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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
最終章 幕開け編
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【最終話】私の新しい人生

 アトレの旅から五年後、彼女は今、自宅の執務室で癇癪を起こしかけていた。


「あーもう! お姉ちゃんから擦りつけられた仕事が全っ然終わんないんだけど!」


 ペンを左から右に走らせ紙に目を通しサインをしたり、魔法の研究で必要な経費を計算したりとアトレは大忙しであった。

 アトレが死に物狂いで仕事をしていると、執務室の扉が開いて大量の書類を積み重ねて持ったラスカが入ってきた。


「アトレー、またモンカルムからお前と師匠宛のやつが届いたんだけど……」

「そこらへんに置いといて! お姉ちゃんのは後で押し付けるから!」

「それでいいのかよ……」


 そう言ってラスカは言われた通りにその辺の床に積み重ねた。

 かくいうアトレがなぜこんなにも忙しいのか。

 それは約一年ほど前の話になる。

 いろいろあって結婚したルミネが妊娠をし、産休を取りたいと宮廷に申し付けたのだが、宮廷魔法使いは一人しかいないため仕事が滞ってしまう。そこで彼ら宮廷側が目をつけたのがルミネの実の妹である<翠煌の魔女>のアトレであった。

 ルミネの正体を知っていてかつ、それなりの魔法の知識がある人がアトレしかいなくて、急遽代理の宮廷魔法使いになったのだ。

 そこまでは良かったのだがアトレの仕事処理能力が高く、<影月の魔導師>の弟子だったり戦闘能力が人並み以上に高かったこともあってか、つい一ヶ月前に晴れて本物の宮廷魔法使いになってしまった。

 そうなると当然、宮廷魔法使いのアトレにも仕事が舞い込む。

 だからこうして二人分の仕事を請け負ってこなしていたのだ。


「はぁ……もうだめ……疲れた……何か美味しいものが食べたいわ……」

「あと少しでみんな来るんだから我慢しろよ」


 机に突っ伏してアトレは項垂れる。

 ラスカが慰めようとアトレのために紅茶を淹れようとしたその時、執務室の扉が開いてレイニーというナディアと同じくらいの年齢の黒髪のメイドが入ってきた。


「アトレお嬢様! えっと……お客様がお見えになっています」

「テキトーに追い返しといて。それと、私はもう『アトレお嬢様』じゃないわ」

「そ、そうでした! えっと、ごめんなさい、アトレ様……」


 レイニーは深く頭を下げて謝った。

 実は彼女は母のカルミアに仕えていたが、今はアトレを当主にさせた父母が仲良く旅に出ていていないので、アトレ専属のメイドをしているのだが、どうもお嬢様時代のアトレが頭から抜けないらしい。

 アトレが昔引きこもっていた時に来てくれたのも大体彼女だったから尚更だろう。


「気にしないで」

「ありがとうございます! ですが、そのお客様なんですけど私には追い返せなくて……」

「追い返せないってどういうことだ?」

「実はその……」


 レイニーが口ごもっていると、執務室の外から安心できるおっとりとした声が聞こえてきた。


「アト〜、どこにいるのー?」

「多分執務室じゃないかな。僕の勘がそう言ってるんだ」


 ついでに聞きたくない声まで。

 そしてアトレの執務室に赤ん坊を抱いた、水色の髪と金色の目の女性が入ってきた。

 彼女を見てアトレは椅子を立って、嬉しそうに目の色を変えて犬のように喜んだ。


「お姉ちゃん!」

「ふふっ、久しぶりね。アトレ!」


 普段だったら笑顔で抱きついてくるルミネだが、今日は胸に赤ん坊を抱いているのでアトレに飛びつかず笑顔で返した。

 そんなルミネの横からひょこっと、今度は金髪蒼眼の眩しいイケメンが顔を出した。


「アトレちゃん! やっぱり君は成人しても可愛いじゃないか!」

「そうよ〜。だってわたしの自慢の妹なんだもの!」


 ルミネはその男性と目を合わせて嬉しそうに笑う。

 何を隠そう、ルミネの夫はどこぞの変態王子様であるルイなのだ。

 いろいろあってくっついたらしく、皇族の顔を知らないルミネとアトレにお兄様と呼ばれたいルイは普通に両想いになって結婚をしたのだった。

 ちなみにルイはルミネに迷惑をかけたくないために、皇族の地位を降りて今は一般人といて暮らしているみたいなのだ。

 しかし、子持ちの旦那が他の女に惚れていいモノなのか。しかもそれを容認する妻とは……


「アト、見て! わたしたちの子供よ。男の子なの!」

「可愛いー! ねえ、名前は何ていうのかしら!」

「ふふっ、まだ決まってないの。ねえルイ、アトに決めてもらうのはどうかしら」

「僕は賛成だよ! いつかこの子が大きくなったら、あのアトレちゃんに名前をつけてもらったって言ったら喜ぶに違いない!」


 この二人、どう見てもアトレへの愛が大きすぎる気がするが二人がいいのなら良しとするしかないみたいだ。

 本当はアトレもすぐに決めてあげたいが、あいにく今日は別の用事が入っていた。

 だから手を合わせてルミネに謝った。


「ごめん! お姉ちゃん! 実はこの後ラビナたちが来てここに泊まるの。だから明日でもいいかしら?」

「もちろん! お泊まり会なんて久しぶりね〜。わたしたちはわたしの部屋で寝るから気にしないで〜」

「うん。ありがとうお姉ちゃん。じゃあまたね」


 ルミネと話していて意外と時間が経っていたことに気付いたアトレは、彼女らに手を振りながらラスカとレイニーと共に執務室を後にした。



* * *



 生垣や花壇、噴水があるアトレの庭園に白い大きなテーブルが置かれている。

 そのテーブルに被せるための真っ白なテーブルクロスをアトレとラスカは二人で敷いていた。

 ちなみにレイニーにはお茶を作ったりしてもらっている。


「こんな大きなテーブルなんてこの家にあったのね」

「使ったことなかったのか?」

「まあね。貴族時代ならあるかもだけど、今は旧貴族だから。それに私はあまり友達もいなかったから使う機会がなかったのよ」


 二人で他愛のない会話をしていたその時、遙か上空から明るい元気な声が二つ聞こえてきた。


「アトレちゃーん!」

「アトレお姉ちゃーん!」


 アトレが上を見る間も無く、二人は急降下してアトレの目の前に降りてきた。

 一人は私服、もう一人はフランクール法学校の制服を着ている。


「ラビナ! それにアミュも?!」


 ずっと栗毛のショートボブのラビナは乗ってきた長い杖から降りると、すぐさまアトレに走り寄って抱きついた。

 いくつになっても彼女からは甘いいい香りがする。


「アトレちゃん! 二日ぶりだね!」

「もうラビナったら……たった二日でしょ?」

「わたしにとっては二日ってすっごく長いんだよ! それに今日は早退してきたから一番乗り!」

「とか言ってラビナちゃん早すぎるんだもん! わざわざ中等部の教室まで迎えにきて、すぐに家に帰って着替えるとか言ってね。アミュはまだ制服なのに……」

「制服も可愛くていいじゃん。二度と着れないんだよ?」

「むう〜……。アトレお姉ちゃんに抱きついてるから説得力ないのに、すごく、ものすごくアミュに刺さった……」


 髪を伸ばしたギャルいアミュは口を尖らせて呟いた。

 現在、アミュはフランクール法学校の中等部一年で、ラビナはその学校の高等科の魔法の先生をしている。

 だからこうして二人で来た訳なのだろうが、アミュはラビナに振り回されていたみたい。

 ラビナはアトレから離れると自慢げに左耳のピアスを見せた。


「アトレちゃん見て! わたし、アトレちゃんと同じピアスを買ったんだよ!」

「すごくラビナに似合ってるわよ。私とお揃い、だね」

「うん! ずっとアトレちゃんと一緒だよ!」


 ラビナが左耳のピアスしか見せていないことにアトレは気付いていた。

 彼女のことだから大方右のピアスはすぐに無くしてしまったのだろう。

 でも本当の理由はもっと深いとこにあることにアトレが気付くことはなかった。

 それは、ラビナは小さい時からずっとアトレが好きだったということ。


「そういえば他のみんなはいつ来るんだ? トスカも来るんだろ?」


 ラスカはテーブルを拭きながらアトレに尋ねた。


「そうよ。あっ、噂をすれば」


 アトレの視線の先にはトスカとリリアン、そしてメイド服のナディアが腕に白猫を抱えてこっちに向かって歩いてきていた。

 そのうちのトスカとリリアンに関しては仲良く手を繋いで歩いてきていた。


「よっ、アトレ」

「来たわねバカップル、それになんであなたはそんなにももじもじしてんのよ」

「だ、だって付き合ってからこういうのに参加するのは初めてだからさ……」


 リリアンは恥ずかしそうに頬を赤らめ呟く。

 どうやらこの二人、学生時代から付き合っていたのだとか。

 トスカが誰かと付き合ったりするのは別にいいが、リリアンに先を越されるのはなんだか悔しい。

 しかし、これはいいネタができたとアトレは怪しい笑みをこぼす。


「何だよその含み笑いは! ボクがなにかしたか?」

「別に。ただ、後で覚えておきなさいよ」

「ナ、ナディア〜……その時は助けてくれよぉ……」


 話を振られたナディアは初めて出す甘い表情で猫を撫でながら一言。


「彼氏様に助けてもらっては?」


 その彼氏は話から逃げるように目を逸らす。

 かく言う彼も、アトレには頭が上がらない人物の一人なのであった。

 しかし、ここで引くには行かないリリアンは苦し紛れにアトレにラスカのことを聞いた。


「あのさ、君のこそラスカとの関係はどうなんだよ」

「私? ラスカはまだ、婚約者候補だから。それに今は主従関係があるのよ。ねっ」


 アトレは笑顔でラスカの腕に絡むように掴む。

 何か言おうとラスカが口を開きかけたその時、アミュが痛そうに声を上げて叫んだ。


「痛い痛い! 耳取れちゃうー!」


 何事かと思いアミュの方を向くと、そこにはいつの間にか来ていたリトナードが眉間にシワを寄せてアミュの耳を引っ張って怒っていたのだ。


「アミュ! こっちに来るって約束したのに、どうして三ヶ月もほっぽいたのよ!」

「ごめんさいお師匠さま〜! 学校の準備で忙しかったの〜!」


 半分涙目のアミュが謝りながら必死に弁明すると、リトナードは耳を引っ張るのをやめた。

 そしてリトナードは乱れた自身の髪を流して戻してから、感傷に浸ったような口調で話し始める。


「学校ね……ワタシ、家庭教師だったからわかんないのよ。そんなに忙しいの?」

「忙しいったらありゃしない。制服の採寸をしたり友達作ったり、授業もついていけないから勉強も大変なんだよ」


 アトレは二人の会話を聞いてうんうんと懐かしそうに頷く。

 フランクール法学校は名門中の名門だったから勉強も普通に難しいし、中等部となれば貴族並みの礼儀作法がないとやっていけない。

 森生まれ森育ちの魔族だったアミュには厳しいところがあるだろう。 


「ふーん。学校、楽しい? 友達はできた?」


 リトナードの問いにアミュは言葉を詰まらせる。

 そしてボソッと恥ずかしそうに呟いた。


「ラ、ラビナちゃんを除いてひとり……」


 アミュはすごく友達がいそうな雰囲気の少女に育ったが、実は学校で臆病な性格を特段に発揮したらしくまだ友達が一人しかできてないんだとか。

 ギャルいコミュ症魔族ちゃんの完成である。

 そんなアミュを気遣って、リトナードは自分の名前を出すよう提案した。

 だけどアミュはそれに乗り気ではなさそうだ。


「だってお師匠さまの名前を出したら期待されたり、逆に怖がられちゃうでしょ……ただでさえ、エマニュエリの名前があるのに」

「確かに……それは大変だわね。お貴族様の養子になるって大変ね」

「二人とも、私の姓がエマニュエリで悪かったわね」


 アトレは手が出そうなところをグッと抑え、威圧感に満ちた声で言った。

 事実、アトレの妹になったアミュはすくすくと成長したが、それと同時にラビナのような元気さと持ち前の臆病さまで成長してこんな不思議な子になってしまったのだ。

 ただ、その友達がクレスタの妹だったらしく何とか話すことができたみたい。


「お待たせー、ラビナー」

「お久しぶりですアトレ様、それにナディア様ぁまで!」


 予定調和のように今度はフランリーナの二人がやってきた。

 金髪をポニーテールにしてまとめたフランソワーズは四角い白い箱を、未だにナディアと同じショートカットの赤髪のアデリーナは長い杖を持ってきていた。


「フランソワーズ、その箱は?」


 アトレが箱を指さして尋ねると、彼女は丁寧に箱を開けて中から綺麗なショートケーキを取り出した。


「ふふん。これはわたしが作ってきたケーキ! こっちに来る時リトナードさんに会ったから急遽アデリーナに追加分を持ってきてもらったんだ」

「わざわざワタシのためにありがとね」


 そう言えばフランソワーズはロコモアでパティシエになったんだとか。それにアデリーナが上級魔法使いの<廻炎の魔女>だから取りに行かせたみたい。


「そう! それであたしはこの新しい杖でかっ飛ばしてきたのよ!」


 アデリーナが自慢げに言い放つと、彼女は目にも止まらぬ早さでアトレに駆け寄った。

 そして自慢の杖をある部分を指さして子犬のように尻尾を振ってアトレを待った。

 アトレはそのある部分を声に出して読んだ。


「作、ユリイカ・セントレイ……この杖、ユリイカさんが作ったの?」

「うん!」

「アデリーナったら、新しい杖を作る時、一緒がいいからってわざわざアトレの剣を作った人に頼んだのよ」


 その時、ラスカが苦い顔をして何か思い出したらしく肩を落とした。

 そして呆れたような感じで話す。


「お前だったのかよ……そのせいで姉ちゃんに散々愚痴を聞かされたわ。やれ石がないだの、やれお金がないだの」

「お金に関してはユリイカさんにたんまり渡したわ」

「それが問題なんだよ。あそこは金じゃなくて素材が物を言う場所だから、ベルソンまで行かないと意味をなさないんだ。おかげでバルさんと買い出しに行く手間まで増えた……」


 聞くだけでユリイカの苦労が伺える。

 あそこは鉄道が通ったとはいえ、あまり栄えているような場所ではない。

 だってアトレに石を報酬に剣の鍛造費を無償にしてくれるくらい、お金は意味をなさない場所なのである。

 おそらく、ツルハシをあげた方が喜ぶくらいだ。

 それに意外だったのは執事を辞めたバルが、プラトーのところにいたとは。


(今度じいやにも会いに行こうかしら)


「ほら、アデリーナ。ちゃんとラスカくんに謝って」

「……ごめんなさい」


 フランソワーズに無理矢理頭を下げられて、アデリーナは渋々申し訳なさそうに謝る。

 ラスカの方は逆に申し訳なさそうにしていた。

 それにしてもこのフランリーナ、昔から思っていたがアトレとラビナとはまた違った仲の良さをしている。

 何だか学生時代に戻ったみたいだ。

 アトレが仲睦まじく微笑んで見ていたその時、トスカが手を叩いて皆の注目を集めた。


「さて、全員集まったってことだし、早速アトレの就任祝いのパーティーを始めるぞ!」

「じいやとリュカが来れなかったのは残念だったわね」

「バルさんは時間がなく、リュカはいま国外のスケート大会でアトレの巫女の人のコーチだからな。しょうがないぜ」


 アトレはラスカと軽く談笑しながらレイニーが持ってきた飲み物を手に取った。

 同じように全員が手に取ると、ラビナが音頭を取った。


「みんな行くよー? かんぱーい!」

「乾杯!」


 各々グラスを上に上げてから口をつける。

 だけど何か物足りない。

 味ではない何かだ。

 それはラビナも気付いていたみたいだ。


「何かもっと欲しいなぁ……そうだアトレちゃん! あれやってよ!」

「あれ?」

「そう、あれだよ!」


 ラビナに言われてアトレはポンと手を叩く。

 それはアトレの魔法の原点であり、一番好きな魔法だ。

 コップをテーブルに置いてからアトレは手のひらを下に向けて腕を前に出す。

 手のひらから徐々に金色の立派な杖が現れ、アトレは握った。


「アトレ、あれやるんだね」

「そうよ」


 アトレは目を閉じ、かつて見た美しい光景を瞼の裏に映し出す。

 ルミネが初めて見せてくれた魔法であり、リトナードが教えてくれたアトレの初めての魔法。

 そして何よりも、アトレが大好きな魔法の中でも特に大好きな魔法。

 

 杖に力を込めてアトレは花びらを出す魔法を使った。

 歓声と共に、アトレの頬に軽い何かが触れた。

 そして目を開けると目の前には白やピンク、時には紫の花びらが宙を舞っていた。

 それはアトレの翡翠の瞳に友人たちの笑顔と美しく映っていた。

 アミュとリトナードは楽しそうに眺め、白猫とナディアは花びらで遊んでいた。

 トスカとリリアンは仲良く手を繋いで花を集めていて、フランリーナの二人とラスカは談笑しながら花びらを眺めている。


 それからラビナはアトレに近づいて、嬉しそうに涙ぐみながら明るい声で呟いた。


「アトレちゃんはすごいね!」


 ラビナに応えるようにアトレはにっこりと笑って、元気よく答える。


「私はすごいのよ!」



魔法が使えない魔女は旅に出る 終わり

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