【3−9】貴族の責務
リリアンは屋敷に刺客が出たとして、側近のクルーエに連れられ、物置へと避難していた。
「ち、ちょっと、暗殺者が出たってどういうこと? そそ、それにどにいるんだい?」
昼でも夜でも真っ暗な物置の中で、リリアンはビクビク怯えながらクルーエに聞いた。
今、一番頼れるのは彼しかいない。
「リリアン様、刺客は『ここ』にいます」
「だ、だから『屋敷』だろ。そんなのはわかってるよ。それが『屋敷』のどこにいるかを聞いているんだ」
「ですから、『物置』です」
クルーエはいつも通り冷静で丁寧に答えた。だが、いつもの彼とは違う。声には殺意が満ちていた。
「ま、まさか……暗殺者っていうのは……」
リリアンは思わず目を伏せて、クルーエを指差した。
「そうです、リリアン様。いや、『リリアン・シャリエール』」
低く憎々しい声でそう言ったクルーエは、胸元に隠していたナイフを取り出し、リリアンに向けた。
そして、ゆっくり圧をかけるようにリリアンに近づいてくる。
「オレはこの時をずっと待っていた。面倒なことがあったが奴らはもう来ない。大人しく死んでもらおうか、伯爵様よぉ」
「待って……来ないで……近づかないでぇ……」
恐怖のあまり声を震わせながら、リリアンは咄嗟に水魔法を詠唱した。即時的な拘束をするために水泡を生み出す。
だがそれをクルーエがあっさりナイフで切り裂いた。
そのままリリアンは後退りを続けたが、床にあった何かに躓いて転んでしまう。
その時、リリアンは全てを諦めた顔をしてこう言った。
「殺すなら早くしてくれ……。ボクは、早く、家族に、会いたい……」
それを聞いたクルーエは、般若のように顔を酷く歪め、ナイフをリリアンの顔の目の前に突き付けた。
「『早く死にたい』だと? お前ら貴族はいつも傲慢だ。自分勝手で、下民のオレらには目もくれない。金と権力に溺れた猛獣だ。そのせいで、オレの家族は苦しい思いをしてきた。」
「それはボクには関係ないだろ! 大体、君の出身はリヴィエールの漁師町だ。それとボクに何の関係があるんだ!」
「お前ら傲慢な貴族っていうのはいつも責任逃れをする。今だってそうだ。自分と関係ないからって命乞いをする。『ああ下民様、今までのことをお許しください。そして私を見逃してください』? 反吐が出る! 所詮、旧貴族も新貴族も中身は変わらない。そんなんだからオレの家族は苦しめられてきた! 金、土地、食料、全部お前ら貴族のものだ。そのせいでオレの人生は狂ったんだ!」
クルーエは酷く激昂している。
彼の出身はリヴィエールにある小さな漁師町だった。そこではかつて旧貴族、トルドー男爵家が統治していた。
だが、今は亡き先代の当主は圧政を敷き続け、民衆を苦しめていた。
その時代に生まれたクルーエは幼いうちから貧乏で暮らし、トルドー男爵の死後も貴族への恨みを抱き続けていた。
「冥土の土産に一つ教えてやろう。オレが、どうしてお前らシャリエールの下についたかを。理由は簡単。脆弱だからだよ」
「……ボクたちが脆弱? 何を言っているんだい」
「簡単に言ってやろう。新貴族なりたてのお前ら家族には些か人望がない。つまり守ってくれる親戚がいないってことだ。そこに付け込めば内側から壊して、乗っ取ることができる。その小さい脳みそで考えなかったか? 『伯爵さん』よぉ」
クルーエの言う事は理にかなっていた。
シャリエール家は平民から成り上がった新貴族のため味方が少ない。さらには皇帝の命により貴族間の婚約にはお許しが必要であった。
そのため、シャリエール家は人望はおろか、味方の名門貴族や旧貴族などいなかった。
「でも君は貴族の下について、あろう事かボク達を補佐した。本当は貴族に憧れがあるんだろう?」
「…………」
クルーエは何も言わず立ち尽くした。だが、リリアンへの牽制はやめない。
「時間だ。これ以上死人に話すことはない。高貴なる一族に終演の幕を下ろそうではないか!」
リリアンは固唾を飲み、目を閉じる。
クルーエの手は微かに震えている。
「やっぱりボクは……まだ生きたい……」
リリアンは遺言のように静かに涙を流しながら呟いた。
クルーエの手に力が入ったその瞬間——
「リリアン!!」
声と同時に物置の扉が開き、光が差し込んだ。
そこに立っていたのは、翡翠の瞳の少女——アトレであった。




