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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
第六章 出会い編
62/81

【6−10】幼馴染ーズ

 エスト地方最後の街、ソルレスに辿り着いた。

 川向こうにはベルン地方の都市、デルクールの街がある。要するに、昔は公国同士の国境であり貿易都市だったのだ。

 とは言ってもソルレスはそこまで大きくない。せいぜいロコモア一つよりも小さいくらいで、人口も二千人たらずだ。

 そして今、アトレは川魚を使った料理を平らげている途中だった。

「ん〜美味しいわね。特にこの鱒の刺身はなかなかよ」

 口の中でとろけるような舌触り。甘いこの刺身にはしょっぱいこの黒いタレが合う。

 なんとなくだが、ほんのり甘い真っ白な穀物が欲しくなる。

 幸せそうに食べるアトレに対し、隣に座るラスカはまだ一杯目の料理を突きながらアトレに若干引いていた。

「お前……それで何杯目だよ……」

「んー、三くらい?」

「もう五杯目だよ!」

 ラスカはツッこんでから店主の忙しそうな顔を見た。

 きっと今、六杯目を作っているのだろう。

 それから顔をアトレに戻そうとした瞬間、ラスカはまさかの三度見をした。なんとそこには、名前に一万年に一度の可愛さとかついていそうな茶髪の少女が。

 そしてその隣には、紺色髪の爽やかイケメンと言えばいいのだろう少年が。

 アトレから聞いたことがあるが、どうやら彼女の幼馴染にさっき見たような感じの男女がいるらしい。

 その二人をジロジロ見ていると、なんと二人がこっちに近づいてきたではないか。

 急いで顔を戻すと、急に後ろから爽やかな少年の声が。

「あ゛っ! アトレじゃん!」


* * *


 聞き慣れた懐かしい声が急にして、アトレは鱒を口に咥えたまま後ろを振り返った。

 そこには笑顔のトスカとラビナがいた。

 あまりにも今の姿は恥ずかしいので急いで鱒を飲み込むと、アトレは時間差で驚いた。

「トスカとラビナ?!」

「久しぶりっ、アトレちゃん!」

 ラビナは嬉しさのあまりアトレに抱きついた。

 そしてそのままぷにぷにのほっぺを、アトレにすりすりし出したので、アトレは困った表情でトスカに助けを求めた。

 するとアトレの要求に気付いたのか、二人分の料理が乗ったトレーをアトレの前に置いて、ラビナの首根っこ掴んで引き離した。

「離れろって、アトレが困ってるだろ」

「だってだって、久しぶりに会ったんだから抱きつきたくなっちゃうよ!」

「オレだって抱きつきたくなるくらい嬉しいよ!」

「……あんたキモいね」

 アトレの冷たい一言で、場が凍る音がした。

 でもそんなやりとりは慣れっこなアトレ達幼馴染は、このやりとりも懐かしむように笑った。

「それで、なんでラビナとトスカはこの街にいるの?」

 アトレが聞くと、当然と言うようにトスカは口を開いた。

「前に言ってなかったっけ? この時期になると、毎年オレのばあちゃんちに帰るって」

 そう。今は春。

 二人のいるフランクール法学校は絶賛春の長期休暇中なのである。

 この時期、トスカは毎年家族全員で帰省するのだ。

 そのことをアトレはすっかり失念していた。

 だけど今回はなぜかラビナも来ている。どうやら、アトレに会えるかもという理由でついて来たらしいのだ。


「ところで、この目つきの悪い男は誰なんだ?」

 トスカがアトレの耳元で尋ねた。

「私の旅の仲間よ」

 アトレがそう言うと、トスカはふーんと分かったかのように鼻を鳴らした。

 するとトスカがアトレの後ろを通って、ラスカの手首を掴んだ。

「あんたがアトレの仲間か。オレについてこい。本当にアトレを守れるか試してやる」

 トスカはラスカを椅子から引きずり下ろすと、そのまま外へ連れ出した。

「アトレー! なっ、何が起きてんだよー! 助けてくれよー!」

 ラスカの断末魔を聞き、アトレとラビナは呆れた。

 その後を追うように、バルがアミュを抱っこして立ち上がった。

「ではわたくし達は先に宿へ戻ります。アミュ様が寝てしまったので、少し昼寝をしてきますね」

「分かったわ」

「では」

 アミュを抱っこしたバルは、ゆっくり店を後にした。

 その後ろでは、ラビナが元気に手を振っていた。

「はぁ……全くトスカは心配症ね」

 アトレがやれやれと項垂れていると、リュカがアトレの肩を叩いた。

 それに気付きアトレがリュカの顔を見上げると、彼女は猫が新しいおもちゃで遊ぶ時のように目を輝かせ、なぜかワクワクしていた。

 そして、リュカは今にも遊びたいような声でアトレに聞いた。

「おまえの幼馴染ちゃん、ちょっと借りていいか?」

「ラビナのこと?」

「そうそうラビナちゃん! エキュートの服を着させたいんだ!」

「エ、エキュート?」

 ラビナが首を傾げると、すぐさまリュカがアトレのカバンを漁り出して、ピンクの方の衣装を取り出した。

 それをラビナに合わせると、ふむふむと悩み出す。

 何が起きているのかわからないラビナは、トスカと同じようにアトレの耳元で聞いた。

「ねえアトレちゃん。なんでこの人はエキュートちゃんの衣装を持ってるの?」

「それは……この人が本人だからよ」

 アトレも、この女性がエキュート本人だとは信じたくなくなってきたので、夢を壊さないよう早口でいった。

 するとラビナはアトレの腕を掴んで、高く上げた。

 これは巻き添えになる予感だ。

「エキュートちゃん! アトレちゃんもお願いします!」

「うはぁ〜! やっったぁ! アトレも着てくれるのか!」

 それはもうにんまりと。ずっと前からそうしたかったかのように、リュカは喜んだ。

 そしてエキュートはアトレ用の水色衣装を取り出し、ウッキウキで二人をトイレに連れ込んだ。

「まだお刺身食べ終わってないのにぃ〜!」


 しばらくして、アトレだけ先に着替え終わったので席に戻っていた。周りの目線がキツい。

 フリフリの白ベースの衣装はいざ着てみると、ものすごく恥ずかしい。

 恥ずかしさで頬を紅潮させていると、エキュートの元気な声が聞こえてきた。

「ラビナちゃんは可愛いなぁ〜。わたしの代わりにアイドルをやって欲しいよ」

「え〜そうですか〜! 照れるなぁ……」

 推しにベタ褒めのラビナは、この衣装が恥ずかしく無いようだ。

 そのまま、ラビナはアトレの隣に座ると、衣装を自慢し始めた。

「ねえ見て見て! わたし、エキュートちゃんの服着ちゃってる、よ……」

 ラビナを見るアトレの目つきが変わった。

 まじまじと普段しないような目で、ラビナを舐め回すように観察した。

「かっ、可愛い!」

「えっ?」

「ラビナに似合い過ぎてるわ! 特にこの手首のフリフリとか、白のチョーカーがラビナの甘い雰囲気にマッチし過ぎてる! ていうか、この耳元から後ろに回してる三つ編みが本っっ当に可愛い!」

「ア、アトレちゃん?」

 ラビナは困惑している。

 普段ならラビナからアトレへの熱烈な愛なのに対し、今日はそれが逆なのだ。

 アトレがこうなったのには理由があった。それは、単純におしゃれに目覚めて、ようやくラビナの魅力に気付いたからだ。

「ねえリュカ! あなたって、本当にコーデがうまいわね!」

「そうだろうそうだろう。ほら、あそこに二人で立ってくれ」

 後方腕組みおじさんのように喋るリュカは、二人を広いところへ立たせた。

 エキュート衣装は目立つ。

 さっきからキャアキャアしているアトレと、困惑中だが思わず三度見してしまう美少女のラビナのせいで、店の店員含めて全員釘付けだ。

 そのまま本物のエキュートであるリュカがポーズをおねだりすると、アトレはラビナをリードしてポーズを決めた。

 すると、店内から歓声が上がる。

「エキュート衣装のレベル高すぎますね」

「かわいい〜……エキュートちゃんが増えたみたい……」

 この褒められに乗じ、ラビナが反撃にでた。

「アトレちゃん、ほっぺたむに〜!」

 白い手袋をつけた左手でアトレのほっぺを摘む。

 それからアトレと正面から抱き合う。

 そしてアトレには、普段感じない柔らかいものが胸に当たった。この時、ようやく我に帰ったアトレは、顔が青ざめた。

(私、今何やってんのよー!)

 全身の力が抜け、床に崩れ落ちた。

 結局、アトレはラビナに勝てなかった。

「あんたも苦労してんだな。アトレ、飯のことになると我儘が増すだろ?」

 エキュートのまま、アトレが床で項垂れているとトスカの声が聞こえてきた。

 ゆっくり振り返ると、なんとさっきまで空気が悪かったラスカとトスカがお互いを慰め合っているように肩を組んで歩いているではないか。

 しかもアトレの悪口まで!

「ああ。ほんと大変だぜ。下手すると三日は口を聞いてくれないんだから」

「オレも昔似たようなことがあってさ。間違ってアトレのパンツを見てしまって……」

 名前も性格も似ているラスカとトスカだが、アトレに対する気持ちは同じらしい。

 さっきまで魔法戦をしていたらしいのだが、どこでこんなにも仲良くなったのやら。

 その時、ラスカが床で項垂れているエキュート衣装のラスカを見つけてしまった。

「うわっ、アトレ、それ恥ずかしく無いのか?」

 ラスカがそう言うと、アトレはゴミを見るような目で冷ややかに言い返した。

「別に。それより貴方達、揃いも揃って私の悪口とか、どう言うおつもりで?」

 アトレはほとんど悪役令嬢のそれだ。

 そしてアトレがテーブルに置いた剣に手をかけようとした瞬間、必死でラビナがそれを止めた。

 後に二人は、このお貴族様にちゃんと殴られて、床に正座し深く謝ったと言う。


* * *


 翌日、ラビナとトスカは大人数用の安い馬車でアルノールに戻った。

「ばいばーい、アトレちゃーん!」

「またなー! アトレー!」

 窓から顔を出して手を振る二人に、アトレは大きく手を振り返した。

 二人の乗る馬車が見えなくなるまで。

「じゃあねー! ラビナー! トスカー!」

 馬車が見えなくなった頃、アトレは地面に置いたトランクケースを持った。

 そして行くのは川向こうの次の都市であり、次の地方。


——旧レイヤード公爵領、ベルン地方デルクールに。


 大型の馬車がすれ違っても余裕があるくらいの大きな石橋の真ん中が、エストとベルンの境界だ。

 その橋の真ん中に着いた途端、アトレとバルは動きを止めた。

「アトレどうしたんだ? 早く行こうぜ」

 ラスカの問いかけに、アトレはモジモジしながら答える。

「私たちエマニュエリ家は、ベルン地方出禁なの……」

「その関係者であるわたくしも、実は出禁であります」

 それはヴァリエ王国創立時、王様の気まぐれで公爵家どうしの魔法戦をした時に、エマニュエリ公爵の攻撃魔法でレイヤード公爵自慢の防御結界を粉砕したことが原因で仲が悪くなった。

 そのせいで、今もベルンに出禁となっている。

 しょうもない名門魔術一家の謂れだ。

「でも、アトレは今は旧貴族じゃなくて普通の女の子なんだろ? そんなこと気にすんな」

 ラスカの一言に押され、境界を超えた。

 さっきまでの景色と何一つ変わらないが、それでも自分の何かを超えた気がした。

 さらさらと吹く風が、アトレを応援しているようだった。

 なんとなくだが、それが嬉しい。

「ここがベルン地方ね」

「俺の真似すんな」

 スタスタとみんなの前に出て、風に吹かれる横髪を耳にかけながらアトレは振り向いた。

「みんな、出発よ」


エスト編 終わり

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