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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
第五章 金星と月の青い君編
52/78

【5−13】日常はいずれ帰ってくる

アトレ達はルミネのスライムが彼女の使い魔であることを知っています。

だけど彼が人の姿になれることはまだ知りません。

 今日もアトレの修行は続く。

 いつも通りに起きて、パンを頬張ってからマクロンの家に向かう。

「おはようございます」

「おはようアトレさん」

「おや、きみは誰かな。初めまして」

「初めまして<影月の魔導師>様。アトレ・エマニュエリと申します」

 ここまでがルーティーンだ。

 二ヶ月近くお世話になっているが、マクロンは一向に覚えている気配がない。

 だからこうして、初対面で済ましている。

 だって、いちいち説明しても無駄だから。

「剣術かい? 着いて来てもらうと助かるな」

 ここからが修行だ。

 いつも通りマクロンに剣を見てもらって指摘をしてもらう。

 そしてその後はボコボコにされるまでが日常だった。

 でも最近は、なんとなくマクロンの動きを読めてか、戦いになりそうな感じである。

「えいっ!」

 無駄のない体重移動に、綺麗な身のこなし。明らかに初めより良くなっていた。

「ストップ」

 これもいつものことだ。

 それからして、マクロンが髭をいじりながら指摘をする。

「わしが教えること無くない?」

 アトレの中で何かが崩れた音がした。

「え?」

 プログラムされたロボットがバグを起こした時のようにアトレは固まった。

 目が点である。

「つまり、おじいさまは『教えることはない。修行は終わりだ』と、言いたいのかもしれません」

 アレットが教えてくれてようやく理解した。

 アトレはもう、マクロンから教わることは全て教わったのだと。

 嬉しさが込み上げてきて、アトレはその場で足踏みして喜びを表現した。

 その様子を、アレットとマクロンは平和そうな、なぜ喜んでいるのか不思議そうな目で彼女を見ていた。

 マクロンは、なら次と重たい腰を上げて立つと、アトレに告げた。

「次は魔法戦じゃ」

 アトレの不得意分野である。

 というより、まず土俵にすら立っていない。

「ごめんなさい<魔導師>様。私、魔法が使えないんです」

 残念そうに言うと、マクロンは驚いて腰を抜かした。

 そこを間一髪、アレットが拾い上げて椅子に座らせた。

 髭をいじって考え込むマクロンに対し、アレットはもともと知っていたため、動揺せずマクロンの介護を続けた。


 そして彼は、何か思いついたのか髭を動かして話し始めた。

「今きみの体内の魔力の流れを見た。だが、アレットやわしと変わりは無いようじゃ」

(いつの間に見たのかしら)

「きみは不思議なもんじゃ。わしにも分からないことだらけ。<翠煌の魔女>を思い出したわい」

 御老体から突如でた<翠煌の魔女>という言葉に、アトレは思わず声が出た。

 そして気になったので、彼女のことを聞いてみることにした。

 物忘れの激しいマクロンが急に昔のことを語り出したのだ。

 きっと、印象が強かったのだろう。

「彼女は若くして宮廷魔法使いになった。本来、宮廷魔法使いは一人しかなれん。だけど彼女を一目見たわしは、恐ろしくてチビってしまったんじゃ。こやつには勝てん、と。だからわしは、宮廷魔法使いの座を彼女に引き渡したのじゃ」

 話に見入っていると、隣から啜り泣く声が聞こえてきた。

 アレットがハンカチで涙を拭いていたのだ。

「おじいさまが、思い出話を……」

「おや、なんで泣いているんじゃ? まあいい。<翠煌の魔女>は天才じゃ。複数の魔法を同時に正確に操り、彼女だけで国を滅ぼせる実力がある。そんな彼女に、きみはそっくりじゃ」

 マクロンはアトレに「顔を近づけてみい」と言い、言われた通り従うと、瞳を凝視した。

「……美しい瞳じゃ。<翠煌の魔女>も、同じような翡翠の輝きをしてたかな」

 大量の情報に驚きつつも、アトレは冷静を保った。

 最後の言葉はきっと、褒め言葉なのだろう。

 アトレは一応カーテシーをしてお礼を言った。

「アレットや。紅茶を淹れてくれんか。ここで休憩しよう」

 アレットは「はーい」と明るい声で返事をすると、静かに家の中に戻った。

 そうして、マクロンは言葉を続けた。


「『きみの魔法は美しい』。覚えておくが良い。宮廷魔法使いが一人、<影月の魔導師>エトワール・マクロンがきみに捧ぐ」


「きみの魔法は美しい」

 彼には一体、何が見えているのだろうか。

 その真意はきっと、この先の旅で分かるようになるのだろう。

 アトレはその言葉を、忘れないように胸の奥にそっとしまった。

 

* * *


「もう行っちゃうの?」

 家の玄関先でルミネは寂しそうに呟いた。

 彼女の前にはトランクケースを持ったアトレと、その一行が立っていた。

「うん。私たちも、ここで止まるわけにはいかないから」

「そう……」

 ルミネとアトレは言葉に詰まってしまった。

 なんと言って送ればいいのか、それが分からなかった。

 この微妙な空気を感じ取ってか、はたまた普通に空気が読めないだけかもしれないが、ラスカが口を開いた。

「まあ、こんなにしんみりする必要は無いんじゃね。だって師匠は宮廷魔法使いで、俺たちはただの旅人。きっとどこかで会えるさ」

「そうだけど、やっぱり離れるのは寂しいの……」

「お前ら姉妹なんだろ。だったらお礼でも言ってあっさり別れて、あっさりまた出会うのが一番だろ。師匠、魔法を教えてくれてありがとうございます」

 お手本混じりにラスカは言った。

 それに対して、ルミネは軽く「どういたしまして〜」と返した。

「ルミネお嬢様、泊めていただいてありがとうございました。この恩はいつか」

「いいのよ〜じいやにはいつもお世話になってたから」

 残るのはアトレだけになってしまった。

 でもやっぱり、大好きな姉と別れを告げるのは寂しいものだ。きっといつか、ラスカが言った通りどこかで会えるかもしれないけど、しんみりしてしまう。

 アトレはルミネの顔を見上げて、心に決めたことを言った。

「私は、そう言われてもやっぱり寂しい。でも、もう決めた。今度は私がお姉ちゃんを助ける番。だから、さようならは言わない」

「ふふっ。そうね。アトレらしいわ」

 アトレは上着を整えると、優しくルミネに抱きついた。


「いってきます」


「いってらっしゃい、アト」


 ルミネの服が、ほんのり濡れた。

 アトレは抱きしめている手を離すと、バルとラスカを連れて家を離れた。

「お前も泣いてるじゃん」

「うっさい」

「お嬢様、髪の毛に寝癖が……」

「もっと早く言ってよ!」


* * *


 楽しそうな三人の背中を見て安心したのか、ルミネは姿が見えなくなった後、扉を閉めた。

 そのまま、自室に行き、「アトレ」を持ってリビングのテーブルに突っ伏した。

「静かになっちゃった……」

 「アトレ」を優しく撫でて、その瞳を見つめた。

 その横でルミネの足元を、飼っているスライムがツンツンつついた。

「そうね、いつまでもしんみりしちゃダメね。お仕事しないと」

 そう言って顔を上げると、「アトレ」を一回撫でてから横に置いた。

 そして、誰もいない部屋に向かって声を張り上げた。


「ヴィレーヌ、モンカルムから来た書類を持ってきてちょうだい」


 すると、足元のスライムが離れたとこに行くと、自身の形を変えながらたちまち背の高い男性の姿に変化した。

 彼の夜のような瞳と深い海のような碧色の髪は、人とは思えぬような鮮やかさで、美しい顔立ちは女性とも男性ともとることができた。

 その声は見た目通り凛々しかった。

「ルミネは寂しいのですか?」

「うん。やっぱり、妹といるときが一番楽しいもの」

 スライム、もといヴィレーヌは険しい顔をしていかにも嫌そうな口調で答えた。

「妹……オレ様をおもちゃみたいに扱っていたあの人間ですか」

「アトの悪口を言ったら酷いことするからね!」

 可愛くプンスカ怒っているルミネは、ヴィレーヌにさっさととってきてと目配せすると、彼は素直に書類を集めて持ってきた。

 その厚さと言ったら、分厚い辞書が何冊も重なっているくらい大量だった。

 その書類を一枚ずつ確認すると、ルミネはボソッと呟いた。

「公爵……西のエマニュエリ、東のマルサス、中央のポエール、そしてレイヤード。どれが当てはまるのかしら。それとも旧王朝?」

 ルミネが見ている書類を覗くように、気になったヴィレーヌはルミネの上に顎を置いて眺めた。

「なんですかその書類は?」

「この間の誘拐事件。どっかの旧貴族が面倒なことをしているらしいの」

 それを聞いたヴィレーヌは不思議そうな顔をして、ルミネの頭上で首を傾げた。そして、その状態のままかも当然のように言い放つ。

「片っ端から潰せばいいじゃ無いですか」

「そんなことをしたら、真意が聞けなくなっちゃうじゃないの〜」

「……人間って、面倒ですね」

 こうして、ルミネもおかしな使い魔との日常が再開した。

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