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番外編② 父と母の馴れ初め話

 よく晴れたある日、幼きルミネとアトレは母親のカルミアと遊んでいた。

 特に最近のお気に入りはカルミアの話すお話だ。

 そしてルミネとアトレがカルミアを挟んでちょこんと姿勢よく座ると、カルミアは楽しそうに話し始める。

「今日のお話は、私とお父様が出会った時の話よ〜」

「おとーさまとのお話? 聞きたい聞きたい!」

 アトレが嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねると、カルミアはそれを抑え小声でヒソヒソ言った。

「これからの話は三人だけの秘密だからね。わかった? ルミネ、アトレ」

『わかった!』

 話を聞かず元気にはしゃぐ二人を優しく落ち着かせ、カルミアは口を開いた。

「これは私が家を出た頃……」

 アトレとルミネは目を輝かせ、ワクワクしながら聞き始めた。


* * *


 訳あって家出中の少女、カルミア・ノアイユ十九歳は旅人として現在、餓死寸前だった。

「うぅ……お腹空いた……」

 だだっ広い草原の道沿いにあった石に寄りかかって倒れていた。

 正直こんなことになるなら家出なんてするんじゃなかった、と思っていた。

 カルミアは顔もよく、肩まで伸ばしたゴールドブロンズの髪は街の中でも目立つ存在だった。しかし親と喧嘩し、家出をしながら旅をしていた彼女は、道に迷い見知らぬ土地で死にかけている。

 しかもここは主要な街道から外れた小道。迷ったりしない限り来る人は少ない。

 最後の水を飲み干し、とうとう目の前が暗くなり始めた。

(私、ここで死ぬんだ……来世は鳥になりたいな……)

 瞼が重くなって目を閉じかけたその時、誰かが彼女を呼び止める声が聞こえた。

「……い! おい、大丈夫か!」

(ははっ……神様が私を呼んでる。天国が楽しみだなぁ……)

 意識が朦朧としている時、口の中に冷たい液体が流れ込んだ。

 それでやっと気が付き目を開けると、目の前には水色髪で翡翠色の瞳の男性が顔を覗いていた。

 吊り目でキリッとした顔だちと身なりの良い服装から、どこかの坊ちゃんなのだろうが、カルミアには違いが分からない。

 すると今度は三十代半ばくらいの男性の声が聞こえてきた。

「セレオ様。こちらの方を日陰に連れて行きましょう」

 セレオ。それが目の前の男の名前だろう。そしてその呼び方から、彼はセレオの従者であることは間違いなかった。

 カルミアが頭をパチパチさせていると、セレオは何も言わず彼女を抱き抱えた。

 それもお姫様抱っこだ。

 でも今の彼女にはそれに惚れる気力がない。

 気づいたら木の下に運ばれていた。それにいつの間にか、パンの味が口に広がった。

 久しぶりの食事。幸せそうに食べるカルミアを見て、セレオは呟いた。

「お前はなぜ倒れていた? 俺たちが来なかったら死ぬとこだったぞ」

 ぶっきらぼうな口調で言いつつ、隣に座っている彼は心配そうな目でそっと見ていた。

「ほなはがふいへ、ふごへなはっはの(お腹が空いて、動けなかったの)」

「まずはすべて食べてから言え!」

 全く、と言うように怒鳴るが言っていることはただの心配性なことだ。

 カルミアは言われた通りパンを全部飲み込んでから、口を開いた。

「助けてくれてありがとう。私はカルミア・ノアイユ。今、旅をしているの。あなたは?」

 元気が出てお淑やかな声でお礼を言った。

 きっと返ってくるだろう。しかし、彼は名乗るほどではないと言い、パンと水を置いて従者と歩き始めた。

 そのことが不服なカルミアは、しっかりもらったパンを食べながら追いかけた。

「ねえ待ってよ。まだあなたにお返しをしていないんだけど」

「礼はいい。バル、こいつを追い返せ」

 と言われてもやはり不服なので、追い返されたあとこっそり跡をついた。

 カルミアのストーカーは三日続いた。と言うより、たった十分でバレてしまったので、堂々と勝手に旅に同行していた。

 そして今日が三日目であった。

「ねえ、名前を教えてよ。お礼をしたいんだ」

 いつものように尋ねると、セレオは呟いた。

「お前、本当に俺を知らないんだな?」

「知らないよっ」

 彼がどこかの坊ちゃんであることは身なりではわかっていた。

 だけど本当にどこの坊ちゃんまでかは、知らなかった。

 少し頭を使って考えていると、セレオはまたよく分からないことを言った。

「この国の四大公爵。その後継のことについて知っているか?」

 流石のカルミアでも四大公爵の存在は知っている。

 だが、詳しい名前や後継は覚えていない。興味がなさすぎるからだ。

 そのことを素直に言うと、セレオは歩きながらカルミアに告げた。

「セレオ。セレオ・エマニュエリだ」

「ふ〜ん。珍しい名前だね」

 ビンゴ。彼の名前はやっぱりセレオだった。

 しかし姓のエマニュエリなんて聞いたことがない。

 よっぽど珍しいので、どこかの名門さんか偽名だろうと思い、心にしまい込んだ。


 セレオの旅に勝手について行って三ヶ月経ったある夜、カルミアは滞在先の小さな村で魔道具の店を漁って宿に戻っていた。

 魔法を独学で覚えていたが、最近はセレオとバルに教わっているので前より魔法店が楽しい。

 そして今日は依頼をこなして稼いだ小銭で、とある魔道具を買ってウキウキだった。

「ふふーん。今日のーご飯はー何かなー」

 鼻歌を口ずさみながら暗い夜道を歩いていたその時、何者かがカルミアの細い腕を掴んだ。

「お姉ちゃん楽しそうだねぇ〜。ちょっと俺にも聞かせてよ」

「実は〜大切なひとにお返しをしようと思ってるの」

 ねっとり絡んでくる男に、気前よく嬉しそうにカルミアは返した。

 そんな自分のことなんか眼中にない、みたいな反応をされた男はカルミアの細い腕をより強く握った。

「その話、もっと聞かせてほしいな。今から俺と、遊ばない?」

「ごめんなさい、これから大事な用事があるの。ウグッ!」

 骨が折れそうなくらい強く掴み、口を塞いだ。

 この時初めてカルミアは経験した。

 今、自分は男の人に襲われているのだと。

 カルミアの出身はエーベルのモンカルムよりにある小さな町だった。

 そこは治安がよく夜に女一人で歩いていても平和だった。だが、今はそれが災いしている。

「あんまり大声出されると困るんだよねぇ」

 この状況、魔法が使えるならさっさと使って切り抜けたい。

 しかし独学で学んだカルミアは、基礎的な魔法以外無詠唱ができない。

 攻撃魔法が使えない今は、ただのひ弱な少女だ。

 この危機的状況にやっと気付いたカルミアは、自分の力をすべて使って暴れた。だけど相手は自分よりずっと大柄な男性のため、なす術がなくなってしまった。

(いやだっ! 私、こんなところで自分を失いたくない! 助けて、セレオ!)

 強い恐怖が襲い、カルミアは涙目になって怯えた。

 その時、スカートのポケットが急に光りだした。

(今はダメ!)

 カルミアの願いは虚しく、白く光った後に簡易的な防御結界が彼女に張られ、男を弾き出した。

 男の圧迫から解放されたカルミアは、足に力が入らなくなりその場に崩れた。

「てめえ、今何をした! 黙っていればごちゃごちゃと……」

 腕まくりをし、指を鳴らしながら男はゆっくり近づいてきた。

 このままではタコ殴りにされてしまう。

 思わず目を伏せたその時、男の悲鳴が聞こえてきた。

 驚いて恐る恐る目を開くと、彼女の目の前に杖を構えたセレオが背を向け立っていた。

「不意打ちしやがって。この野郎!」

 走り込み殴りかかった。

 しかし、セレオは動じず魔法を詠唱した。

 拘束、そして雷の矢を男に向かって数十本打ち込んだ。


 その後男がどうなったかは覚えていない。

 その時はセレオのことだけを見ていたからだ。



「セレオ、ありがとうっ……!」

 小さなベンチに座る彼に、カルミアは泣き崩れた。

 セレオが来た時どれだけ安心しただろう。

 その時の恐怖と安堵がごちゃごちゃになって寄りかかっている。

 するとセレオは多少は心配した声で話し始めた。

「夜は治安が悪い。お前がどこをほっつき歩いているのか確認しに来た」

 彼らしい言葉に安心し、涙をこぼして彼の胸に頭を突っ込んだ。

「……怖かった。でも、あなたが来てくれて心の底から安心したわ。……そんなあなたが、私は……好き」

 カルミアは彼にも聞こえるくらいの声量で呟いた。

 助けてくれたのにも関わらず、自分の勝手を押し付けるのはどうだろうかと思っていた。

 でも、カルミアは好きになってしまった。

 見返りを求めず、優しく、心配性で、口は悪いがちゃんと見てくれている彼が。

 そうして震える手で、ポケットの中の魔道具を取り出した。

 小さな金剛石がはめられた銀の指輪。

 本来なら防御魔法が込められている予定だった。

 魔道具などに込められる魔法は、鉱石の大きさと種類によって変わる。特に金剛石は大きさの割に高度な魔法を込められるため、指輪サイズに結界を仕込めるのだ。

 だけど、いくら金剛石とはいえ、ここまで小さく安くて質の悪いものなので使い捨ての魔道具だった。

 その指輪を手のひらに乗せて、セレオに事の経緯を話した。

 それからこんな役立たずの魔道具なんて捨ててしまおうと、握って投げようとしたその時、セレオは優しく制止させた。

「それはお前が俺に返すための恩なんだろう? 俺にはそれを受け取る義務がある」

「でも、これはもう、防御結界なんて……」

 悲しそうに呟くと、セレオがカルミアの手を握った。

 そして、目を見て力強く言った。

「ならばここで、俺がこの魔道具とお前に保護結界をつけてやる。それに、俺たちがアルノールに戻ったら、お前はやることがなくなる。そうだろ?」

「そうよ……」

 セレオが家に戻ったら、カルミアはすることがなくなる。あっちで職に就くか、このまま一人で危険な旅を続けるか決まっていない。

 でも、こんなに楽しい旅はこれからできないだろう。

 そう思っていると、セレオはカルミアの指を使って指輪を持たせた。

 そしてそのまま、セレオはカルミアの前に跪き、己の左手の薬指の先端に指輪を触れさせた。


「なら俺が、俺の人生を懸けてお人好しなお前を守ってやる!」


 唐突なプロポーズにカルミアは驚いた。

 まさか彼も同じことを思っていたなんて思いもしなかった。

 だけど相手はどこかの旧貴族だ。平民の自分で釣り合うようなお方ではない。

 カルミアは硬直しながら悩んだ。

 そして、たどり着いた答えは——


「よろしくお願いします。セレオ!」


 指で摘んでいた指輪を、彼の太い指にはめさせた。

 嬉しさで真っ赤になり涙目な彼女は、そのままセレオに飛びついて思いっきり抱きしめた。



 それから四日後、アルノールに戻った彼女は真っ先に彼の家に驚いた。

 でかい、とにかくでかい。

 そこら辺の旧貴族では到底太刀打ちできないくらいの大きさだ。それだけでエマニュエリ家の財力がわかるほどだ。

 半年空けていても美しい庭園は、彼がいなくても屋敷が回っていたことを表していた。

 そして家に入ると、たくさんの侍女やバルとは違う侍従がお出迎えしていた。

 その時、バル以外の全員に婚約を伝えられたが、それからというものカルミアの休みはなかった。

 平民だった彼女に礼儀作法という文字はない。

 新しくつけられた自分より年上のメイドの英才教育が始まり、寝る間を惜しんで作法を教えられた。

 歩き方や言葉の使い方、食事のマナーからトイレへの行き方。

 大変だったがなんとか慣れることができた。

 その後、彼の亡き父であるアズ・エマニュエリの墓に行き、セレオと一緒に婚約を伝えた。

 その同日、エマニュエリ夫妻の結婚式が挙げられ、晴れてカルミアはカルミア・エマニュエリとして婚約を果たした。


 カルミアが二十三歳の時、第一子となるルミネ・エマニュエリが生まれた。

 あの時のことは今でも忘れられない。

 辛く、苦しい出産の後、すぐにセレオが部屋に駆けつけた。

「カルミア! 身体は大丈夫か!」

「ええ。問題ないわ。それより見て。かわいい女の子よ」

 父によく似た水色の髪。母と同じ金色の瞳の女の子だ。

 

 その五年後、第二子のアトレ・エマニュエリが生まれた。

 アトレは顔こそ母に似ていたものの、髪色や瞳はまるで父親の写し鏡のようだった。

 自分にあまり似ていなかったのはちょこっと残念だったが、それでも彼女の大好きな娘であることは変わりない。


* * *


「というのが、私とお父様のお話」

 そう言ってカルミアは話に幕を下ろした。

 それを聞いていたアトレとルミネは目を輝かせ、初恋に目覚めた少女のような顔で見ていた。

「すごーい! わたしもいつかそんな恋してみたいわ〜」

「アトもアトも! それに、おとーさまだいたんっ、て思った」

 母に群がり、嬉しそうに感想を伝える二人の後ろからとある男性の声が聞こえてきた。

「誰が大胆だって?」

 笑いながら今にも怒る五秒前みたいなセレオが三人の後ろに立っていた。

 振り返りそれに気づいたカルミアは、いたずらっ子みたいな表情を浮かべ、姉妹の耳元で囁いた。

「ルミネ、アトレ。逃げるわよ!」

 すぐさま二人を脇で担ぎ、ソファから立つとにっこにこで逃げた。

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