【4−1】エマ先生のドキドキ魔法教室⭐︎
ロコモアを出たアトレ達は、アトレの折れた剣を直すために鍛冶屋に向かっていた。
鍛冶屋くらいロコモアでもあるのではないか。
実際、ロコモアにも鍛冶屋はあった。でも今から行く鍛冶屋は、普通の鍛冶屋ではない。
なんせバルの古い友人のいる工房であったからだ。
彼は優れた技術を持っているらしく、アトレにあった最高の剣を作れるとか。
だから、アトレは工房につくまで剣の修復を我慢した。
これから語るのは、工房に着く前の話だ。
* * *
「そういえば、ラスカの師匠ってどんな人なのかしら?」
バルの古い友人のいる鍛冶屋に向かう途中、アトレはふとラスカの師について気になった。
「わたくしも気になります。貴方ほどの才をお持ちの方の師匠となれば、さぞかしお強いのでしょう」
ラスカは歩きながら頭の後ろに手をやって空を見上げた。
少し考え込んだ後、急に口を開いた。
「んー。俺もよくわかんね。なんか、めちゃくちゃな人だったことくらいしかないな。」
「せめてお名前くらいは……」
「確か『エマ』って言ってた。女性だったな」
「それで、師匠はどんな魔法を使ってたの?」
「なんかいろんな魔法を使ってて、特に何が一番の属性かはわからなかったな。多分、雷とか? 俺みたいに他の属性も使えていたけど、どれもすぐ暴発してた」
ラスカは思い出したかのように笑い出した。相当めちゃくちゃな師匠だったのだろう。
「ふーん。それで、ラスカはどんな修行をしたの? だって貴方の得意属性は水だったのよね」
「こっからは話が長くなるな。してもいいか」
「もちろんですとも。まだ工房まで時間がありますし」
「わかった。これは俺が師匠に出会った時——」
ラスカは師匠との修行話を始めた。
* * *
ラスカが十四歳の時、自衛のために魔法を習得していた彼は、今日も森で借金取りにバレないよう練習をしていた。
「ダメだ。魔力が離散してあの木まで魔法が届かない」
ラスカはいつも、二十メートル近く離れた木に向かって水魔法の練習をしていた。毎度のように魔法を放っていると、不意に誰かがラスカの肩を優しく叩いた。
驚いて振り返ると、黒いローブのフードを被った女性が立っていた。
「あら〜、魔法の練習? あそこの木に当てたいなら、針に糸を通すようなイメージで魔力を溜めるといいわよ。ほら、こんな感じ」
フードを被った女性は、最も簡単に水を木に掠めて撃った。
それを見たラスカは、言われた通りに魔力を込めて、魔法を木に向けて放った。
すると、さっきまで目の前で切れていた水が、いとも簡単に木を貫通したではないか。
「本当だ! ありがとうございます! あの、お名前だけ聞いてもいいですか?」
「名前? ん〜、『エマ』って呼んでちょうだい。それで一つ聞いてもいいかしら」
エマと名乗る女性は、ラスカにのんびりとした表情で聞いた。
「あなた、今いくつ? 魔法は誰に教わったの? 得意属性は?」
一つと言ったくせに三個も聞いてきた。
「俺はラスカ。今は十四。魔法は独学で、得意なのは……多分水かな? それしか使えないし」
「水ね……。いいわ。わたしが魔法の師匠になってあげる!」
そう言ったエマは、ラスカの言い分なんかどうでもいいように嬉しそうに話を進めた。
「質問! 魔法の属性は何でしょう! 十、九……」
急に問題を出したと思ったら、カウントダウンをしてきた。
ラスカは焦りながらも、頭の中の知識を必死に巡らせて答えた。
「水と火、それと……雷の三種類?」
「ぶっぶー! 違います!」
エマは見た目とは裏腹に子供っぽく言った。
「正解は……水、火、雷、氷、風、土とかの物質系。あとは魔力を直接操る系の魔法、結界術、治療魔法、土以外の物質を操るもの、それと一部の攻撃魔法かしら」
「多すぎでしょ……」
「他にも、少数の民族で使われる民間魔法とか、念力とかとか——」
エマはニコニコしながら、ラスカを置いて自分の世界に入っていった。
もはや誰にも止められない馬のようだ。
「エマさん? おーいエマさーん」
「あらいけない! また魔法の世界に入っちゃってた!」
エマはてへっと舌をちょっと出した。
「話を戻すと、こんなにある魔法を普通の人なら一つ覚えるだけで十分なの。でもラスカくんは才能があるから、今言った全ての魔法を覚えた方がいい。ということでぇ〜、今から練習! 見ててね、これが氷でこれが火で……」
そう言いながら、エマは次々に氷や火、水や地面を動かした。どれも途中でボンと言ったりエマの手が凍りついたりしていたが、それでも完璧なまでに操っていた。
その姿はさながら、魔法が大好きな子供みたいだった。
「でも師匠、俺は水しか使えないんだけど……」
「やっと師匠って呼んでくれたー! えっとねぇ、他の属性を使う時は、頭の中で氷! とか、雷! とかって想像すればいいの」
ラスカは言われた通り頭で想像して魔法を詠唱した。
すると、師匠より小さくて不安定だが、他の属性を操ることに成功した。
「すっげぇ! 本当にできた!」
「でしょでしょ! お姉ちゃんはすごいのよ!」
「お姉ちゃん?」
「あら、ごめんなさい! わたし妹がいるからつい癖でぇ……」
あたふたしながら喋る師匠を見て、ラスカは思わず口元が緩んだ。
ある日、いつものように修行していると、例の奴らがやってきた。
「おーいラス坊! 今週の分貰ってねぇぞ!」
森の奥深くまで世紀末的風貌の輩がラスカを探しにやってきた。
何と言おう、彼らは借金取りであった。
「お迎え? 誰なのあの人たち」
「借金取りだよ。今週も来やがった」
「つ、ま、り、追い払っちゃえばいいのね」
そう言ってエマは杖を取り出して、奴らが近づくのを待った。
「いたいた。ラス坊、今週の分わかってるよな」
「あらごめんなさい。今、弟子との練習中なの。紳士の皆様ならお引き取り願える?」
さっきまでのおっとりとした雰囲気とは違い、エマの声は力強く、背中だけで真剣な表情をしていた。
それが今のラスカには何よりも心強かった
「それは無理な話だ。俺たちが先に先約を取ってる。だからそこをどきな、『お師匠様』」
「貴方達に師匠と言われる筋合いは無い」
エマはそのまま、周囲に風を起こし、ボス以外の奴らの首筋に電気を流した。
そして、エマの魔法をもろに食らった借金取りはそのまま地面に倒れた。
「これ以上わたし達に近づいたら、失神じゃ済まないわよ」
「……クソっ! てめえ後で覚えてろよ!」
ボスは地面で伸びている仲間を担いで、そそくさと逃げていった。
まだ残る風に吹かれるエマのフードからは、水色の髪がほんの少しはみ出てたなびいていた。
「さあ、練習を続けましょう!」
師匠は振りかって金星のような瞳を輝かせたあと、にっこりと笑った。
ラスカは初めて、人に憧れを抱いた。
* * *
「それから一週間、地獄みたいな修行をして、師匠は本来の目的地へ旅立ったんだ。これでおしまい。どうだ? 面白かったか?」
ラスカはちらりとアトレとバルを見る。
二人はハンカチで目元を吹いていた。
「いい話ね……」
「本当です。涙が止まりません……」
「おいおい、そんな泣ける話じゃ無いだろ」
ラスカは二人に呆れて言った。
そうこうしていると、小高い丘の上に赤い屋根と煙突のついた小さな家が見えてきた。
「あれが目的地じゃないのか?」
——「フォルジェロン・セントレイ」
バルの古い友人がいる鍛冶屋であった。




