【6-5】史上最高の引退ライブ
——始めよう あなたとのステージで〜
(よかった。歌詞を間違えなかった!)
一曲目が終わり、歓声が上がる。
緊張していたエキュートはなんとか歌いきった。
そしてここからがMC。
ここで弱い自分を見せるにはまだ早い。
元気なエキュートは、普段のように話し始めた。
「みんなーこんにちは! 海猫の、エキュートだよっ!」
「エキュートちゃーん!」
「かわいいよぉ!」
いつもの歓声が、今日はやけに悲しい。
そう感じているのはエキュートだけだろう。
「今日は、わたしの引退ライブにきてくれてありがとう! 急な発表だったけど、ごめんね。これからもエキュートは、みんなの心に生き続ける存在になれると嬉しいな。それじゃあ次の曲。『魔法の甘味はもうひとり』」
初めて自分で作ったこの曲。踊って歌うのは久しぶりだ。
(あの頃は何もかもがむしゃらに生きてたな。実家を抜け出して初めて歌ったこの曲。ステップも拙かったな)
今のエキュートのステップは、過去の自分に比べ何倍も上手く美しくなっていた。
独学で始めたアイドル活動も、昔の曲を通して成長を実感できる。
だけどこの曲をステージで歌うのはこれで最後。
ここから先は成長しない。
エキュートの思い出だけが、心で踊り続ける。
寂しいが歌に感謝を乗せて歌っていたその時、エキュートの足がもつれ床に転んでしまった。
「あっ」
きっと夜な夜な練習をしていたせいで、疲れが溜まってしまってるんだろう。
(やってしまった。まだ、私の弱い部分を見せたくないのに……)
涙を堪え立ち上がろうとした瞬間、ファンの声がエキュートを救った。
「頑張れー!」
「まだ終わってないぞ!」
(そうだ。まだライブは、エキュートは終わっていない! 私がここで折れてどうする!)
止まった歌に声を合わせ、エキュートは歌い始めた。
さっきつまづいたせいで足首が痛むが、ファンのためならどうだっていい。
涙を浮かべながらも、エキュートは歌い続け、踊り続け、ファンの願いを叶える。
曲が終わり、一瞬の沈黙の後、これまでにない歓声と拍手がステージに鳴り響いた。
「うへ〜、転んじゃってごめんなさいっ」
「気にしてないよー!」
「立ち上がる姿に感動しちゃった!」
「叶えてくれてありがとー!」
次の曲が始まろうとするのに歓声が鳴り止まない。
この光景を手放すのは名残惜しかった。
仕事での歌は作業のようであまり楽しくなかった。特に最近は、辞めたい気持ちが大きくなってつまらなくなっていた。
でも……
(でも、歌うのってやっぱり楽しい! 私が一番、楽しまなくっちゃ!)
エキュートは歌い出した。
最後のMC。
エキュートは、自分の願いをファンに託すことにした。
「みんな〜今日はありがとう〜!」
「楽しかったよー!」
「次が、エキュートの最後の曲になります。この十四年間、ファンのみんなにはたくさん支えられてきました。いろんな街に行って、素敵な景色をこの目でたくさん見ました。それは全部……」
(あれ、涙が……)
「みんなのっ、楽しむ笑顔だった!」
ステージに立つエキュートは泣いていた。
だけど後悔はなかった。
これがファンに見せる、弱いエキュートだから。
「だから……だから! わたしが引退しても、どうか笑顔でっ、素敵な日々を、家族や友達、恋人。そして、エキュートを忘れないであげてください!」
リュカの最後の願い。
みんなには笑って、時にはわたしを、エキュートとの日々を忘れないで欲しい。
それはリュカ自身に向けた言葉でもあった。
誰かを喜ばせられる自分を誇って。そして、絶好の世代の自分を忘れないように。大人への一歩を踏み出すために。
涙を拭ったエキュートは、最後の歌を始めた。
それは彼女の友人が、初めてライブに来てくれた時に聴いてくれた曲。
「わたしの最後の曲を聞いてください。『あなたの天使はエキュート』」
* * *
「エキュートちゃんの曲感動したぁ〜。思い出しただけで涙が出ちゃう」
そう言いつつ、アトレは霜降り肉をつついていた。
「その本人が隣にいるけど?」
晩飯を奢ってもらったリュカは、アトレに勧められるまま霜降り肉を食べていた。
柔らかいし、脂が乗って死ぬほど美味い!
ちょっとだけ、貴族(旧貴族)の暮らしに憧れた。
「お嬢様と同じく、わたくしも感動いたしました。あまりエキュート様の曲は知らないのですが、思わず涙がこぼれてしまいました」
「バルに言われると嬉しいな。……なんか孫になった気分だ」
「だけど、リュカを知らないファンが今の姿を見たら卒倒しそうだな」
「私の声が低いってことか? ラスカ、後でリュカちゃんの本気を見せてやる」
猫がイカ耳の時、大抵怒っていることをラスカは知らなかった。
焼けた肉が、網に強く張り付いた。
「そういえば、エキュートちゃんの髪の毛ってウィッグなのよね」
アトレが不思議そうに言うと、リュカは自慢げに返した。
「その通り。私の髪色ってブロンドだろ? しかも猫耳までついてるから身バレがしやすいんだよ。だから、ウィッグをかぶってアイドルしてたのだ」
「全然ウィッグには見えませんでした。もしや、魔法で?」
リュカはよくぞと言わんばかりに指を立て、先生のように話し始めた。
「そうそう、バルはよく気付いたなぁ。エキュートのウィッグはね、私が魔法で作り出してるんだ。耳を伏せた状態でピッタリハマるように、魔法で形状とか、髪型とかを変えられるんだ」
「じゃあそれって、私の髪型を変えることってできる?」
「もちろんだとも! コホン。このエキュートちゃんがやってあげるよ!」
咳払いをして、声色をエキュートに変えた。
これが二十代後半の独身女性の姿である。
これには少々、ラスカも苦い顔をした。
いくら顔が童顔で小柄なリュカでも、目の前でエキュートの声は堪えるものがある。せめてエキュートの姿になって欲しいものだ。
「リュカ様はこれからどうするおつもりですか?」
バルが尋ねる。
単に、これからの生活が気になったのだろう。
それにリュカは淡々と答えた。
「私は実家に戻ってお父さんの手伝いをするよ。うちはリヴィエールの北部で農家をしているから、よかったらうちの野菜を食べて欲しいな」
リュカの親は猫みたいな見た目なのだろうか。彼女に尻尾はないが、きっと親にはあるはず。
そんなくだらないことをアトレが考えていると、リュカがアトレの肩をポンポンと叩いた。
「アトレたちはどこに行くんだ?」
エンペラが食べたい。
ふわふわと耳を見ていたが、すぐにハッとなって答えた。
「私たちもリヴィエール地方のベルヌーイ村に行くのよ」
「ベルヌーイ村……聞いたことがないな。どこにあるんだ?」
「お父様が言うには東の辺境らしいけど、あなたも知らないの?」
「すまないが私も知らないんだ。私が北部の人間ってこともあるけど、ベルヌーイ村なんて聞いた覚えがない」
アトレに不吉な予測が立った。
もしベルヌーイ村が存在しないなら、<翠煌の魔女>は本当にいるのか。
リュカを疑うことはないが、今はただ、彼女が知らないだけと信じたい。
「私とアトレたちの行き先が同じか……」
彼女は何かに迷っているようだ。
もしアトレが導く女神なら……
「ねえリュカ。もしよかったら私たちと一緒に旅をしない?」
彼女は若干驚いていたものの、アトレの推測は正しかった。
それから上を見て何やら考え込んでいたが、帰ってきた答えは保留であった。
「もう少し考えさせてくれ」
* * *
翌日、ヴァランシエンヌの港から一隻の客船が出発した。
その様子を、海風に吹かれ柵に寄りかかりながらアトレは眺めていた。
「行っちゃったね」
「そりゃ定刻には出るだろ」
アンニュイな雰囲気を出しつつ、アトレはトランクケースを持った。
「じいや、行きましょう」
「忘れ物はございませんか?」
バルが尋ねると、アトレはカバンを開け、ゴソゴソと一応確認した。
「全部持ったわ」
「それじゃあ、行きますか」
ラスカは上着を直し、バルは黒いネクタイを締めた。
そしてアトレは噴水に目をやり一言。
「リュカ、行きましょう」
「船は見終わったのか? んじゃ、私も」
小さく咳払いをして、元気よく答えた。
「エキュートちゃんは、準備できたよ!」
「その顔で言うのやめてくれ……夢が壊れる」
「なんでだよ! 顔は一緒だろ、顔は!」
アトレとバル、ラスカに猫耳の元アイドル、リュカの四人はリヴィエールに向かって歩き出した。




