【5−1】冬服の時期
「くしゅん! うぅ〜寒いわ……」
時期は晩秋。
流石に夏服のワンピースだけでは冷えるアトレは、寒さに耐えながら次の街、ベルソンに向かっていた。
本当は家からコートを持って行きたかったが、アトレのトランクケースに入るわけがないので、こうして凍えているわけだ。
「ねえ、誰かこう……『体を温める魔法』とか持っていないの?」
「わたくしは持っております。お嬢様に使って差し上げましょうか?」
「もちろん!」
腕をさすりながらアトレは目を輝かせた。
次の瞬間、体の表面がぽおっと暖かくなる気がした。
なんというか、暖炉の近くに身を寄せているような感覚だ。
でもなんだろう、暖かいのに冷たい風が服の隙間から差し込んでくる。本当に暖炉の近くにいるみたいだ。
「これは……『体を温める魔法』じゃなくて、『暖炉の近くにいるような感覚の魔法』ね」
ズズッと鼻をかんだ。
「なんだ? まだ寒いのか?」
「うん。寒い夜に焚き火の近くにいるみたい。ねえじいや、次の町でコートを買っていいかしら」
「次の町って……あの目の前に見えている町でしょうか」
バルは目の前のこぢんまりとした町を指差した。
人口三百人くらいの小さな町だ。
どっちにしろ、ベルソンに行くために通る町なので、三人はよって行くことにした。
* * *
町を漁って数十分。良さげな服屋を見つけたので、アトレは中に入った。
時期は冬物。コートのついでに、冬服も買うつもりだ。
(う〜ん。まずはコートだけど、白と茶色どっちがいいかな)
毛皮のコートを見定めていると、緑のエプロンをかけた店員がアトレに話しかけた。
「何かお悩みでしょうか?」
「コートの色で悩んでいるんですけど……あと、冬服も欲しいなぁって」
「それならお任せください! お客さまに見合った物を見つけて差し上げます!」
店員は目の色を変えて、服を選び始めた。
(変なスイッチ入れちゃったかな……?)
アトレがコート二つを持って、店員を眺めていると、今度は試着室に押し込まれる。
「お客さまのために服を選びました!」
持ちきれないくらいの服を見せた。
きっと、全部着て欲しいのだろうか。
彼女の熱に若干引いていると、一セットの服をアトレに渡してきた。
「えっ、ち、ちょっと! 私のコートは?」
「ささっ! 早くお着替えください!」
彼女の耳にアトレの声は届いていない。
アトレはカーテンを閉じて、渋々着替えることにした。
(ラビナと買い物に行ったことを思い出すなぁ……。あの時、ラビナの目もあの店員さんみたいに輝いていたなぁ)
ベージュのセーターに深い青のロングスカートを履いた。これには結構ありかも、と思う。
「お客さまー、お着替えはお済みでしょうか? 開けてもよろしいでしょうか?」
「ええ。終わったわ。今開けますね」
店員の反応が怖いが、恐る恐るカーテンを開けた。
「ど、どうかしら」
「うーん。少し、ポーズをとってもらえませんか?」
「ポーズ?」
「肘に手を添えるだけでいいのでっ!」
おねがい! というように頼み込んでくるので、恥ずかしいけど言われた通り、肘に手を添えた。
「ああ! かわいい! かわいすぎる!」
「えっ、ええ?!」
アトレを見る店員の目はハートになっていた。
この状況に困惑していると、目を逸らしながらまた別の服を押し付けられた。
きっとこれも着て欲しいのだろう。
アトレは同じように着替えると、店員に見せた。
その度に店員は褒めてくれる。
なんだか自分も楽しくなってきて、いつの間にかアトレのファッションショーになっていた。
「これもどうかしら!」
可愛らしいポーズをして、店員に見せた。
「いいですね! 胸元のリボンがよく似合っています! ……あぁ、眼福!」
「こらっ!」
突然、アトレの目の前にいる店員を、店長らしい人がピシッと叩いた。
「お客さんに何するんですか! うちのバイトがすみません」
「うぅ……ごめんなさい」
店長が頭を下げながら、無理やりバイトの頭を下げさせて謝った。
「いえいえ、とんでもないですっ! 私の服を選んでいただいてますし」
(うわ〜恥ずかしい……さっきの私、見られていたのかな……?)
店長に首根っこを抑えられたバイトは、アトレに持ってきた服を渋々たたみだす。
なんだか、かわいそうだ。
「あのー、このセーターと青のスカート、買っていいですか? それと、白のコートも……」
「いいんですか?」
「いいも何も、コートと冬服を買いに来たんですから! このコーデは私も考えたことがなくて、その、すごく助かりました!」
バイトの店員の目が、ぱあっと明るくなった。
すると、店員はすくっと立ち上がって、深く一礼した。
「ありがとうございます!」
そういえばと思い出して、アトレは店員に一つ尋ねた。
「誕生日の姉に何か贈りたいんですけど、いいものってありますか?」
「そうですね……マフラーなんかどうでしょう。今の時期なら喜ぶと思いますよ」
そう言って、アトレをマフラー売り場に案内した。
ずらっと並ぶマフラーを見てアトレは驚いた。
だって、マフラーなんてどれも同じだろうと思っていたのだから。
しばらく悩んだ末、白基調で水色の柄の入ったマフラーを選んだ。さっき選んだ服とお揃いの配色だ。
「……これなら、喜んでくれるかな」
ふと、アトレは言葉を落とした。
「お姉さんも喜んでくれますよ」
店員はそっと微笑んだ。
「あっ、ごめんなさい! 盗み聞きしてしまって!」
「いえ、大丈夫ですよ! ……でも、そう言ってもらえて嬉しいです」
アトレはマフラーをギュッと抱きしめた。
初めて渡す姉へのプレゼント。きっと気に入ってくれるはずだから。
会計の時、店員が包んでくれると言ってくれたので、そのままお願いした。
「お姉さんとは仲がいいんですね」
木の台でマフラーを包みながら、店員はアトレに尋ねた。
「そうね。昔から私に甘えてくる変な人だけど」
少し間を置いて、店員は話し始めた。
「……実は、わたしにも双子の兄がいて、あんまり仲良くないんです。でも、お客さまを見て、今度、誕生日に何か渡そうと思った。嫌いだけど、どこか寄りを戻したいって、考えちゃうのかもしれませんね」
そのままマフラーを包み終わると、アトレに渡した。
「ごめんなさい! わたしの話をしてしまって! お、お買い上げありがとうございます!」
「こちらこそ、服を選んでもらってありがとうございます。いろいろ楽しい買い物になったわ」
アトレは買ったばかりの白いコートを着て、店のドアを開けた。
「お兄さんと仲直りできることを祈ってます」
「あ、ありがとうございました!」
店員は深く一礼してアトレを見送った。
* * *
「遅くなってごめんなさい」
「おう、おかえり」
ベンチに座っているラスカが、ジロジロとアトレを眺める。
「なに?」
「いや、コート買ってくるって言ったくせに、ちゃっかり冬服まで買ってるからさ」
「お嬢様、それはいくらほど……」
「金貨一枚よ」
バルとラスカの顔が一気に引き攣った。
それに対し、アトレは何事もないような顔をしている。
「返品してください」
「いーやーだー!」
バルはアトレのコートを脱がそうとするが、アトレはそれに必死に抵抗した。
あとでマフラーのタグを見ると、それは有名な高級手作り衣服店だったそうだ。




