【5-7】かくれんぼ?!
ある日、アトレがいつものように<影月の魔導師>の元へ修行をしに家を訪ねたが、今日はどこか外出するようだった。
「ああ、エマニュエリさんおはようございます」
「おはようございます、アレットさん。……どうして上着なんか着ているの?」
「今日は野外で修行をします。っと、おじいさまが言ってました」
「はて、いつそんなこと言ったのかな?」
「昨日言ってたよ! 『たまには外に出てやりたいな』って。今日のメニューまでしっかりおじいさまが書き残したじゃない」
「そうじゃったかい」
物忘れが激しいこの爺さんも、若い頃は宮廷魔法使いだ。アレットとマクロンの会話を見て、いつも忘れそうになる。
というわけで、今日は町外れの林に来ている。
アトレがマクロンとアレットと共に林に行くと、子供達とその親だろうか、何人も来ていて、とても賑やかな光景だ。
「あっ! アレットお姉ちゃん!」
「テオドール、元気してた〜? こっちにはソフィーもいるじゃん」
「えへへ。きょう、楽しみだったんだっ」
アレットを見た途端、周りの子供達が一斉に集まり出した。
「アレットさん、これって?」
アトレは困惑しながら尋ねた。
「この子達は私のはとこ達なんです。実は今日やることに関係があって、来てもらいました」
(たくさんの子供と修行? まさかお守りじゃないよね)
アトレが頭を傾げていると、アレットが大きく手を鳴らし一声。
「みんな、ちゅうも〜く! 今日は、かくれんぼをします!」
「やったー!」
「かくれんぼ! かくれんぼ!」
ワイワイ楽しんでいる子供の中に一人、状況を掴めないものがいた。
彼女の名はアトレという。
(か、かくれんぼ? どうしてこんな寒い中でかくれんぼを? それに、修行と何の関係が……)
アトレの困惑具合はそろそろ限界になりそうだ。
「ルール説明をします! 今日は、みんなが鬼です。それで、逃げる人は……」
アレットがそう言うと、列の中で隠れていたアトレを引きづりだし、前に立たせた。
「このお姉さんが隠れます! みんなで探してね〜」
「え?」
正直、アトレは自分が鬼だと思っていた。こういう隠れる役は子供達がやりたがるはずだ。
だけど、どうやら一人でこのたくさんの子供達から隠れないといけないらしい。
「ほらエマニュエリさん、自己紹介」
そう促されて、少し緊張しながら言った。
「ア、アトレ・エマニュエリです。今日はよろしくね」
「アトレお姉ちゃん、よろしくね!」
「綺麗な髪……かわいい」
「アトレさんは彼氏いるんですかー?」
「えっ、ちょっと……」
何だか、新人の先生になった気分だ。怒涛の質問攻めに困って、アトレはアレットに目配りをして助けを求めた。
「はいストーップ! エマニュエリさんが困っているでしょ。とにかく、今日はみんながエマニュエリさんを探すんだよ」
『はーい』
アレットの一声で子供達が静まり返える。アレットは学校の先生になれるんじゃないかとアトレは思った。
「それと、最近こわーい事件が起きているので、この森から離れないように、そして私から見える範囲で動いてください。わかった?」
『はーい』
こわーい事件とは、最近ベルソンで起きている子供の誘拐事件だそうだ。何となくだが、アトレは街の新聞屋で読んだことがある。
でも、この林には大人がたくさんいるし、何しろ<影月の魔導師>がいるから心配はないだろう。
「エマニュエリさん、この子達も一応<影月の魔導師>のひ孫だから、かくれんぼは得意ですよ。だから本気で隠れてくださいね」
アレットが耳打ちして、アトレは「うん」と力強く頷く。
そしてようやく、このかくれんぼの意味がわかった。
これは遊びじゃない。
隠密行動の修行であると。
「それじゃ、用意スタート!」
アレットの掛け声と共にかくれんぼが始まった。
子供達が目を伏せているので、アトレは隠れる場所を探し始める。
木の上、茂みの中、落ち葉の山、それとも穴を掘るか。どこに隠れても自由だが、それが逆に難しい。
林は広いが、大きな障害物に種類がない。
(あまり汚くなくて、隠れやすい所……あの茂みでいいかな)
アトレでも簡単に隠れられる場所。茂みの中にしゃがんで身を隠した。
『もーいーかい?』
「もーいーよー!」
木の枝が首元に刺さって痒い。あんまりアクティブなことは向いていないと、アトレは考えていた。
ガサガサと葉っぱが踏まれる音を聞くと、心臓の鼓動が早くなる。茂みの隙から外が見えるが、目の前に来られると流石に怖い。
「みーつけた!」
頭の上が急に明るくなった。
「っえ? うそ?!」
まだ開始十秒も経っていないのに、アトレはあっさり見つかってしまった。
何だかマクロンといい、ルミネといい、この女の子といい師匠組はすぐ終わらせてくる。
「アレットねえね! アンがみつけたよ!」
「アンすごいじゃん。……えっと記録は十二秒っと」
紙にメモをしているアレットに、アトレは髪の毛についたゴミを取りながら尋ねた。
「あのアレットさん、この記録って、全然ダメな方ですか?」
残念そうに聞くアトレとは対照に、アレットは褒める。
「そんなことないですよ! むしろ、この子達から十秒以上隠れられたことを誇るべきです」
アトレはそれを聞いて少しホッとした。
どうやら普通の人の平均は五秒も持たないらしい。それが、木の上であっても穴の中であっても。
それから、今度はアトレが一人で鬼をさせられることになった。
一人でこの林から十人ほどのかくれんぼの達人を探すなんて無理がある。しかも、アトレは子供の頃に少しだけやったことのある、かくれんぼ初心者だ。
そんなわけだから、全員探し出すのに二時間かかった。
「みつけた……これで二人目。なんで木の上にいるのよ〜!」
この時点ですでに三十分。必死に木に登ったアトレは嘆いていた。
それに最後の一人なんか、子供達に教えてもらったほどだ。
「アトレねえ、後ろ後ろ!」
「えっ? 後ろ?」
「違う前!」
「ま、前?」
頭だけを動かしてみると、そこには前髪の長い女の子がいた。
驚いた気持ちより、ようやく見つけた喜びの方がいっぱいだ。
「あっ、みつけた。もしかして、ずっと私の後ろにいたの?」
「そ、そうだよ……」
ボソボソと喋る女の子は、まるで幽霊みたいだ。
なんというか、ここまでの隠密に称賛したくなってきた。
「あなた、すごいわね。全然気付かなかったわ」
「わたし……よく影が薄いって、言われるから……」
何と返したらいいのか。
アトレは苦笑した。
そうしてアトレの今日の修行は終わった。
その後、子供達の親が作ったサンドウィッチをみんなで食べて、日が暮れるまで子供達と遊んだ。
お屋敷育ちの箱入り娘にとって、こんなに野外で遊ぶなんて初めて。髪の毛もボサボサで、上着も汚れているが、とってもワクワクする一日だった。
幼い頃にこんなことをしていたらもっと楽しかったんだろうな、とアトレは思った。
「みんな、またね」
アトレはマクロンとアレットと共に手を振って、街に戻った。
「じゃーな、まな板のお姉さん」
「誰がまな板よ!」
みんなお利口で個性豊かだが、一人クソガキが混ざっていたことだけはさっさと忘れたいものだ。
* * *
「ただいまー」
「おかえりなさいませ、お嬢様」
アトレを見たバルは絶句した。だって、上着は汚れているし、髪の毛はボサボサ。泥遊びした後みたいな姿だ。
「……お嬢様、<魔導師>様のところで修行していたはずでは?」
「そうだけど、どうしたの?」
上着をハンガーにかけながらアトレは言った。
「すごく、みすぼらしいです。早く入浴してください」
バルが言うとすかさず、ルミネの家で飼っているスライムがアトレに水をかけた。
このスライムは潔癖症らしい。
「冷たっ! わかったわよもう……今からお風呂に入るわ」
若干渋々と小さな湯船に浸かったアトレは、いつの間にか眠ってしまっていた。
「すぅー……ぷくぷくぷく」




