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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
第六章 出会い編
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【6−2】好きなものを語る時に早口になる症状

 少しずつ暖かくなってきたこの頃、汐風が吹く綺麗な街にアトレたちは滞在していた。

 ここは「水の都」と称されるエスト地方の観光地、ヴァランシエンヌ。

 水運が発達し、船が街の中まで入ってくる光景は、水の都の名にふさわしい風景だ。

 夏にくれば最高なのだろうが、今はまだ冬。

 真っ白な砂浜に、エメラルドグリーンの海には入る気はしない。

 だけど観光地ということもあってか、食べ歩きのお店が多い。鶏肉を串に刺して焼いて、濃いめのタレを漬けたものとか、パンケーキ生地にクリームを挟んだスイーツまでなんでもある。

 そしてこのお嬢様も、これには目が離せなかった。

「あれ、アトレはどこ行ったんだ?」

「……お嬢様ならあちらに」

 何か酷いものを指すような素ぶりのバルの先には、なんとお店に並んでいるアトレの姿があった。

 それは旧貴族のお嬢様というには見すぼらしく、右手に鶏肉のタレ漬け串焼きを三本、左手にイチゴのクレープを抱え、今まさに魚の塩焼きを買おうとしていた。

 見るだけで涎が出そうな串焼きを頬張り、クレープを啄む。その度にほっぺが赤くなって幸せそうな顔をしていた。

 だけどこのまま放置していると、いつアトレが迷子になっても仕方がないので、バルはアトレの顔を心に刻んでから呼び戻すことにした。

「魚の塩焼き一つ!」

「はいよ。この街の料理は美味しいかい?」

「とっても美味しいです!」

 その時、アトレの襟を誰かが掴んだ。

 驚いたアトレが食べ切った串と食べかけのクレープを持って振り返ると、バルが今にも怒りそうな困った顔をして掴んでいた。

「お嬢様、食べ過ぎです」

「へ?」

「奥様すいませんでした。うちのおてんばお嬢様が迷惑を……」

「迷惑だなんてとんでもない!」

 魚の塩焼きの店主のおばさんは、愛想よく笑顔で返した。

 そしてバルは申し訳なさそうにお辞儀すると、アトレの首根っこを掴んで引きずりながら持ち帰った。

「待ってぇ! 私の塩焼きぃぃ!!」


* * *


 お詫びにソフトクリームを買ってもらったアトレは、鼻歌を歌いながら歩いていた。

 その呑気なアトレの鼻歌ともう一つ、どこからか明るい女の子の歌声と、可愛らしいメロディの曲が聞こえてきた。

「どこからこの曲が聞こえるんだ?」

 ラスカが辺りを見渡すと、目の前にはなぜか目を輝かせたアトレがワクワクしながら音の方を見ていた。

 そう。アトレはこの曲を知っている。


「エキュートちゃんだ!」


「エ、エキュートちゃん? バルさん、何か知ってるか?」

 話を振られたバルは、アトレの生態を語る時のように、雄弁と話し始めた。

「エキュートちゃんはお嬢様の推しらしいのです。彼女はアイドル、という職業なのらしいのですが、わたくしもあまりよく分からないのです」

 そう言うと、話を一応聞いていたアトレが目を磨いた宝石のように輝かせ、早口で喋り始めた。


「エキュートちゃんはね、今この国で大人気な国民的スーパーアイドルなのよ。まずアイドルって言うのは、歌って踊る人のことを言って、普通は特定の都市を中心に活動するのよ。その中でもエキュートちゃんは、固定拠点を持たない神出鬼没の存在なの。それでね、彼女は十年以上前からアイドルをやっていて、特にこの国のアイドルの始祖と言っても過言ではない存在なのよ! それでねそれでね、エキュートちゃんの推しポイントといったら、歌が上手くてダンスも上手。そして甘い声に、キュルンとした瞳! 本当に可愛いから見てほしいわ!」


 ここまで熱弁するアトレを二人は初めて見た。

 でも普段食にしかはしゃがないアトレが、こんなにもキャアキャアしているのを見て、エキュートちゃんがどんな人物か気になってきた。

 そう思っていると、アトレが音のする方へ歩き出してしまったので、ラスカとバルは後ろから追いかけた。


 音の近くには、人だかりができていた。

 たくさんの人がある場所を囲んで路上で歓声を上げている。

 アトレはその隙間を縫って前に出ると、そこには少女が歌って踊っていた。

 桜色の淡い髪に、長めのツインテール。青くてまん丸キュルンとした瞳に小柄な体型のこの少女こそが、アトレの推しのアイドルのエキュートちゃんであった。

「みんな〜次の曲行っくよぉ〜!」

『イエーイ!』

 人だかりの中エキュートちゃんを見ていたアトレは興奮していた。

 目の前には歌って踊る可愛い少女が。自分もこんなふうに誰かに幸せを与えられる仕事ができたらな、と思いつつ歓声とコールを送った。


 ——あなたの天使?


「エキュートちゃーん!」


* * *


「みんなありがとぉー!」


 ライブが終わり続々と人が散る中、アトレはバルとラスカを探していた。

 一人で前まで出てきたもんだから迷子になるのはしょうがない。

 キョロキョロ辺りを見渡していると、遥か後ろに二人の姿が見えた。

 アトレはバルを怒らせないうちに急いで戻った。

「お嬢様、どちらに行かれたのですか」

「ごめんなさい。前の方に行ってたわ」

 アトレはしっかり頭を下げて謝った。

 ラスカにも言っておいた方がいいと思ったので彼を見ると、そこには先ほどの自分のように目を輝かせたラスカがいた。

 なんというか、もうコールを覚えていそうなくらいだ。

「まじすげえ! エキュートちゃんってこんなにすごいと思わんかったぜ!」

「でしょでしょ〜。あなたもファンになっちゃえば〜?」

 ラスカをジトリと見て煽りながら、肘で肩を突いた。

 このまま引き込めばファンが増える……! とでも思ったのか、先ほどのようにエキュートちゃんを自慢し始めた。


「エキュートちゃんはね、ライブだけじゃなくていろんなところでもコラボをしているんだよ。例えば、この街は海沿いの観光地だから夏はコラボカフェなんかやってたみたいだわ。あっ、海沿いといったら、エキュートちゃんの挨拶はね、『みんなこんにちは! 海猫の、エキュートだよっ!』って言うのがあるんだけど、実際海猫はカモメのことだからちょっと違うけど、あの可愛らしい元気な声は海猫を彷彿させるよね〜」


「エキュートちゃんって海猫だったのか!」

「そうよ。あのフリフリの白基調のピンクの衣装とかは海猫モチーフなんですって! 季節によって変えてるらしくて、私がラビナと初めて見た時は水色の夏っぽい衣装で、うんぬんかんぬん……」

 この会話についていけてない人が一人。

 アトレの執事、バルであった。

 このままアトレを放置していたら日が暮れてもラスカと話していそうだ。

 だから、彼女を食事で釣ることにした。

「お嬢様、もう昼過ぎですのでどこかでお食事をとりませんか?」

 さっきまでたらふく食べていたアトレは、一瞬で食いついた。

 後は引き上げるだけだ。

「なら、昔セレオ様と訪れたレストランに行きませんか? 確か、海鮮が有名でして……」

「行く!」

 アトレが釣れたので、三人は海鮮を食べに行くことにした。


 しばらく歩いて街の小道に入った。

 小道と言っても裏路地のように狭いものじゃなく、馬車が入れるくらい広いが。

 アトレは辺りを見渡して観光していると、裏路地に薄っぺらい上着をフードを被ってうずくまっている子を見つけた。

 服装からして旅人だろうか。

 その姿に、アトレはどこか見覚えがあった。

 だから思わず足を止めて観察してしまった。

「アトレー、何見てんだ?」

「あそこでうずくまってる子、どこか体調悪いのかなって」

「そんなのどこの街でもいるだろ」

「でも、なんだかほっとけないわ」

 こういう時お人好しなお嬢様は、そのうずくまっている子の所へ一人で向かった。

 薄暗い路地裏に向かって、そのこの前に立った。

 そして怖がらせないようしゃがむと、優しく声をかけた。

「あなた、どこか体調が悪いの?」

 少女はフードの下から獣耳をちょんと動かすと、フードを上げてアトレを見上げた。

 くすんだブロンドカラーのショートボブに、髪色と同じ色の猫の耳。そして、青いキュルンとした瞳。

「もしかして、エキュートちゃん?」

 彼女は今にも泣きそうな目でこくりと小さく頷いた。

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