【7−4】ある意味恋愛経験豊富なお嬢様
今日は大事な日。
大量の小遣いを出し、ラスカはアトレを宿の前で待った。
アトレをデートに誘ったとき、彼女は意外とあっさり承諾してくれた。
とりあえず第一関門突破だ、と思っていたら宿の扉が開いた。
純白のワンピースに、水色の綺麗な髪を後頭部で三つ編みにしてまとめたアトレが出てきた。
そういう自分は……いつも通りの服だ。
綺麗なアトレの隣に立つと、なぜかエスコートされている気分になる。
「おはようラスカ。あなたはいつもの服なのね」
あどけない感じでアトレは挨拶した。
「これが着る慣れているし、他の服って持ってないんだよな……」
申し訳なさそうに言うと、アトレはクスッと小さく笑った。
「ふふっ、あなたらしいね。さて、今日はどこに連れて行ってくれるのかしら」
このお嬢様を楽しませてあげられる場所、真っ先に思いつくのが飯屋くらいだった。
でも最初から飯はいくらなんでも雰囲気が悪くなりそうなので、最初にラスカが選んだのはアトレの趣味の場所だ。
「その……図書館に行かないか?」
「図書館……珍しいわね」
「実は師匠にもっと本を読めって言われてるんだ」
「お姉ちゃんが……確かに、ラスカはもっと本を読むべきね」
心のどこか深い所に棘が刺さった気がした。
うぐぅ、と項垂れていてもしょうがないので、ラスカは村の図書館に向かって歩き出した。
しかし、アトレが付いてこないので後ろを振り返ると、彼女はなぜか頬を膨らまして怒っていた。
「あのーアトレさん?」
(マジかよ。開始早々で俺は地雷を踏んじまったのか?)
ラスカが訳を聞こうとすると、アトレはラスカに駆け寄って手を取った。
「ねえ、手を握ってよ」
目が点になる。
手を握ることぐらい恋人同士がやることなのはラスカも知っている。だがこのお嬢様はそれを望んでいるのだ。
ラスカが困惑していると、アトレは「デートって普通手を握って歩くんでしょ? ラビナの時もそうだったし、昔トスカと遊んだ時も手を握ったわ。あと思い出したくないけど、あの王子様もそうだったわ……」となに当然のように言い放った。
アトレに本当のことを言った方がいいのかと悩んだが、言ったら言ったでこの後が危ういため言葉を飲み込んだ。
そして唾を飲み込むと、アトレの手を握った。
今まで腕を引っ張ったりとか、手を握ってもらい引っこ抜いてもらったりとかはあったが、こうして正面から握るのは初めてだ。
(アトレの手って、こんなにも柔らかくて温かいんだな……)
手を握られたアトレがラスカの左に来た。
出発の合図らしい。
「それじゃ、行くぞ」
「うん!」
アトレを引っ張り、いつも通り話しながら図書館へ向かった。
* * *
図書館で脳がパンクしたり、アトレの食事のせいで財布が空になったりしていたら、いつの間にか夕暮れが近づいてきていた。
今は広場のベンチでアトレがクレープを買ってくるのを待っている。ちなみにラスカの奢りだ。
(結局、まだ言えてないな)
空に浮かぶ赤色に染まる雲を眺めていると、陽気な足音が聞こえてきた。
顔を足音の方に向けるとクレープを二個持ったアトレがウキウキで歩いていた。
「はいこれ。ラスカのも買ってきたわ」
「おっ、ありがとな」
アトレはラスカにそれを渡すと、彼の隣に座った。
「わぁ〜美味しそう! いただきまーす!」
(やっぱり、アトレに嫌われるのは怖いな。でも、今聞かないと機会を作ってくれたバルさんにも悪い)
「ラスカ食べないの? 私が食べちゃうよ?」
「……、ああいやいや! もちろん食べるぜ」
ぼーっとしていたことに気をつかわれたらしい。
するとアトレが思いもしないことを聞いてきた。
「ねぇ、あなたどこか悩んでるの?」
顔を覗くように尋ねた。
今しかないと思い、ラスカは言いたいことを口にした。
「アトレって、俺のこと嫌いか?」
アトレは驚いていたが、気まずそうに「どうして?」と聞いた。
「その、最近アトレが俺のことを避けてる気がするっていうか、置いていかれる感じがするんだ」
アトレは眉を下げて謝った。
「ごめんなさい。ラスカがそう思ってるとは思わなかったわ。でも、私はあなたのこと嫌いじゃないわよ。嫌いだったらこのパーティーからとっくに追い出してるわよ」
するとアトレはラスカの空いてる手を取りながら、にっこりと笑顔で言った。
「だって、ラスカは私の相棒なんだから嫌いになんてならないわ!」
まっすぐの翠緑の瞳を輝かせ、想いを伝えるアトレはカッコよかった。
その瞬間、ラスカの心の中の霧が晴れる気がした。
「そう言ってもらえて嬉しいぜ。なら、相棒は相棒らしく働かないとな。お嬢様」
おちょくるように言うと、アトレはジトリと見つめラスカを目の前で指差した。
「私も十分働いてるわよ! てゆうか、早く食べないとそのクレープ溶けちゃうわよ」
ラスカがクレープに目をやると、萎れた花のように倒れかけていた。
でもそんなことより気になるのが、アトレの口元にクリームが付いていて到底説得力がないことだった。
彼女はそのことに気付いていないので、相棒らしく働くことにした。
そう、指でアトレの口元のクリームを取ったのだ。
「おいアトレ。口にクリームがついてるぞ」
取ったクリームを見せると、アトレは怒って指に掴みかかった。
触ったことに怒っているのかと思っていると……
「私のクリーム取らないで!」
そのままラスカの指からクリームを器用に抜き取り、上品にクレープの生地につけてから食べた。
そもそもクリームをつけていたり、それを取ってから食べる方を気にするべきでは、とラスカは思った。
それからラスカもクレープを食べ終わりゴミを捨ててから、アトレを立たせた。
「これからどうするの? もう時間も遅いから帰る?」
「待ってくれ。この間の誕生日、俺だけプレゼントを渡してないだろ? それを今から買いに行っていいか?」
「それを本人の前で言っちゃうわけ?」
「違うんだ。俺はお前の好みに合うものを渡せる自信がないんだ。だから、今好きなものを買ってあげることしかできないんだが、それでもいいか?」
申し訳なさそうに言うラスカを、アトレは軽く肘でどついた。
そして得意げに「わかってるじゃん」と言った。
アトレはラスカの前に出ると、振り返って笑顔を見せた。
「ほら買いに行くわよ! 早くしないとお店閉まっちゃうわ!」
無邪気に嬉しそうに笑う彼女を見て、思わず口元が緩んだ。
「そうだな。なら、早く買いますか!」
笑いながら手を引っ張るアトレに連られ、ラスカは走った。
* * *
次の日アトレは髪をしばっていた。
彼女の瞳によく似た翠緑のリボン紐で、後ろ髪をまとめている。
昨日はどうやらアトレはラスカとデートをしたらしく、髪を結んで嬉しそうな顔で部屋に戻ってきたことをリュカは知っている。
もしかしたらと思い、ラスカに小声で尋ねた。
「あのリボンどうしたんだ?」
「実は昨日、誕生日にあれをあげたんだ。銀貨二枚だった……」
リュカは銀貨二枚の重みがよくわかる。それでも、ラスカにはその分の価値があのリボンにあると思ったのだろう。
「へー、やるじゃん」
「まあな。でも、喜んでくれてよかったぜ」
リュカがアトレを後ろから見ると、昨日のことを楽しそうにバルに話していた。
希望を届ける者として、その光景はいつ見ても美しい。




