【番外編②】ナディア・ノートンはサボりたい
最近のシャリエール家は平和だ。
リリアンが学校の寮にいるおかげで、メイドたちは暇を持て余している。なんなら、バイト感覚で働いている人もいるくらいだ。
大抵の仕事といったら庭の掃除と、室内の掃除。正直、これくらいしか仕事がない。
その中でも、一番この時期を楽しみにしているのはナディアであった。
彼女はリリアン専属のメイドということもあって、基本的に雑用は回ってこない。
毎日、リリアンのベッドを掃除したり、彼女の身だしなみを整えるくらい。それも、リリアンが家にいる時だけだ。
だからナディアは、この仕事を好きでやっている。
だって、他の雑務のメイドより仕事量が少なく、サボりやすいから。
もし、他のメイドに仕事を勧められても「私はリリアン様の指示待ちですので」と言い訳してサボることができる。
なんて最高な仕事なんだろう。
ということで、今日も今日とでテキトーな部屋を見つけて、タバコを吸いながら読書を楽しんでいた。
「最近は静かでいいですね。読書がはかどります」
日当たりの良い部屋でのんびり読書を楽しんでいたその時、誰かがナディアを見つけ出して部屋に飛び込んできた。
「ノートンさん! ノートンさん! 大変です! ……って、またタバコですか?!」
「換気しているので大丈夫です。それで、要件は?」
ナディアは入ってきたメイドに目もくれず、本だけを見ていた。
「えっと……、リリアン様が風邪を引いたらしいです。たった今、速達の手紙が——」
「それなら大丈夫です。だって風邪でしょう? 一日くらいで治ります」
「それが……リリアン様の友人からも届いておりまして、かれこれ二日ほど項垂れているらしいのです」
「なんと」
「だから、アルノールまで行ってもらえませんか?」
「嫌です」
「それは無理です。メイド長に引っ張り出すよう言われているので」
ナディアはメイドから救護セットを無理やり渡されると、本と一緒に屋敷から追い出されてしまった。
……働け、ということか。
(帰りに酒場寄っても怒られないですよね)
渋々立ち上がった彼女は、飛行魔法を使ってアルノールに向かった。
* * *
ナディアの魔力量なら、アルノールまで全力で飛べば三時間で着く。
この話をアトレが聞いたら、驚いて失神してしまうだろう。
三時間、景色を楽しみながら飛んでいくと、見慣れた校舎が目に入った。
昔、通っていたので、なんとなく構造は覚えている。
正面から入るのは面倒なので、そのまま寮に行くことにした。
だけど、フランクール法学校の警備は強固だった。
空から侵入できないよう、結界が張られている。
それをすっかり忘れていたナディアは、見事に結界に引っかかり、警備の人に見つかってしまった。
結果、警備の事務所送りである
警備の人曰く、管理者が来るというので、待っている間、本を読んで待っていた。
どんな時でも冷静なのは、ナディアの長所と言えるだろう。
「あなたでしたか。ナディア・ノートンさん」
事務所に、ルシュール理事長が入ってきた。
「いえ、人違いです」
「全く、何にもやましいものがないなら、正面から入ればいいのに」
「手続きが面倒なもので」
「はあ。どのようなご用件で」
「リリアン様が風邪を引いたので、それの看護を」
「シャリエールくんか。あの子はあなたと同じで問題児でしてね」
「『あなた』は余計では?」
「今もでしょう。僕と話しているのに、顔色一つ変えず読書しているではありませんか」
「なんと」
ナディアはやっと、読んでいた本を閉じてポケットにしまった。
その代わり、今度はタバコを取り出して火をつける。
「待ってください。校内は禁煙です」
「でもここは、『校外』でしょう?」
ナディアはタバコをルシュール理事長に渡した。
「まったくあなたって人は……。今回だけですよ。寮の場所は覚えていますよね」
「ではさようなら。ルシュール先生」
ナディアは彼の話をぶった切って、事務所を後にした。
そのまま、女子寮まで歩いて行き、リリアンの部屋まで着いた。
「コンコン。失礼します」
「誰誰?!」
「不審者だわー!」
部屋の場所はあっているのに、なぜか枕を投げられて追い出された。
追い出されたので、仕事ができないから帰ろうとしたその瞬間、ナディアは誰かに呼び止められてしまった。
「ゴホッ……ナディアかい? 彼女を入れてくれ……」
残業が始まった。
彼女の一声で、枕を投げてきた赤毛の子と、金髪の子に無理やり部屋に引き摺り込まれる。
あるベッドに、咳き込んでいるリリアンがいた。
「ナディアでございます。リリアン様、お身体は大丈夫でしょうか」
「ああ……だいぶ良くなったよ。ゴホッ」
「お顔が真っ赤ではありませんか。さっさと換気しましょう。後で粥を作ります」
「ありがとう……」
ナディアは窓をガラガラ開けると、反射的にタバコに火をつけようとした。
「ナ、ナディアさん! タバコは禁止!」
「おっと」
呼び止めた彼女は手紙で聞いたことがある。
金髪カールのフランソワーズ。
その隣でなぜか目を輝かせているのが、赤毛巻き髪のアデリーナ。
「これが……本物のメイドさん!」
「いかにも。私が完璧無欠のスーパーメイド。ナディア・ノートンでございます」
顔色一つ変えず、一礼した。
「タバコ酒好きメイドのどこが、完璧無欠なんだい……」
「おっと、リリアン様は風邪で幻覚が見えているのですね。早くおやすみください」
素早くリリアンの顔まで布団をかけると、いつの間にか用意した粥と薬を隣にそっと置いた。
さらに、読み終えた本をリリアンの机の上に置くと、静かに部屋を後にした。
「あら? あの人、リリアンの机に本を忘れてっているわ。『空月の花君——第七巻』?」
アデリーナは置いてあった本をペラペラとめくった。
(それって、ボクが好きな本の最新巻じゃないか。置いていくなら何か一言、言ってくれればいいのに)
リリアンは起き上がり、まだ温かい粥を口に運んだ。
* * *
フランクール法学校を出たナディアは、もう暗いので、アルノールで一番高い宿に泊まることにした。
もちろん、経費で落とす予定だ。
「私の大事な休日が無くなってしまいました。明日は本屋巡りでもしましょうか」
夜の暗い街中で酒場に向かいながらナディアは呟く。
たまには高級酒でも飲もうかと思案しながら歩いた。
結局、ナディアが屋敷に戻ってきたのは、二週間も後のことだった。




