【3−1】因縁の相手は招待したい
馬の蹄鉄が地面をカタカタ蹴る音、ゴロゴロと車輪が地面を転がる。
ロコモア市内に戻る途中、なぜかアトレとバル、そしてラスカは馬車に乗っていた。
自分たちで乗った訳ではない。どちらかといえば乗せられたと言うべきだろう。
でも、そこにはアークと情報屋の二人の姿は無い。
遡ること数分前。
六人でワイワイ話しながら街に戻っていた時のことだ。
いきなり二頭の馬が引っ張っている馬車が彼らの前に現れた。
中から降りてきたのは、スーツ姿で而立ほどの年齢の紺髪の男性。
バルと同じく、どこかの旧貴族に仕える執事なのだろう。
だけど、男は説明もなくアトレとバル、ラスカの三人を無理やり馬車に押し込んだ。
頑張れば八人くらい乗れそうな馬車だったが、他の三人は乗っていない。
情報屋の二人は、馬車を見るたびそそくさとどこかに消えてしまった。何か顔を知られたくない理由があるのだろうか。
アークはというと、乗せられそうにはなったが「この後研究があるので」と言い残し、颯爽と逃げていった。
アトレが逃げようと思った頃には、すでに馬車の扉が閉まっており、ゆっくりと動き始めていた。
「私たちを、どこへ連れて行くつもりなの!」
後ろの席に座らされたアトレが、御者台に座るスーツの男に訊いた。
男は振り返りもせず、ただ一言、背中で答えた。
「シャリエール伯爵様があなた方をお待ちです」
その言葉を聞いたアトレはやっぱり逃げたくなった。
シャリエール伯爵とアトレは深い因縁があった。公爵と伯爵の因縁という訳ではなく、個人間の謂れだ。
アトレが、「出して! といくら言ってもスーツの男は沈黙を貫く。
送迎の仕事が面倒なのか、それとも客人に興味が無いのか。それでも馬車は進む。
ラスカは「なんでそんなに出たいんだ?」と尋ねたが、アトレは言葉を濁すだけだった。
どうやら、この件はバルにも知られたくないらしい。
そうこうしていると街に入り、一際目立つ大きな石造りの宮殿に入っていった。
庭先で降ろされ、男に先導されるまま、レッドカーペットの敷かれた廊下を進む。
その先にあった大きな扉の前で、男は立ち止まった。
「この先で伯爵様がお待ちです。くれぐれも、無礼の無いように」
それだけ告げると、男は扉を開けた。
中もまた、レッドカーペットが敷かれていて、その先には少しだけ高くなった間に玉座が一つ。
玉座の上には、足を組み、肘をついた銀髪ショートの少女が堂々と座っていた。
「さあ、入りたまえ」
威圧感に満ちた声で、三人を招く。
「お招き、ありがとうございます」
アトレはカーテシーをしてゆっくり玉座の少女へ近づく。ある程度のところまでくると、アトレとバルは同時に跪く。
ラスカは呑気に歩いていたが、二人が跪くのを見ると急いで自分も同じようにした。
空気が明らかに重くなる。
「君たちが、竜を討伐してくれたんだね。ボクから謝辞を述べよう」
「ありがたき幸せでございます、伯爵様」
アトレは伏せたまま言った。
少し間を置き、銀髪の少女が口を開く。
「ちょっと席を外してくれないか、クルーエ」
クルーエと呼ばれた男は一礼し、扉を閉めて退室した。
その隙に、ラスカはアトレに小声で尋ねる。
「なあ、なんで俺たちはこいつにお辞儀なんてしてるんだ? お前のほうが身分は上だろ? この間教えてくれたじゃん。公爵は王族に次いで尊いって」
「それは……彼女が新貴族だから。私みたいな旧貴族と違って、正真正銘の貴族なの」
新貴族、その多くは、元は平民だった。
革命以前の貴族は旧貴族と呼ばれ、革命後の時の皇帝によって新たに貴族制が復活した。
それは、ある一定の活躍をした者に爵位が与えられる制度だ。
シャリエール家も、革命時の活躍によって平民から貴族となった家である。
その小声の会話を、伯爵は聞き逃さなかった。
少女は玉座を降り、ゆっくり段を下りて三人の前へ歩み寄る。
座っていてわからなかったウルフカットの長い後ろ髪が、歩くたびに揺れた。
そして、三人の前に立つと、両手を腰に当てて自己紹介をする。
「そう。ボクは新貴族、リリアン・シャリエールだ!」
明るく軽快な声が、この場を柔和な雰囲気に一変させた。さっきまでの威圧感はどこにいったのやら。
だが、アトレは気付いていた。笑顔で話すリリアンの目が、笑っていないことに。
まあ、彼女にも彼女なりの理由があるのだろう。
なんせ、新貴族にはさまざまな賛否がつきまとう。こんな時、旧貴族で良かった。
そんなことを思っていると、早速、リリアンはアトレに話しかけてきた。
本当は無視したいところだが、貴族の御前でそんなことは無礼に決まってる。なので、渋々会話をするしかなかった。
「やぁアトレ。君が退学したことは知っているよ。心中お察しするよ」
リリアンはどこか嘲笑うかのような口調で言った。。
「まさか、久しぶりの再会が竜討伐の謝礼になるとは。ボクも思いもしなかったよ」
「そうね」
アトレは素っ気ない返事をして、早く話を終わらせようとする。
「それで、君の隣にいる少年は誰だい? 学校で見たことない顔だ」
「俺は、ラスカ・ファビウス。アトレの旅の仲間だ。よろしくな」
こういう時に限って能天気なラスカは、突然立ち上がり、手を差し出して握手を求めた。
だが、リリアンはそれを即座に拒否する。
「図が高いぞ君!」
腕を組んで蔑みの目を向けた。
本当は見下してやりたいのだろうけど、小柄なリリアンと長身のラスカでは到底無理な話だ。些か身長差がありすぎる。
しかもこの状況を他の人から見ると、頑張って背伸びをして、彼氏に上目遣いをしている彼女にしか見えない。
それを想像して、アトレは少しだけ可笑しく思えた。
「まあいい。ボクとアトレの関係だ。今回は許してやろう」
諦めたのかどうかわからないが、意外にもあっさりと許した。それに対し、ラスカは「うっす」とだけ返している。
「…………どんな関係よ」
アトレが小声で呟いた。
「何か言ったかい?」
威圧的な声だった。
「はぁ……もう帰っていい? 飽きたんだけど」
アトレはこれまでに無いくらい気だるげに言うと、そそくさと帰ろうとした。
「ま、待ってくれ! 君たちには祝勝会として食事を用意している! ぜひ食べて行ってほしいんだ」
それを聞いた途端、アトレの足が止まった。なんせ、ついさっきまで熾烈な戦闘をしていたのだから、腹が減ってしょうがない。
「……ちょっとだけね」
背中で答えたアトレだったが本心は嬉しかった。
久しぶりのちゃんとした料理。正直、リリアンと食べるのは嫌だが、バルとラスカがいれば大丈夫だろうと思っていた。
その後ろでリリアンが「やった!」と、小声で嬉しそうに呟いていたが、誰も気付かない。そのほうがいいだろうけど。
やがて、リリアンがパチンと指を鳴らすと、正面の扉から五人ほどのメイドが現れた。
彼女らはアトレたちを捕まえると、颯爽とどこかへ向かっていく。
「まずは、着替えてきてから来てもらいたいものだね」
リリアンは、ふんすと鼻を鳴らした。




