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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
第三章 久遠のライバル編
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【3−10】久遠のライバル

 アトレは屋敷中を駆け回っていた。

 手当たり次第に部屋の扉を開け、リリアンを呼びながら探し続けた。

 そして、とある部屋のドアを開けた瞬間、一人の少女が紺髪の男に詰め寄られて万事休すの状況に追い込まれているのが目に入った。

 その時アトレはすぐに気がついた。そこにいるのはリリアンと、側近のクルーエであることに。

「リリアン!!」

 アトレは反射的に叫んでいた。

 声に気づいたクルーエは、アトレに襲いかかるように雷魔法を詠唱する。

「ッチ。面倒だ」

 アトレは咄嗟の判断で横にあった箒を持ち、器用に攻撃をかわしながらリリアンの元へ走る。

 だがクルーエもただではいかない。ナイフをアトレに向け突き出した。

 しかし、彼の前にいたのは竜に勝った剣士だ。人の未熟な攻撃なんか簡単に受け流せる。その代わり、持っていた箒を弾き飛ばされてしまった。

 クルーエを突き倒したアトレは、腕を大きく広げてリリアンの前に立ち、彼女を庇護した。

「リリアン、大丈夫?」

「あ、あぁ……。その……助けてくれてあり——」

「お礼は後でゆっっっくり聞くから。……それで、やっぱり貴方だったのね。クルーエ」

「お客様、内輪揉めに入られては困ります。早くお部屋にお戻りください」

 怒りを交えながら、いつものクルーエに戻った。

「あらそう。豚箱に戻った方がいいのは貴方じゃないかしら。まあいいわ。こんな芝居にかまってられる暇なんてないの。早く化けの皮を剥がしなさい」

 アトレは威圧的に脅すと、クルーエは驚いて一歩下がった。

 こんな可愛らしい少女に強烈な暴言を吐かれるとは思ってもいなかったのだろう。

「ッチ」

「ああ、これで全てわかったわ」

「何がだ」

「何をだい?」

 アトレは目の前の彼を嘲笑うように言うと、指を突き出す。

「今回の竜騒動、あれを復活させたのが貴方。この子の家族を殺したのが貴方。ナディアさんの失踪も貴方。それに、この子を毒で殺そうとしたのも貴方。ああ、それは予想外の出来事で私が貰ったけどね」

 アトレは頭の中でケレースが話していたことを思い出した。何者かがユーちゃんの封印を解いた、神の言う紛れもない真実を。

 それにアトレの言う予想外の出来事は、昨日の祝勝会でリリアンが席を譲ったことだ。

 そのことをクルーエは思ってすらいなかった。そのせいでリリアンがもらうはずの毒をアトレが受け、証拠を消すために厨房に向かったところ、偶然ラスカに出会った。

「それで、何が言いたい」

 クルーエは苦笑しながらも圧をかけるのを止めずに言った。

「つまり、貴方がこの家を乗っ取ろうとしたことよ」

 アトレはこれでどうよと、堂々と言った。

「……さっき言った」

「……さっき聞いた」

「へ?」

 思わぬ返答にアトレの目が点になる。恥ずかしくてこの場から逃げたいくらいだ。

(せっかくカッコよく言えたと思ったのに!)

 でも、今は恥ずかしむべきではないと思い、アトレは深く深呼吸した。

「お前の茶番に付き合うのは終わりだ。早く始末しないと。そういえばお前、公爵家の娘だったよな。お前だけは生け捕りにさせてもらうぞ。これからの交渉材料になってもらう」

 彼の言葉にはイライラがみえる。

「あっそ。どうぞご勝手に。でも、私みたいな落ちこぼれを人質にしたところで、お父様は貴方みたいな成り上がりの平民には応じないと思うよ」

 アトレはさっさと終わらせようと、適当にあしらった。だが、アトレの言葉は全てクルーエの地雷を踏み抜いた。

「さっきからごちゃごちゃと。そんなに死にたいなら真っ先に殺してやる! 死ねぇぇぇぇ!!」

 冷静を欠いたクルーエはアトレに向かってナイフを持ち突進した。

 だがアトレは逃げも怯えもせずただ立ってリリアンを守った。


 絶対に負けたくないから。


 アトレは刃が自分の目の前にきても目を瞑らない。死ぬ覚悟はできていた。

「ダメだアトレ! 危ない!」

 しかしその時、アトレの重心が左に倒れて押し出された。あまりの突然の出来事でアトレは押された方を見ることが出来なかったが、かすかに血の飛び出す瞬間を見た。

 ドンという鈍い音が重なりリリアンを見ると、アトレに重なって彼女が倒れていた。

 その後ろではクルーエがナイフを壁に突き刺したまま静止していた。

「クッソ! 殺り損ねた! 今度こそ!」

 クルーエが雄叫びをし、ナイフを壁から抜き出して振りかぶったその瞬間、ラスカの声が聞こえた。

「おーいアトレー。まだうんこかー? 飯さめちまうぞー。……! 避けろ!」

 たまたま目の前を通ったラスカが中の状況に気付いた。そのまま、瞬きする間もなく、クルーエだけに拘束魔法をかけた。

 彼は魔法によって腕を縛られながら、顔面から床に倒れた。


「リリアン! リリアン! 返事をしてよ!」

 アトレは倒れているリリアンの頭を膝に乗せて必死に揺さぶった。

 すると、声に気が付いたのか、リリアンは大泣きしながら顔を上げる。

「いっったぁぁい!! ああ、ボクの腕が!!」

「腕はちゃんと付いてるわよ」

 服が切れて破れている隙間から、リリアンの右の上腕が深い切り傷で血だらけになっているのが見えた。

 きっと、アトレを庇った時に負った怪我なのだろう。リリアンはあまりの痛さに、失神してしまっていた。

 アトレはすぐに自分のハンカチを取り出し、彼女の右腕に巻いた。

「くそ……。オレはまた失敗してしまった」

 床に突っ伏し悔しがるクルーエを横目に、ラスカはしゃがんで物を見るようにツンツン指差した。

「なあ、こいつどうすればいいんだ?」

「あ、ああ。地下牢に連れて行ってくれ。鍵はそいつのポケットにあるはずだ。その先を曲がった階段の奥に……」

 リリアンは痛いのを堪えて涙ぐみながら言った。

「睡眠薬を仕込んだのに、どうしてコイツは元気なんだ……」

「いや、俺そうゆうのに少し耐性があるから」

「なんだよ……それ」

 こんな会話をしながら、ラスカはクルーエを浮かせて外に運んで行った。


* * *


「うぅ……。アトレ、どうして君はボクを助けたんだい?」

 啜り泣いているリリアンから視線を逸らし、部屋の外を見ながらアトレは告げた。

「……ライバルに勝ち逃げなんてされたくないから」

「……ライバル」

 アトレはゆっくり立ち上がり、部屋を出ようとする。

 その背中を見て、リリアンは何かを決心したかのように、泣くのを必死に堪えながら胸に手を当て、叫んだ。

 心が弱いリリアンには後悔が耐えられない。

 今しかない。


「ボクは君と! 友達になりたかった!」

「…………」

「でもこんなボクじゃなれないよね……。君にはひどいことを沢山した。謝っても謝り切れないし、許せるはずがない。それにボクは君の、友達にも、ライバルなんかにもなれる資格はない。ただこれだけは本当だ! ボクは初めから、ただ君と、何かを語り合える友達になりたかった!」


 リリアンは痛みの涙と別の涙を流し、本当の気持ちを叫んだ。彼女に届かなくても許されなくてもいい。

 ただ単純に、謝りたかった。二度と会えないかもしれないアトレに。

「あらそう。確かに、生徒の『アトレ・エマニュエリ』はなってくれないかもしれないわね」

 アトレは動揺する訳でも、同情している訳でもなくただ平然と、冷たく言い放った。

 こうなることはわかっていた。リリアンもその事は承知で視線を落とし俯いた。

「でも、ここにいる旅人の『アトレ・エマニュエリ』ならなってくれそうかもね」

「ど、どういうことだい」

 アトレに目を戻したリリアンは動揺を隠し切れない。アトレが変なことを言っているからだ。

 でも、アトレの言葉には旧貴族ではない、今は普通の少女として生きているとリリアンに教えているようだった。

 そのことに気づいたリリアンは、ありったけの勇気を振り絞って言った。

「ボ、ボクと! 友達になってくれ!」

 アトレは立ってリリアンを振り返ると、少し笑いながら笑顔で返した。

「……しょうがないな。伯爵の命に応じて友達になってやろう。これからもよろしくね、『リリアン』」

 ラビナの真似をしながらアトレは言った。

 それを聞いたリリアンは、心のどこかの暗雲が綺麗に晴れた気がして楽になった。

 そして、満面の笑顔でアトレに抱きついた。

「ああ! ありがとう! 『アトレ』!」

(ボクは初めから間違っていたのかもしれない。最初から変なプライドを持つんじゃなくて、自分の気持ちを伝えることがきっと大切なのかもな……)

 暗い物置には、アトレの爽やかな笑顔と、リリアンの大切なものを得た元気で明るい笑顔で満たされた。

「でもどうして、ボクなんかが君の友達になれたの? 散々酷いことをしたのに……」

「あなたの性格からして、あんなの本心で言っていたわけじゃないでしょ。私に見て欲しい、だ、け。何年ライバルをやってきたと思ってるの」

 アトレはリリアンの額を、指で弾いた。

 その一言にリリアンは救われた気がした。

 そして、アトレは言った。

 リリアンのおかげで、今の自分があると。

 虐められ続けて耐性がつき、自信が出てきた結果、こうして今旅に出ている。

 そのことについてはリリアンに救われたと言えるだろう。

 でも、リリアンは自分自身を許せなかった。

 今までアトレにしてきたことは許されないかもしれないけど、今はただ、彼女に最大限の感謝を伝えたかった。

「……本当に、本当にありがとう」

 これにて、エマニュエリ嬢毒殺未遂事件に幕が降りた。


「ところで君は、うんちが漏れそうなのかい?」

「違うわよ!」

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