【5−4】影月の魔導師
翌朝、ルミネが学校に行った後にアトレたちはとある場所に向かっていた。
それが、ベルソンを訪れたもう一つの理由。
<影月の魔導師>エトワール・マクロンに会うためだ。
彼は、<翠煌の魔女>が宮廷魔法使いになる前の宮廷魔法使い。いわば先輩だ。
<影月の魔導師>は、付帯魔術を得意としていた。
その付帯魔術は、よく魔道具の作成に使われる。
大抵は一つの魔法を魔道具に込めるだけで限界だ。それ以上は暴発や魔力中毒を起こし、死の危険がある。
そのうえ、付帯魔術は上級の魔法使いでないと使うことが難しいことから、消耗品の武器には向いていなかった。
しかし、<影月の魔導師>の剣には、五つ以上の魔法が込められていた。
どれも異なる属性の魔法であり、込められた魔法だけでも熟練の魔法使い一人分近くの威力を持っていた。
だけど、いくら剣が強くても使用者の練度が足りなければ、豚に真珠となってしまう。
だが、彼は宮廷魔法使いだ。
<影月の魔導師>剣術の腕は素晴らしく、木の棒だけで小隊の一つや二つを消し飛ばせた。
マクロンの戦闘スタイルは隠密そのもの。闇夜に隠れ、気付いた時には魔法で遠距離から消し飛ばされるか、首を刎ね飛ばされるかのどちらか。
彼を視認できたのは、月の影になった時だけ。
国内最高峰である唯一の宮廷魔法使いに相応しい人物だった。
そんな武勇伝いっぱいのエトワール・マクロンは御歳百歳。
すっかりヨボヨボのおじいちゃんだ。
アトレが耳元で叫んでも全然聞こえていない様子である。
「<魔導師>様ー! 手紙を送らせていただいたアトレ・エマニュエリですー!」
「もう一回言ってくれんか?」
これで四回目である。
ハゲ散らかして、髭を蓄えたマクロンはベッドに横になって首を傾げていた。
その隣にいた彼の孫のアレットが、アトレの言いたいことを紙に書いてマクロンに見せる。
彼女は孫と言われても若すぎる女性だ。髪を後ろで結っているせいで、見た目は十代だが、一応二十後半に差し掛かっている。
そんな彼女の行動にアトレは、最初からそうすればいいのに、と思った。
「おじいさまー! 公爵家のご令嬢がきてますよー!」
「こうしゃ? すまんな、耳がちと遠くて」
「だーかーらー! この女の子が例のご令嬢さまでー、おじいさまから剣術を教わりたいんですってー!」
「剣術かい? ついてきてくれると助かるな」
やっと聞こえた<影月の魔導師>は、ベッドから降りると杖をついて歩き出した。
その横をアレットが支えているが、なんだか心細い歩きだ。
「このヨボヨボの爺さんが、本当に宮廷魔法使いなんだよな」
ラスカはバルに小声で尋ねる。一応、無礼の無いようにするためだ。
「ええ。彼が宮廷魔法使い、<影月の魔導師>エトワール・マクロン様でございます。お嬢様のお祖父様がご存命の時、何度かお会いしたことがあります」
「その頃はもっと若かったのかしら」
「いえ。今みたいにヨボヨボでした」
バルが最後に<影月の魔導師>と面会したのは、今から約三十年前。
当時まだ存命だったアトレの祖父、アズ・エマニュエリに会いに来たと言う。
長らく師弟関係だったマクロンが、足が悪くなる前に弟子の顔を見たくて来たらしい。
バルとしては、三回目の面会であった。
それから今、バルはすっかり老いてしまったが、<影月の魔導師>はバルの記憶のままだ。
その記憶の中の英雄は、アトレたちを連れて小さな裏庭まで案内した。
「あれ? わしはどうして裏庭にいるんじゃ?」
「おじいさま、このお方に稽古をつけるんですよー!」
「ほう。そうじゃったかな」
「よ、よろしくお願いします!」
アトレは萎縮して言った。
正直、誰かに言われなければ、この爺さんが宮廷魔法使いだったとは思わないだろう。
だって、普通の爺さんとなんら変わりが無いのだから。
そしてマクロンは杖をついてアトレの前に立つと、こう言い放った。
「ほれ、わしの相手をしてみい」
木刀を受け取ったアトレは、何を言っているのか分からず困惑したが、マクロンの言うことに従って勝負をした。
この時、アトレを含めてこの場の誰もが彼女が勝つだろうと思っていた。
だけどそれは、大きな誤算であった。




