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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
第三章 久遠のライバル編
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【3−5】フグ

 ラスカは真っ先に、早足で厨房に向かった。

 着慣れない礼服は些か動きづらいが、着替えてる暇なんぞありもしない。

 こうしている間にも、伯爵が証拠隠滅を図っているかもしれない。そう思うたびに、歩く速度が速くなる。

 だが、厨房の場所は知らない。

 そこで、そこら辺で掃除をしているメイドに聞いてから向かった。


 カーペットが敷かれた日当たりの良い廊下を歩いて、厨房へ辿り着く。

 さっきまでの食事会で作っていたであろう、香ばしい料理の匂いが漂っていた。匂いからして、出来立てなのだろうか。中止になってしまったのだから料理が無駄になってしまうだろう。

 中を除いたが、怪しい動きをしているものはいなかった。全員白衣を着てコック帽を被り、どこか迷惑そうな表情をしていた。

 この状況で堂々と証拠隠滅なんてできるはずがない。そう思って奥に進んだ。


 厨房の奥は配膳用の区画らしく、中央には大きな金属製のテーブルが置かれている

 その時、ガサガサと不自然な音が聞こえた。

 警戒しながら壁際に身を寄せ、そっと中を覗く。

(さあ正体を表せ。お前が犯人なんだろ、メスガキ伯爵)

 だが意外にも視界に映ったのは銀髪の少女ではなく、黒スーツの男だった。

「お前、そこで何してるんだ」

 ラスカはしゃがんで何かをしている男に、威圧的に呼びかけた。

 すると、男は立ち上がり、淡々と答える。

「伯爵様の命で、怪しいものがないか調べているのです」

 その男に、ラスカは見覚えがあった。

 さっきラスカ達を馬車で拉致した男であり、シャリエール伯爵の側近、クルーエであった。

「なんだ、メ……シャリエール伯爵の側近の人か。実は俺もそのことが気になって来たんだ。一緒に探していいか?」

 危うく不敬になりそうな事を抑えて、協力を仰いだ。

「……わかりました。本来部外者には関わってほしくないのですが、伯爵様にも関わる事ですので、今回は良しとしましょう」

 クルーエは冷たい口調で言うと、またしゃがんでガサガサし出した。

 ラスカも遅れを取らないようにゴミ箱を漁り出した。

 しかし出てくるものはただのゴミばかり。人参の剥かれた皮だとか、魚の頭ばっか。それでも探した。

 一応借り物なので、礼服の腕を捲ってはいたがほんの少しだけ汚れてしまった。

 そうしてありとあらゆるゴミ箱を、ラスカはクルーエと一緒に漁った。

 ラスカがあるゴミ箱を漁っている時、とある魚に目がついた。

「フグだ……」

 ラスカは握り潰されて血だらけのフグを尻尾から掴身、ゴミ箱から引き上げた。

(つまり、今日の料理のどこかにフグが仕込まれていたってわけか……そういえば、あの時、一瞬だけあのメスガキ伯爵がどこかに行ってたよな……)

 立ちながら潰れたフグと睨めっこしながら考えていると、クルーエが音もなくやってきた。

「フグですか……一体誰がこんなものを仕入れたのでしょうか」

 クルーエの言う「仕入れ」とは、彼の地元から頼んでロコモアに持ってきてもらう海産物のことだ。

 自由に仕入れを行えるのは、クルーエとリリアン、そして一部の料理人のみ。

 その内容をラスカは聞いて、疑いが確信に変わった。

「ありがとうな。俺の知りたいことは全部わかった。このフグはあんたに預ける」

 リリアンに対する抑えきれない怒りを滲ませた声でそう言い残すと、ラスカはその場を後にした。


* * *


 ポケットに手を入れながら足音を立てて、いつもより早く歩いた。思ったるいコツコツとした足音が廊下に響く。

(なんでアトレだけこんな目に遭わないといけないのか? ……ダメだ、感情に身を任せちゃいけない。一回、落ち着こう)

 ラスカは歩きながら深呼吸をした。

 そのおかげで少し気持ちが落ち着いて、いつの間にか歩く速度も元に戻っていた。

「フグ……さっきの従者が言うには取り寄せるには権限がいるらしい。そうなるとその最高権力者はあのメスガキ伯爵になるな。そうすれば全ての辻褄が合うな……」

 ブツブツ呟きながら顎元に親指を当ててゆっくり歩いている。思考の世界に入っているラスカは完全に上の空で、前を見て歩いていなかった。

 次の角は右くらいしか頭に入っていない。

 そして次の角を右に曲がった瞬間、何か小さいものにぶつかった。

「ふぎゅっ! いてて……あっ! ご、ごめんなさい……」

 ぶつかったのは、フードを深く被った小柄な少女だった。

 彼女は床に倒れ、腰をさすりながらオドオドと謝っている。

 顔は見えないが、どこかで聞いた声をか弱くして喋っているみたいだ。

「大丈夫か? 俺こそすまなかったな。不注意で前を見ていなかった」

 ラスカは手を差し出す。

 真っ白な手がラスカに触れそうな時、ふと少女は顔を見上げた。

 だが、ラスカを見るや否や急に自分で立ち上がり、フードを押さえ俯いたまま消えるように走り去ってしまった。

 恋に落ちて恥ずかしがっているような逃げ方ではない。

 むしろ、はっきりとラスカを拒んでいるような走り方だった。

(何か、悪いことでもしたかな?)

 それでも、今は彼女を追いかけることより、部屋に戻ってアトレの容態を知りたかった。

 そう判断して、再び歩き出した。

(さっきの声……どっかで聞いたことあるんだよなぁ。顔を見ればわかる気がするけど見えなかったし。まいっか)


 来た道をそのまま戻って、アトレが寝ている部屋に着いた。

 ラスカはそのままドアノブに手をかけた。しかし、そのまま開けるのをやめて小さくノックした。

「バルさん、俺だ。戻ってきたぞ」

 中から返事がない。

 もう一回ノックして、扉越しに声をかけた。それでも返事がなかったので、恐る恐る戸を開けた。

 窓越しに差す暖かな陽気、開いた窓から白いカーテンが風でたなびく。その下で、アトレが小さくて可愛い寝息をスゥスゥ立てながら静かに瞼を閉じて寝ている。

 その姿は、まるで白雪姫のようだった。

 その横では、椅子に座ったままアトレの手を握り、バルが覆い被さるようにして眠っていた。

 あまりに平和な光景に、ラスカは大きく息を吐いて安堵した。

(アトレの呼吸が落ち着いている。良かった。ひとまず毒が抜けたみたいだ)

 ドアを閉めて室内にある椅子に一息ついてもたれた。

 古めの木の椅子が、ギシリと小さく軋んだ。

 近くのテーブルで頬杖をし、平和な二人を眺めた。

 暖かい日差しで思わず欠伸が出る。よくよく考えると、午前中は竜と戦っていたことを失念していた。

 きっと、バルも疲れていて寝てしまったのだろう。

 いつもしっかりしていて、堅実な彼の意外な一面を見て思わず口元が緩む。

(腹……減ったな……)

 ぐうっとお腹が鳴って、ラスカは思い出す。

 あんなに動いたのに今日の昼食は、よくわからない四角く盛り付けられた四角い前菜と、コーンスープだけなことを。


* * *


 ラスカが気づいた時には外が暗くなっていた。さっきまで暖かかった日差しはなく、冷たい風が窓から白いカーテンを揺らして吹き抜いてくる。

 ラスカは、疲労と暖かい日差しのせいでいつの間にか寝てしまっていた。

 あまりにも寒いので、眠い瞼を擦りながら窓を閉める。

 すると、その物音でバルが起きた。

「おはよう、バルさん」

 優しい口調でバルに挨拶をした。その流れで部屋に灯りを付けた。

「おはようございます。おや、わたくしはいつから寝てしまったのでしょう」

 寝起きにも関わらず、背筋をピンと伸ばして座っていたバルは彼らしいと言えば彼らしかった。しかも声が全然寝起きっぽくなかった。

 これが優秀な執事と言うものなのだろう。

「昼頃から寝ていたぞ。あと、気になったのだがいつからアトレの体調が良くなったんだ?」

「それは……」

 珍しくバルが言葉に詰まっていた。きっとあまり触れてほしくないのだろう。

 だが少し間を置いてバルが口を開いた。

「小さなお客様が、『魔法』をかけてくれました」

 穏やかな笑みを浮かべ、どこか嬉しそうにバルはそう言った。

「……?」

 疑問でラスカの脳みそが詰まりそうだったが、なんとか処理して精霊か女神が治してくれたものと思うことにした。


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