【3-2】シャリエール家のメイドは忙しい
アトレたちは、それぞれ別々の部屋に連れて行かれた。
中でもアトレだけは特別扱いだった。真っ先に風呂場に案内され、入浴を指示された。
別にアトレが小汚いわけではない。ただ、先に風呂に入ってもらった方が今後の作業が楽になるというだけらしいのだ。
アトレは素直に服を脱ぎ、浴場に足を踏み入れる。
うちの風呂場と比べると少し小さいのだろうか。はたまた客人用なのだろうか。真っ白な大理石の床に、大きめの湯船とシャワーが数台並んでいる。
そのうちの適当なところに腰を下ろし、お湯を掛けて体を洗い始めた。
お湯がヒリヒリする。さっきまでの竜との戦いのせいか、傷口に染みる。
(アークさんに治してもらったはずなのに。こんな可愛い女の子の身体に傷をつけるなんて、やっぱり許さないから)
なんて考えていると、いつの間にか髪と体を洗い終わっていた。
ささっと湯船に行き、肩まで浸かった。
なんという適温だ。疲れ切った身体にはちょうど良すぎる湯加減で、今まで隠れていた疲労が顔を出してきた。
(あぁ〜気持ちいぃ〜。このまま眠ってたいな……)
だが、そんな至福の時間はすぐに終わりを迎える。
湯船に浸かって一分もしない頃、リリアンのところのメイドさんが服をきたまま浴室に入ってきた。
すると、そのまま目を瞑り眠りかけているアトレを、湯船から引き摺り出した。
「待ってぇ〜まだ浸かってたい〜!」
「申し訳ございません、お客様。次の作業がありますのでお早めにお着替えください」
そうして背中を引きずられながら、裸のアトレは浴場の外に連れ出された。
その後、サクッと着替えて別の部屋に向かった。まだ髪の毛は濡れているが、後で乾かしてくれるらしい。
背中が濡れるのは気持ち悪いので、長い髪を頭の上に団子にしてまとめた。
メイドに連れられて入った部屋は、かなり広い。
中には先ほどのメイドに加え、さらに二人が待機していた。
その奥には、沢山のドレスがハンガーに掛けられている。
色とりどりだが、サイズはほぼ同じ。客人用というより、リリアンの私物に近いものだった。
ドレスを選ぶよう促され、アトレは一つ一つ眺めていく。
どれもズボン物ばかりだ。スカートは少ない。
(なんというか、とてもじゃないけどあの子の物とは思えないな。でも、結構可愛らしいの持っているじゃない)
悩んだ末、深い青のドレスにした。
「じゃあ、これで……」
指で青いドレスを指した。すると、メイドたちが一斉にアトレの服を脱がし出した。
「待って待って待って!! 自分でやりますから!」
「いけません!お客様の手を煩わせるわけにはいけませんから!」
アトレを連れてきたメイドは、着ていた服を別のメイドに放り投げた。
アトレの風呂が長かったことにご立腹なのだろうか。
(さっきお風呂に入る時は何も手伝わなかったくせに)
完全に下着姿になったアトレに、すかさずコルセットが当てられた。
しばらく付けていなかったせいで息苦しい。何度も深く息を吐きながら耐え、固定が終わると、今度はドレッサーに座らせられて化粧が始まった。
急いでいるのか化粧水を雑にふっかけられ、簡単に下地とファンデーション、アイシャドウが施されていく。最後にチークと口紅を塗ったら完成だ。
ナチュラルで上品なメイクになった。
仕上がりを見て、アトレは思わず目を見開いた。
このメイドたちの化粧の技術が高すぎるのだ。もしかしたら、うちのメイドやお世話係より上手いかもしれない。
それも、この短時間でアトレに合ったメイクを完璧に仕上げている。
そんなふうに出来の良さに惚れていると、今度はドレスを着る時間だ。
髪の毛は化粧をしているときに乾かしてくれた。なんか前よりもサラサラしたかもしれない。長くて銀色に近い水色の髪が輝く。
ドレスを着せられて、サイズをちょうどよく調整してもらった。
意外にも大きなサイズの変更はない。きっと、小柄なリリアンが大きくなった時のためかな。立って全身を見てみると、かなり煌びやかな印象だ。
「お客様、お食事をご用意させていただいております。会場までご案内いたします」
そう言われて後ろから歩いて着いて行った。
「他の二人は何しているの?」
「お客様と同じようにお召し物をお選びになっていますよ。リリアン様がお友達をお連れになるなんて珍しいですから、ちょっとハメを外しているかもしれません」
メイドさんは歩きながら振り返ることなく、困ったようにほんのり苦笑していた。リリアンが友人を屋敷に招くことは滅多にないようだ。
アトレ自身も、あまり家に友達を招くタイプではない。だから、リリアンはもっと招待しているものだと思っていた。
友達が少ないか、家が学校から遠いのかの二択だが、おそらく後者の方であろう。
(友達か……)
ぼんやり考えていると、会場に着いた。
「お入りください。他のお客様がお待ちです」
ゴクリと固唾を飲み込み、ドアを開ける。
中はかなり広く、日当たりも良い。優雅な朝食を過ごせそうだ。
白いテーブルクロスを引かれたロングテーブルの上には、飲み物が入ったワイングラスが並んでいる。
沢山の椅子に、机の奥には、いわゆる「お誕生日席」に立派な椅子。きっとリリアン専用席なのだろう。
辺りを見渡すと、いつもの黒いスーツを着たバルと、着慣れない礼服を着たラスカが話していた。
「おっ、アトレ! こっちだ!」
ラスカは手を振ってアトレにアピールした。そこに向かってアトレは歩いた。
ドレスを着ると何故か身体に力が入る。サロンに来たみたいだ。自然と貴族らしい威厳のある優雅な歩きになってしまう。
近づくと、アトレはラスカの礼服をじっと見つめた。
「ふふっ、似合ってないね」
「戻ってきて第一声がそれかよ……」
「そこ、ボタンがズレてる。あとここも。あっ、そこはめくっちゃいけないよ」
ラスカの着慣れない礼服に目が移る。直したいところだらけだ。
「おっ、おう……これでいいのか?」
「完璧」
手でグッドマークを作って見せた。
ラスカの次はバルだ。だが直すところがない。完璧だ。流石、旧公爵家の執事である。
でも気になるのは、バルのスーツがいつもと変わっていないことだった。
「ねえ、じいやのそのスーツは、着替えてないの?」
「いえ、これは予備です。こんなこともあろうかと、いつも常備しております。予備の予備の予備の予備まで持っておりますぞ」
スーツの胸元の生地を軽く摘んでアピールした。
そんなやりとりをしていると、ドアがドンと音を立てて、一人の少女が入ってきた。
それはリリアンだった。
先ほどと同じ服装のまま、大きな声で宣言する。
「さあ諸君。ボクの食事会へようこそ! 少ない人数だがぜひ楽しんでくれ!」
そう言った直後、真っ先にアトレを見て声を落とした。
「まさか君がそれを着るとはね……」
小さく呟いたその言葉に、気付いた者はいなかった。




