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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
第三章 久遠のライバル編
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【3−6】毒のように美味い食事と食べられない少女

 しばらくラスカはバルと雑談していると、ドアをノックする音が聞こえてきた。

「失礼します、お客様。ご夕食をご用意させていただきました。お客様方の安全のため、リリアン様専属メイド、ナディアが作らせていただきました。もちろん毒見は済んでおります」

 声の調子から、若い女性だとわかる。

 彼女はものすごく丁寧に説明してくれたが、ラスカは疑い続けていた。

 なんせ、あの「メスガキ伯爵」専属メイドということなので、毒見と言いながらまた何か盛っているのではないかと思っていた。

 ラスカがそれを拒もうとした時、バルはラスカを押し切り受け取りに行った。

「ご配慮ありがとうございます。ではこちらは有り難く受け取らせてもらいます」

 バルも負けじと、とんでもなく丁寧で優しい口調で言い、トレーに乗った料理を受け取った。

「何かありましたら私、ナディア・ノートンをお呼びください。リリアン様の命で、当分の間はお客様方に就かせていただくことになりました。では失礼いたします」

 黒髪を短く切った彼女は胸に手を当てて喋ると、深く一礼し、優しく扉を閉めて静かに帰っていった。

 なんともいい香ばしい匂いが部屋中に漂った。持って来てもらったのはコップ三杯の水と、焼きたてのパンが二つ。

 朝食みたいなメニューではあったが、見た目で怪しいものが入っていないとわかるものだった。

 これが彼女なりの配慮なのだろう。

「バルさん、何が入っているかもわからない食事を貰うなんて正気か?」

 ラスカは手を仰いで強く抗議した。

 しかし、それをバルは穏やかに受け流す。

「こちらの料理は絶対に安全なものでございます。これに毒は入ってはいません」

「……なんでそんなに言い切れるんだ?」

 ラスカは心底困ったという表情で言った。

「執事の勘です」

 バルは頑固だ。頑なに安全と言い張る。

 そこで、ラスカは痺れを切らし提案する。

「わかった。俺が毒見をする。それで大丈夫なら安全だと認める。俺、多少の毒には慣れているから安心してくれ」

 そう言って、二つのパンの端を千切り、口に入れた。


 ラスカは昔から貧乏だったので、よく食中毒になっていた。毒性の草やフグを食べて死にかけるなんてしょっちゅうある事だったので、毒に耐性ができてしまった。

 もはや毒見師として働けるレベルである。


「それじゃあいくぜ。……ウッ!」

 ラスカに電流が走った。パンに反応して舌が騒いでいる。

 これは……。

「何これうんまっ!! パンにバターを塗っただけなのに口に広がるのは、パン職人の汗と大自然で育った牛の匂い!! 程よい焼き加減がこれまたいいアクセントになってる!」

 目を磨かれたばかりの宝石の様に輝かせてはしゃいだ。毒のせいで頭でもおかしくなったのか、とバルは思ったのだろう。

「それで……毒の方は如何に」

「ああこれ毒入りだぞ」

 ラスカは深刻な声のトーンで言った。顔がどこか引き攣っている。

「本当でしたか……」

 バルは申し訳なさそうに頭を下げ、悲しい顔をした。

「ああごめんて! もちろん冗談だよっ。毒なんて入ってすらいない。うますぎて()()()()みたいなもんだけどな。あと水も大丈夫だったぞ」

 笑いながら嬉しそうに言った。

 この状況ではあまりにも笑えない冗談すぎる。

 その後、二人は雑談しながらパンを食べた。結局、祝勝会の食事はパン一切れというだいぶ縮小された会になってしまった。

 ラスカは寝る前、扉に簡易的な結界を張った。就寝中に刺客が侵入しないようにするためだ。

 そして、床に柔らかいマットを敷いて寝た。


——翌朝。

 窓に差し込む日差しで起きる、はずだった。

 どちらかといえば、一昨日と同じような状況で起きてしまった。

「お腹空いたぁー!」

 ラスカは目が覚めたアトレの我儘の声で起こされるのであった。


* * *


(あれ、知らない天井だ)

 眩しい朝日で目が覚めたアトレは静かに驚いた。

 最後の記憶では、楽しい? 食事会をしている最中だったはずだ。

 なのに、今いるのは知らない部屋に知らないベッド。

(そういえばあの時、急に寒気がしたんだっけ。お腹も痛いし、吐き気も目眩もしていたな)

 ふと思い出して、何があったのかを整理する。そして気付いた。自分は毒殺されかけていたことを。

 だが幸い、大きな後遺症はないようだ。今は軽く、クラクラする程度で済んでいる。

 とりあえず起きようと思い上半身を起こすが、思うように身体が動かない。

 そのうえ、腰がものすごく痛い。

(そう言えばコルセットをつけたままだわ)

 上半身を起こしたアトレは、腕を上にして思いっきり背筋を伸ばす。

「うーーんっ」

 伸びた腰の骨からポキポキ音が鳴る。相当固まっていたらしい。

 窓の外に目をやると、小鳥が木に止まってチュンチュン可愛らしく鳴いていた。

 アトレは窓を開けて、朝の爽やかな風を浴びた。アトレの寝癖のついた髪が風で乱れる。風の音は暑苦しいこの季節を和らげてくれる。

 だが、何かがおかしい。風の通るフワッとした音と感覚だけでなく、寝息が聞こえるではないか。

 アトレはゆっくり首を回し、恐る恐る右側を見た。

 なんということか、バルとラスカが床に寝ているのだ。

 このなんとも言えない状況に呆気に取られていると、朝風に気付いたのかバルが身体を起こして目を覚ました。

「おはよう、じいや」

 アトレの無垢で何気ない挨拶に、安心したバルの目元が潤む。

 窓辺に差し込む朝日で輝くアトレは、長年の眠りから目を覚ました傾国の美女の様な、優美な佇まいであった。

「おはようございます、お嬢様。お身体に不自由などございませんか」

 バルの一言は、どこか包み込むような、安堵のにじむ声色だった。

「大丈夫。みんなには迷惑をかけちゃったね」

 アトレは、いつも通りでいて、どこかいつもと違うバルに気付き、ゆっくり穏やかな口調でバルに返した。

「お嬢様、申し訳ございません。わたくしの不手際でお嬢様の身の危険に晒してしまい。どうかこの、バル・ミッテランに罰をお与えください」

 バルは後頭部が見えるほど頭を下げた。

「やめてよ、じいや。これは誰も悪くないのよ。私はあなたに罰を与える権利なんてないわ」

「それでは、わたくしがいたたまれてしまいません。どうかわたくしめに罰を……」

「わかったわ。それじゃ、これからもずっと一緒にいてくれる?」

 バルはパアッと顔を明るくして、深く頭を下げた。

「もちろんでございます」

 その瞬間、アトレのお腹が大きく鳴る。

 昨日の昼食は全て吐いたため、丸一日以上何も食べていなかった。おかげでお腹と背中がくっつきそうな感覚だった。

「……お腹空いた」

「ダメです」

 バルは即答した。


 理由はもちろん、毒が完全に治りきっていない身体に食べ物を消化させると、胃の負担にもなるし、症状が再発する可能性があるからだ。

 それでも、何か食べられそうなものがないかとアトレは周りを見渡す。

 すると、白い皿二枚と水の入ったコップが一つ、飲み干したコップが二つテーブルの上のトレーに乗っているのを見つけた。

「あーっ、私に黙って何か美味しいもの食べたでしょ。起こしてよ」

 アトレは唇を尖らせて、トレーを指差した。

「それでもダメです」

「……」

「……」

「お腹空いたぁー!」

 貴族らしからぬ我儘をついに言い始めた。

 アトレはなんとしても食料を手に入れたいがために喚き散らかした。

 その声で目が覚めたのか、ラスカが不機嫌そうに頭を掻いて起きた。

「朝からうっさいなー。病人は静かにしてろよ……」

「あら、貴族の病人に対しての最初の一言がそれでいいのかしら」

「……お前は旧貴族だろ」

 ラスカは見事に地雷を踏み抜いた。

「じいや、ショットガンを貸して。コイツには鉄分が足りていないみたい」

「お嬢様、口をお慎みください。公爵家の名が汚れてしまいます」

 バルがどうどうとアトレを慰めていると、ドアをノックする音が聞こえた。

「お客様おはようございます。ナディアでございます。朝食をご用意させてもらいました」

 ナディアという若い女性の声がドアの奥から聞こえたが、彼女は一向に入ってこない。

 アトレはその状況を疑問に思っていた。

 でも、ラスカがドアノブに触れると、部屋の空気の流れが良くなりナディアと呼ばれる女性が朝食を持って入ってきた。

「結界の解除ありがとうございます」

 アトレは彼女に見覚えがあった。これは昨日の風呂上がりのこと。化粧をしてもらっていた時に彼女がいた気がした。名前を教えてもらえなかったが、そこにいた誰よりも化粧が上手かったので覚えていた。

「あら、貴方はあの時化粧をしてくれた——」

「左様でございます。ナディアと申します。只今リリアン様の命でお客様方のお世話係をさせていただいております」

 ナディアは人形の様な無表情で、淡々と答える。

「では失礼致します。部屋の外で待機しておりますので何かありましたらお呼びください」

 そう言って何か嬉しそうに部屋を出た。

 彼女が出た後、アトレはトレーの上をベットから覗いた。そして数を数えた。

「一、二…………一、二。無い……。私の朝ごはんが無いわ……」

 アトレはこの世の終わりみたいな顔をする。どうやらアトレの最後の綱は朝食だったらしい。

「ダメです」

「あげないぞ」

 あまりにも早い二人の回答に、アトレは沈鬱してベッドの上で縮こまりながらぶつぶつ数字を数え始めた。

「二、三、五、七、十一……」

 そんなアトレを見て、二人は目を合わせ、哀れみつつも、思わず口元を緩めてしまうのだった。


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