番外編① リリアンちゃんのお誕生日会
時は戻ってアトレがベルソンを出発した頃、ここフランクール法学校の寮の一室でとある少女の誕生日会が開かれていた。
持ち込み禁止のはずのクラッカーの音が鳴り、小さなショートケーキが一切れ出され、そして暗くなった部屋で、同室の彼女の友人とメイドは言った。
『リリアン、誕生日おめでとう!』
「リリアン様、誕生日おめでとうございます」
まさかのサプライズにリリアンは思わず腰を抜かした。アデリーナとフランソワーズが覚えていてくれたのも嬉しいが、まさかナディアまで来るとは。
さっきのクラッカーとケーキは彼女が持ち込んだものだ。
ケーキはともかく、クラッカーはどうやって持って来れたのか……
リリアンが疑問に思っていると、フランソワーズが何やら赤い小包を渡してきた。
「はい、これ。リリアンへわたしたちからのプレゼント」
「いいのかい?」
「当然! 友達でしょ!」
リリアンにとって友達と言われるのが何よりも嬉しい。
自分は大切なものを持ったな、と噛み締めながら受け取った小包の金色のリボンを外して中身を取り出した。
真っ白な薄い四角い紙の箱。見た目よりずっしりと重いその箱を、リリアンは慎重に開けた。
すると中には、青色の塗装が散りばめられたガラスペンが入っていた。
よく見るとペンには金色の文字が彫られている。
「Amie Lillian Charrière(友人リリアン・シャリエールへ)」
(ボクの、名前だ……)
自分の名前が彫られている世界にたった一つのペンを見て、思わず涙がこぼれそうになった。
自分の大切な友人からもらった初めての誕生日プレゼント。
壊れないよう、ペンをそっと箱に戻してからリリアンは目に涙を浮かべ笑顔で言った。
「アデリーナ、フランソワーズ、大切な誕生日プレゼントをありがとう」
「こちらこそどういたしまして。実は、このペンはアデリーナが選んでくれたの」
「そうなのかい?」
これはちょっと意外だった。
この誕生日会を開きそうなのは性格的にフランソワーズだが、まさかプレゼントの選択はアデリーナとは思っていなかった。
だがガラスペンというチョイスが実に彼女らしい。
「実はこのペン、あたしの家で愛用しているものなのよ。お兄さまに頼んで、工房にリリアンの名前を彫ってもらうよう頼んだ特注品なの」
そう言われるとますます嬉しくなる。
二人がこんなにもリリアンを大切に想ってくれたなんて。
感情に浸っていると、どこからかボオッと火が点く音が聞こえてきた。
こんな時に空気をぶち壊しそうなのがナディアだ。すぐさま彼女を見ると、今にもタバコに火をつけようとしているではないか。
リリアンの涙が引っ込み、急いでナディアを止めた。
「待ってくれ! 主人が感動している時にタバコとか、君はどういうつもりだよ!」
ナディアは顔色一つ変えずすんとした表情で一言。
「役目は終わりましたので」
リリアンとフランソワーズは苦笑した。
アデリーナは「かっこいい!」と尊敬の眼差しを向けた。
まるで温度差が北極と南国くらい違う。
「ナディア、もっとボクの誕生日を祝ってもいいと思わないか?」
「いえ、私は十分リリアン様の誕生日を祝ったと思います」
至極当然のように言い張る彼女はなぜか誇らしげに見えた。
でも彼女が来たのにはもしかしてと思い、リリアンは一応プレゼントのことを尋ねた。
それは子供がねだるような、可愛らしい上目遣いで。
「その……ボクにプレゼントとかはないの?」
ナディアは面倒くさそうな顔をしたが、ため息一つ落とし本を一冊取り出した。
「ぱんぱかぱーん。ではこちらの本を差し上げます。最近の私のおすすめです」
と言いつつ、律儀にも一巻で新品のものだ。
「『翡翠のあの子を負かせたいっ!』……これは、恋愛小説?」
「その通りです。巷で話題の娯楽小説です。現在四巻まで出ております」
ナディアから受け取りパラパラとめくると、リリアンが好きそうな絵柄のキャラクターや物語。そして何よりも恋愛ものが大好物だ。
前から用意してくれていたと思うが、それを口にすると二度と世話をしてくれなさそうなので心の奥底にしまった。
「ありがとう、ナディア。君には昔から助けてもらってばっかだよ」
本を抱えて微笑んだ。
するとナディアの表情が珍しく変わり、ほんのりと表情が柔らかくなった。
「当然です。私はリリアン様専属の完璧無欠のスーパーメイド、ナディア・ノートンですから」
得意げに話す彼女がどこか可愛らしく思えた。
身長が高く、黒髪の美人で抜け目がないような性格(趣味を除く)だが、意外とお茶目なところもあるんだと、リリアンは気付いた。
それからナディアは目的に満足したのか、持ってきたケーキを自分含め残りの二人に配った。
メイドらしくお嬢様三人をテーブルに座らせると、ケーキを食べ始める。
そしてそのまま淡々といつも通りに話し始めた。
「リリアン様。この夏、私はメイドを辞めさせていただきます」
突然の告白にリリアンは持っていたフォークを落とした。
目を大きく見開いて固まる。
そこにナディアをフォローするため、アデリーナが焦って弁明した。
「リリアン落ち着いて! ナディア様は別に辞めるわけじゃないの!」
「でっ、でもぉ……」
泣きそうなリリアンを宥めるように、ゆっくりと話した。
「今年の夏の長期休暇、あたしはナディア様と一緒にベルンに帰るのよ。あたしは兄の結婚式で、ナディア様は実家に戻るの。そのついでに、ウチの人手が足りなくなるから少し手伝ってもらうだけよ」
「……そしたらナディアは、うちからお給料が出なくなっちゃうぞ? 君はいいの?」
リリアンが悲しそうに言うと、ナディアは空気を読まず現実的なことを言い出した。
「ラフィット様からは既に二ヶ月分の給料をもらっています。額もいいので今後はそっちで働こうかと……」
「笑えない冗談はやめて!」
アデリーナの必死の制止によりナディアの暴走は止まったが、リリアンには届かなかった。
「お給料上げるから……ボクを一人にしないでぇ……」
聞く耳持たず、さっきからずっとこんなことをボソボソ呟いている。
リリアンの古傷が抉られるような思いだ。
流石に主人がメソメソしているのに気を落としたのか、ナディアはようやく慰めの言葉を落とした。
「もちろん今のは冗談です。傑作だと思います」
「うぅ……笑えないからやめてくれ……」
「それに、私はリリアン様専属の完璧無欠のスーパーメイドです。どこにも行ったり、買われたりしません」
これには同室の二人も「おお」と感心する。
だって一メイドが言うには、よほど主人を尊敬するか、仲が良くないと出てこない言葉だ。
だがしかし、このメイドは既にラフィット家に二ヶ月間買われている。なかなかの虚言癖がある女だ。
ナディアがいずれ帰ってくるというリリアンにとって一番大切な問題が解決したが、彼女がいない間、誰がリリアンの世話をするのかという問題が残ってしまった。
リリアンがそのことを尋ねると、ナディアは既に作戦を練っていたそうだ。
「では、夏休みの間はフランソワーズ様にお世話を依頼しております」
と言うことらしい。
もちろん、フランソワーズの許可無しに遂行しているわけではない。これには列記とした理由があったのだ。
「今年の夏はみんな家に戻っちゃうでしょ? リリアンは仕事で、アデリーナは実家に帰る。でもわたしの家はリヴィエールだから、とてもじゃないけど帰れないの。だから、一番近いリリアンのところでお世話になる予定になりました」
要するに、遊び相手がいないってことだ。
なんだかんだ飛行魔法で休まず五時間、馬車で四日の近さにあるロコモアだから何気に行きやすいのだろう。
特にフランソワーズは三人の中で一番面倒見が良い(他二人がダメダメなだけ)から、リリアンにとっても来てくれるのは最高に嬉しい。
「と言うことで、シャリエール伯爵様、短い間よろしくお願いします!」
金色のカール髪をふんわり浮かせ、フランソワーズは深くお辞儀をした。
この突然の行動にリリアンは慌てふためき、噛みまくった。
「かっ、かかかか顔をあげてぇっ! しょこまでしなくていいから!」
ほんのりと香る紅茶の匂いと、ショートケーキの甘い味でリリアンの誕生日会は成功した。
その時、突然誰かが部屋の戸をドンドン叩く音が聞こえてきた。
あまりにも急で力強い音に、三人は怯えて固まった。
そして勇敢にも、部外者のナディアがズカズカと戸を開けに行った。
「なんでしょう」
扉が開くと、ルシュール理事長が女子生徒を連れて怒った顔で立っていた。そしてナディアを見た後、すぐに困った顔をし始めた。
なんといっても問題児がまた学校にいるからだ。
「おっと」
ナディアはそっと閉めた。
「ノートンさん、今度はなんですか……」
ルシュールが困り果てた声で言いながら、扉を無理矢理開けた。
「主人の誕生日祝いに一発ドカンとかましただけです」
ナディアは何か? と言わんばかりに言い放つ。
ルシュールはそれを聞き、慣れた様子でため息を深く落とすと優しくお叱りの言葉を続けた。
「はぁ。久しぶりに中等部時代の生徒と会ったら隣で爆発音がすると聞き、急いで駆け付けたらこの始末ですか。別にケーキの持ち込みはいいのですがクラッカーの持ち込みは禁止です。今回はあなただってことと、僕が来たので目をつむりますが……次はないですよ」
「心に留めておきます」
ナディアもナディアで面倒くさそうな顔をしている。学生時代こんな会話がしょっちゅうだったのだろう。
そして奥で固まっているリリアンたちにも矛先が向いた。
「シャリエールさん、あなたもですよ。こんな問題児を放し飼いにしているあなたにも責任があります」
「うぅ……」
これには何も言い返せない。
「とにかく。ナディア・ノートン、次からは必ず僕のところに来て許可を取るように。あとプルタレスさんとラフィットさんも何か言いなさい」
それだけ言ってルシュールは立ち去った。
一番意外だったのはポンコツ主従コンビはともかく、まさかのフランリーナも問題児扱いされていたことであった。
これに反省し、三人が片付けを始めようとした。
しかしナディアは図太いので「誕生日会を再開しましょう」と言うと、またしても三人は困惑し固まった。
頭にクエスチョンマークが浮かぶくらいには。
「今のままでは空気が悪くてあと味が少々よろしくないです。このままでは今夜の酒が美味しそうにないので、もう少し楽しみましょう」
最後は余計だが、いつも当然のような口調で話すナディアでは説得力がありすぎる。
しかもどこからかボードゲームを取り出し、セッティングまで始め出した。
神経が図太くしかも強引にせっせと準備するナディアを見て、なんだかおかしくなった三人は仲良く笑い出した。
「ナディア、君は最高のメイドだよ!」
「はて? 私は元から最高ですけど?」
メイド服のナディア。それからまだ制服姿のリリアンとフランソワーズにアデリーナの四人は、夜遅くまで遊び尽くした。
幸い次の日が休日だったからよかったものの、翌日も授業があったら一日中寝てしまうくらい遅くまで遊んでしまった。
結局、ナディアが帰ったのは夜が明けてからだった。
次回も番外編になります。
時系列的にアトレが生まれる前の話です。




