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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
第六章 出会い編
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【6−7】アミュの名前はアミュだよ!

 山を下る頃には世界は暖かくなってきていた。

 もう分厚いコートは必要ない。

 新緑の若葉が生い茂り、雪解け水が流れる川のせせらぎが聞こえる森の中をアトレ一行は進んでいた。

 鳥が囀り始める、気持ちの良い季節だ。

 もちろん冬眠中だった動物たちも起き始めるため、森は騒がしかった。

「この時期って静かでいいわよね。寒くないのも素敵だわ」

「寒くないのはわたくしも好きです。ですが、この森は少々騒がしいですね」

 その時、リュカの耳がピクッと動いた。

 茂みの向こうから聞こえるが、先ほどまでの音と何かが違う。

 まるで、四足歩行の生き物ではないようだ。

 しかもその音の発信先である茂みがどんどん激しく動いているではないか。もしかしたら、山賊かもしれない!

「みんな! 何かが来る。あの茂みの向こうだ」

 すぐさま臨戦体制に入った。

 アトレは剣をいつでも抜けるよう構え、ラスカは杖を、バルは銃を取り出した。

 一瞬の緊張の時、茂みが大きく動くと中から子供が。

「いやぁぁぁぁ! 助けてぇぇぇぇ!」

「えっ、うわぁ!」

 アトレは状況を認識する間もなく、どしんとぶつかり尻餅をついてその子供に押し倒された。

 麻のローブを被り、赤い瞳の五歳児くらいの女の子がアトレの上に覆い被さっていた。果実が入った藁のかごを横にこぼしている。

 アトレの胸あたりに顔があるのだろう。そして女の子はビクビクしつつ目に涙を浮かべ、ゆっくり顔を上げて酷く怯えながら呟いた。


「に、人間……」


「おいアトレ! 大丈夫か?」

 ラスカがアトレを助けようとすると、女の子は声を震わせながら急に叫んだ。

「近づかないで!」

 アトレの周りにいた三人は、謎の力によって吹き飛ばされた。

 突風というよりは磁石の反発に近い。目も開けられぬまま、遠くに弾かれた。

 女の子は困惑した様子でアトレの胸に涙を落とした。

「なんでこの人間さんはどっか行かないの……?」

「えっ、さっきから何が起こっているの?」

 アトレも同じように困惑している。

 そしてその時、森の中から狼の大きな声が聞こえた。

「お嬢様! 前です!」

 バルの呼びかけの瞬間、茂みから女の子を追ってきたかのように白と青の狼の群れが飛び出してきた。

 そのままアトレと女の子を囲むと、狼は威嚇しながら近づいた。

「グルル……ワン! ワン!」

「やめて……アミュを食べないで……」

「あなた、私に掴まってなさい」

 アトレが女の子に言い聞かせると、彼女は怯えながらもアトレにしがみついた。

 アトレはそのまま立ち上がって、剣を抜いて構えた。

「さあ、かかってきなさい。私が相手よ」

「ワン!」

 狼達が一斉に飛びかかった。しかし、アトレはそれを一瞬で斬り片付けると、アトレに攻撃を躱された狼達が怯えながら茂みの中に逃げた。

「ほら、もう大丈夫よ」

 剣をしまい、女の子を抱き抱えて地面に下ろした。

「ありがとう……あっ!」

 その時、森に風が吹いて女の子のフードというか、頭巾が外れた。

 リュカよりも薄いブロンドヘアー。横に長い耳、そして額には小さな角が。

 女の子は自分の角を小さな手で隠すと、その場にうずくまった。

(長い耳に角……もしかして魔族?)

「やめて、殺さないで……アミュ、いい子だから。人間さんを、襲わないから……」

 さっきからこんなことをブツブツ呟いている。

 そもそも人しかりリュカのような獣人は、自分たちのことを「人間」と呼ばない。その上「襲う」という言葉は、別種が多種に危害を与えるときに使う。

 しかもエルフなんて空想上の生き物なので、彼女が人外または魔族であることは確定していた。

 でも彼女がアトレ達に危害を与えるつもりがなくても刺激を与えるのは危険なので、女の子に目線を合わせアトレは慰めることにした。

「……私たちはあなたに痛いことはしないわ」

「本当?」

「本当よ。それに、私の名前は『人間さん』じゃなくてアトレだから」

「ぐすん。じゃあアトレお姉ちゃんの言葉は信じていいの?」

「私を信じなさい。ほら、木の実が落ちてるわよ」

 アトレは言ったとおり、あたりに散らばったベリーや木の実を集めてカゴに入れると、女の子に手渡した。

 そのカゴを、女の子はじっと見つめ、アトレを見ないで「ありがとう」と言った。

「アミュ、アトレお姉ちゃんのこと、信じる」

「そう。ありがとう」

 アトレが優しく伝えたその時、ラスカが杖を女の子に向けて今にも魔法を放ちそうな体制で睨んでいた。

 その様子をリュカとバルが心配そうに見つめていたが、彼にはお構いなしのようだった。

「アトレ、その子は魔族だ」

「知ってる」

「だから人に危害を被らないうちに——」


「やめて」


 短く、はっきりとしたアトレの力強い言葉で、ラスカは動きを止めた。

 その後ろでリュカが眉をハの字にして、不安そうに尋ねた。

「魔族ってもう滅んだはずじゃ……」

「ああ。でも師匠が言ってたんだ。五十年前、この国の山奥で魔族が見つかった。その時はすぐに処理されたが、人里を荒らしていたらしい」

「そんな。じゃあこの子も……」

「そうだ。だからそうなる前に早く——」

「やめてって言ってるでしょ!」

 アトレはまるで我が子を守るみたいに女の子を守った。

 それにラスカはわかりやすく舌打ちをし、杖を構えた。

 このままでは喧嘩になりかねないと、バルはアトレを宥める。

「お嬢様の言い分もわかりますが、今はラスカ様の判断が正しいです」

 バルの言う事は的確すぎた。

 それでもアトレは、この魔族の女の子が人間を傷つけないと思っていた。

 そしてそれには、ちゃんとした理由があった。

「あなた達が吹き飛ばされた時のこと覚えてる?」

「確かに俺たちは遠くに飛ばされた。だからと言って、それはなんだ」

「怪我をしているかしら」

 各々は自分の身体を確認し始めた。

 しかしアトレの言う通り、誰も怪我はおろか服すら無傷の状態だった。

「私が飛ばされた時、目も開けられないほど強烈だったが確かに尻餅しなかったな」

「ラスカ、もしこの子が人間を襲うなら、どうして私にしがみついた時に攻撃しなかったと思う?」

「そう言われると……」

 これには反論できないようで、ラスカは大きくため息をつくと杖をしまった。

 そして腰に手をついてやれやれと一言。

「お前のことを信じるよ」

 ほっとしたアトレは胸を撫で下ろした。


 よく見ると、この子は物語に出てくる魔族の姿とは似つかないほど目が透き通っていて、その上優しすぎる。

 今でもアトレにお礼のベリーをあげようとしているくらいだ。

 アトレの知っている魔族とは略奪、殺人、大きな角だが、彼女は全てが真反対。人間が魔族を怖がるのではなく、魔族が人間を怖がって、動物にも襲われるくらい臆病。

 それは魔族と呼ぶには相応しくなく、まさに人のような魔族、「魔人」と呼ぶ方がいいくらいだ。

「……とりあえず誤解は解けたみたいね」

「誤解というより、今はアトレを信じているだけだがな」

 意地を張ってるラスカを無視し、アトレは彼女に尋ねた。

「あなた、名前はなんていうの?」

 魔族の女の子はアトレに向かって人のような笑顔で元気よく答えた。


「アミュはアミュ!」


 デジャヴ。

 そこにエキュートが近づき、アミュに目線を合わせて同じように元気よく言った。

「エキュートだよっ!」

 すかさずアトレが頭を叩いた。

「わかったわかった。私はリュカだ。こっちが本名だからな」

「……リュカお姉ちゃん」

 目を輝かせ頬を紅潮させて喜びながらも、アミュはリュカの猫耳を見つめた。

 ふわふわの耳をみて触りたいのか、可愛らしく手をにぎにぎしている。

 アトレはバルも紹介するため、後ろで丁寧に立っている彼に手を向けた。

「彼は私の執事のじいや」

「バル・ミッテランでございます」

「じいや羊さん?」

 物珍しそうに見つめた。

 どうやらバルのことを本気で羊だと思っているみたいだ。これではまるで、本当に人間の五歳児みたいではないか。

 そして最後に、アトレはラスカを紹介した。

「最後にこっちの彼がラスカ。別に悪い人じゃないから許してあげてね」

「ラスカお兄ちゃん、いい人?」

「今はそう思ってくれ」

 アミュは心の蟠りがなくなったのか、満面の笑みになると、みんなから少しだけ離れて一人ずつ顔を見た。


 優しくて緑おめめのアトレお姉ちゃん。猫さんのリュカお姉ちゃん。羊さん? のじいや。そしていい人のラスカお兄ちゃん!

 新しい友達ができて嬉しくなり、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。

「アミュ、アトレお姉ちゃんたちが好き! 嬉しいからアミュのおうちで一緒にケーキ食べよう!」

『……えっ?』

 急な魔族からのお誘いに、四人は困惑し固まった。

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