【4−3】オリエイル
イワヤドカリの攻撃が通りやすい部分は、岩の中に隠れている身だ。
つまり、被っている岩の殻を壊してしまえばいい。
その事を頭に入れながら、アトレはツルハシを振った。
とはいえ、まだイワヤドカリが怖い。へっぴり腰になりながらも目一杯振り抜いた。
ガツンという大きな音と共に、岩の殻が崩れていく。その隙に、ラスカが身を目掛けて攻撃する。
たまに普通の岩に当たることもあったが、それはハズレくじみたいな感覚でアトレはツルハシを振った。
いつの間にか恐怖がなくなっていた。
そうしているうちに、全ての魔物が倒れた。
「これで終わりね。さっ、早く任務を終わらせましょう」
鼻歌を歌いながら奥に進んでいく彼女の姿は、まるでさっきと別人のようだった。
相当、岩を壊すのが楽しかったのだろう。
「おーい、そんなに前に行ったら、灯りがなくて詰むぞー。ウグッ!」
ラスカは急に止まったアトレにぶつかった。
「急に止まるなって」
でもアトレはそれに気づいていない。
何かに呆気に取られているようだった。
「……これ見て」
言われた通り、ラスカが松明を掲げると、そこには一面の青い壁が広がっていた。
青といっても、宝石のような輝かしいものではなかったが、無機物な鉱山に広がる鮮やかな青い鉱物の海は圧巻だった。
「綺麗ね……」
「そうだな……これが自然の産物なんて思えないな」
「……」
「……」
「あらいけない。本来の目的を忘れていたわ」
「さっさと掘って帰ろうぜ」
アトレとラスカは、青い鉱石の海に向かってツルハシを振った。
掘ると表面だけが青く染まっていて、中は白銀に輝いていた。
アトレたちは、硬い壁に向かって何度もツルハシを振り、ついに桶いっぱいの鉱石を採ることができた。
ラスカが桶を持ち、二人は元の道を引き返した。
「ユリイカさーん、戻りましたよー」
「おっ、おかえりー。あっそれそれ! 採ってきてくれてありがとー」
ユリイカは、ラスカの持っている桶に入った鉱石を持って、確認した。
「んー、これなら大丈夫! こんな上質な碧鉱石は久しぶりだよ! ささっ、早く親父のところに戻ろー」
ユリイカはアトレとラスカの手を引き、走って工房まで向かった。
* * *
工房に戻ったユリイカは、すぐにプラトーに鉱石を報告した。
鍛冶場の使用許可が出ると、窯に火を入れられ、鍛造の準備を始めた。
徐々に暑くなる鍛冶場の気温に、ユリイカは袖をまくり、アトレとラスカは後ろでそれを見守った。
ユリイカはゴーグルを付けて、さっき採ってきた碧鉱石を溶かした。真っ赤な鋼と混ぜると、金槌で叩いて剣の形にしていく。
金属が叩かれる心地よい高音と、徐々に出来上がる剣の形に、アトレはだんだんワクワクしてきた。
ユリイカがアトレの折れた剣の刀身を柄から抜き取ると、新しい刀身に付け替えた。
銀色の剣は、時折光が反射するとうっすら青く輝いていた。
「ふう、これで完成かな。アトレちゃんの身体に合わせて作ってみたけど、どんな感じかな?」
アトレは新しい剣を握った。柄は変わっていないが、刀身が前の剣より長くなっていて、まるで別の剣を持っているように感じた。
でも、不思議と手によく馴染む。
何も変わっていない柄のせいではない。重さ、長さ、大きさが共にアトレの体格に合わせて作られているのだ。
「……ありがとう」
「ん? 今なんて?」
「この子を、直してくれてありがとう、ユリイカさん」
アトレは剣を抱きしめて微笑んだ。
二度と戻ってこないと思われた相棒が、今は新しい身体になって戻ってきた。
言葉にならないような感動と感謝を、アトレはなんとか言葉にして伝えた。
「ふふっ、大事にしなよその剣。もしぶっ壊したら、うちが殴り込みに行くからね」
「そうしてくれると、嬉しいわ」
アトレは新しい鞘に剣をしまった。
* * *
その日の夜は工房に泊まった。
アトレとラスカが寝た後、こっそりと大人の宴会が開かれていた。
バルとプラトーが酒を飲みながら談笑していたその時、トントンと階段を軽快な音を立てて、ユリイカが降りてきた。
「親父ぃー、なんでうちは床で寝ないといけないのさ」
「お前ぇは床で寝るに決まってんだろ! 客人を床で寝させるわけにはいかねぇだろ?」
「それはそうだけどさー……。てゆうか、うちに黙って酒とかずるくなーい?」
「ッチ、友人の前なんだからいいだろ。お前も飲んでいいから許してくれよ」
プラトーはユリイカから目を逸らし、不貞腐れて言った。
どうやら、禁酒されているようだ。
「ああすまなかったなバル。今禁酒されて飲めないんだ。この間飲み過ぎでぶっ倒れてしまってな」
「あなたらしいですね」
バルとプラトーが話している隙に、ユリイカは酒を持ってきて、プラトーの隣に腰を下ろした。
「いっやぁー疲れたー。久しぶりにいい剣が作れたよ」
「お嬢様の剣はどうなったんですか?」
「刀身を入れ替えただけだよ。アトレちゃん、今ごろ剣を抱えて寝ているんじゃないかな?」
ユリイカの言う通り、アトレは剣を抱えてすやすや寝ていた。
夢の中では今ごろ、イワヤドカリのスープを食べているのだろう。
「後で剣を見せてもらったが、また腕が上がったんじゃないか?」
プラトーはユリイカの頭をわしゃわしゃと撫でた。
ユリイカはまんざらではない顔をしながら、「やめてよー」と言ってプラトーの太い腕をどかした。
「あの二人、絶対付き合ってるでしょー」
「いや、付き合っていないはずですよ」
「うっそだー。恋人じゃないとあの距離感はありえないよー。あの距離感は若者の特権だね」
「お前もこの間酒が飲めるようになったじゃねえか。なに年寄りぶってんだ」
「別にいいでしょー。うちだってあんな青春を過ごしたかったのー。ぶー」
酒を少ししか飲んでいないのにも関わらず、ユリイカは顔を真っ赤にして、すっかり酔っていた。
おかげで普段のおしゃべりに拍車がかかっている。
「ユリイカ、お前は酔ってんだからさっさと寝ろ」
「えー。まだうち、よっぱっぱってないしー、ヒック」
ブツブツ文句を言いながら、ユリイカはフラフラとどこかに歩いていった。
「俺がアイツの本当の親だったらな……」
「というと?」
「実は——」
* * *
翌朝早く、アトレたち一行は工房から出ようとしていた。
その場には、服を肩まで捲ったプラトーとユリイカが、見送りに来てくれた。
「プラトーさん、お世話になりました。それとユリイカさん、昨日はありがとうございました」
アトレは二人に深くお辞儀した。
それに応えるように、プラトーは「また来いよ」とニカッと笑った。
「では、行きましょうか」
バルが一声掛けたと同時に、三人は歩き出したその時だった。
急にユリイカが大声を張り上げて言った。
「待って! 君、『ラスカ』だよね?」
呼びとめられたラスカは、キョトンとしながら振り向いた。
「ああ、俺はラスカ・ファビウスだけど?」
ユリイカはラスカから目を逸らし、目に涙を浮かべながら言う。
「違う。君は『ラスカ・オリエイル』。そうだよね」
「……えっ?」
「おかえり、ラスカ」
ユリイカは微笑みながら、ラスカに語りかけた。




