【6−4】アイドルのしてはいけないこと
リュカの願いとは、「アイドルを辞めたい」ことだった。
理由は未だ分からないが、ファンのアトレにとって衝撃的な内容であったことは変わりない。
手伝ってあげたいが、アイドルを続けて欲しい気持ちもあった。
でもこれは、リュカの最後の願い。アトレの願望で邪魔をしてはいけないと分かってる。
だから自分の気持ちを押し殺し、推しを幸せにしたい、願いを叶えてあげたい。そう思いたかった。
自分の気持ちを飲み込んで、アトレは話す。
「私は、エキュートちゃんにアイドルを辞めて欲しくない。……でも、理由がなんとあれ、リュカの願いを叶えたい」
ダメだ。今は素直に送り出したいのに、自分の気持ちが出てきてしまう。
アトレの目から自然と涙が出て、それを隠すように笑顔で言い放った。
「……だから、私は手伝うよっ」
「アトレ……」
ファンを泣かせては、悲しませてはいけない。
それはアイドルのエキュートが一番してはいけないことだ。
アトレはエキュートの卒業を悲しんでいる。だけどそれと同時に、手伝ってくれると言ってくれた。
この気持ちを無碍にはできない。
少なくとも、エキュートはそう思うだろう。
「ありがとう、アトレ。君のおかげで私は決心できたよ。ただ、アトレも理由は知りたいだろう?」
「うん」
「別に辛いことじゃないから気楽に聞いて欲しいな。私もアイドルをするにはもう年齢が……」
リュカは言葉を濁しながら苦笑した。
そこにすかさず、毎度のようにデリカシーのないラスカが尋ねた。
「リュカは今いくつなんだ?」
「それ聞いちゃうのかよ!」
机をバンと叩き、リュカは前のめりになって言った。
それから、もじもじしながら答え合わせを始めた。
「十五歳……」
「それは設定だろ? 実際はいくつなんだよ」
「もうすぐ、三十代……」
「おばさんじゃねえか」
「そうだよ、おばさんだよ! 花の二十代が終わっちゃうんだぞ! 私だって……三十になってまでフリフリの衣装を着るとか、恥ずかしいんだ!」
エキュートのデビューは十五歳。
リヴィエール出身のアイドルで、それからいろんな都市を巡るうちに大人気になった。
その彼女も来年で三十。
そろそろ実家に戻って農作業を手伝わないと、両親に迷惑がかかるし、なんせ三十代になってまで年齢サバ読みプラスフリフリの衣装は恥ずかしすぎる!
こんな夢が無く現実味しかない話をアトレが聞いたら、卒倒して泡を吹いていそうだ。
「と言うことだ、アトレ」
リュカが横を向いてアトレを見ると、蟹の足片手に無事卒倒していた。
「お嬢様ー!」
「あ゜ーーーー…………」
少なくとも、蟹アレルギーではなさそうだ。
申し訳なさもあったが、この状況に思わずリュカは笑ってしまった。
「アトレは面白いな」
「一体誰のせいだろうな」
ラスカが皮肉るとリュカは笑って返した。
一呼吸置くと、今後の予定を伝えた。
「後で彼女に伝えておいてくれ。二日後に引退ライブをする。それまで手伝って欲しいと」
「承知いたしました。お嬢様にそう伝えておきますね」
リュカは大きく背伸びをすると、窓から外の海を眺めた。
(二日後、エキュートは引退する。その時には私の全てを出し切らなきゃ)
* * *
二日間、エキュートは練習を続けた。
宿に泊まる金がないのでアトレの部屋を借り、発声練習からダンスの振り付けまでを行った。
しかし、最近は身体が思うように動かない。
歳のせいもあるだろうが、エキュートは緊張していると感じていた。普段のライブで緊張することは少ない。
ましてや練習でなんてあるわけがなかった。
きっとそれは、エキュートの最後の舞台。最後のステージだったからだろう。
ファンのみんなに、悲しい姿を見せたくない。それはリュカと、エキュートの願いだ。
そのためにアトレはファンの身でありながらも寄り添ってくれて、あろうことか会場の手配までも手伝ってくれた。
ファンに、友達に、私の全てを捧げたい。
失敗は許されない。
そう思うたび、足が震える。
その時、誰かがエキュートの肩を優しく叩いた。
「リュカ大丈夫? 足が震えてるわよ」
アトレだ。友達のアトレが緊張で震えるリュカに話しかけた。
「……怖いんだ。もし失敗したらどうしようって。エキュートの最後に、みんなには完璧なアイドルとして覚えてもらいたいんだ」
フリフリのピンクの衣装に、桃色ツインテールのリュカは、目に涙を浮かべて俯いた。
「何も完璧である必要はない」
「え?」
アトレの一言に、思わず顔を上げてしまった。
エキュートの残念な姿を、ファンに見せたくないのに。
でも、彼女はそんなことお構いなしのようだった。
「これは私のライバルが言ってたことなんだ。『強い姿も、完璧な姿も。それは誰かの偶像に過ぎない。ボクはそれを見誤っていた。何も完璧である必要はない、弱い姿も必要なんだって気付いたんだ』彼女はきっと自分を戒めるために言ってくれたんだろうけど、今はリュカに伝えるのが最適ね」
「……完璧である必要はない」
エキュートは完璧なアイドルである必要がある。
確かに、それはファンが求めていることかもしれない。リュカもそう思っていた。
だけどみんななら、弱い私を、エキュートを、許してくれるかもしれない。
緊張で足が動かないかもしれない。歌詞を間違えるかもしれない。
素の声が出てしまうかもしれない。
それでも、エキュートはエキュートとしていろんな自分を覚えてもらいたかった。
心が決まったリュカは水を飲むと、前髪を直してエキュートになった。
「アトレありがとう。わたし、頑張ってくる」
「最高に可愛いエキュートちゃんを、みんなに見せつけてやらないとね」
エキュートは微笑み、アトレの手を握って最後の決意を決めた。
「いってきます」
「行ってらっしゃい」
エキュートは手を離し、舞台裏の階段を登りステージに上がった。
今まで見たことのない人の海。そして歓声。
みんながエキュートに別れを惜しんでる。
そんな彼らに、最後の夢を、希望を、願いを叶えるため、エキュートは此処にいる。
(始めようエキュート。私と、わたしの最後のステージを)
人と光の海に、一羽の海猫が降り立った。




