそうなので渋々払った。
「ようこそ冒険者の世界へ!」
その言葉を聞いたアミュはその場でぴょんぴょん飛び上がった。
「ありがとうアトレお姉ちゃん!」
スカートの上から足に絡みついて抱きしめた。
アトレはアミュを剥がそうとしたが、なんだかかわいそうなのでやめた。
きっと、アトレと同じ冒険者になったことが本当に嬉しいのだろう。
しばらくしてアミュが離れ、施設内を駆けずり回ったのでバルが捕まえた。
一行はいよいよ「ラフィット大銀行」がある、街の中枢へ向かったのであった。




