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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
最終章 幕開け編
119/121

【12−4】ただいま!

 どんな物語にも必ず終わりがあるように、私の旅ももうすぐ終わる。


 もうすぐ私の日常が元の日常に戻ってしまうらしい。

 列車に揺られていると少しずつ見覚えのある景色が増えてきた。

 それは、エーベルに入った時に一気に増えた。

 その時、私は初めて旅という日常が終わってしまうという喪失感を感じた。

 もうラスカの寝顔が見えなくなってしまうのかしら。

 すごく寂しい。

 そして今、列車はロコモアを出発した。

 情報屋らしくない情報屋と変わった研究者、変なメイドとそして、仲直りできた私のライバル。私の長旅はここから始まったと言えるのかもしれない。

 すごく懐かしい。

 あの時は何もかも不安だったな。初めて家を出て一人でなんでもしなければならないことが、私には生きていけるか不安だった。

 でもいつしか私はその不安が楽しみに変わっていたみたい。

 それは私の新しい仲間であり友人のラスカ、アミュ、そしてリュカがいてくれたからだと思う。

 みんなの存在が箱入り娘の私に世界を見せてくれた。変化をさせてくれた。

 魔法が使えなかったからみんなに会えた。

 普通の旅だけどどこか可笑しくて、騒がしい日常だったな。

 

 まだ、一緒にいたいな……



* * *



「お嬢様、起きてください。まもなくアルノールに到着しますよ」

「ん……もう、ついちゃうの?」

「はい。身支度をしていらしてください」


 バルに言われてアトレはその場で腕を伸ばし大きく欠伸をした。

 外は日が傾いて少しずつ青空の終わりに近づいている。

 窓から過ぎ去る景色を見ていると遠くに見慣れた街が見えてきた。

 アルノールだ。


「おはようアトレ。お前ぐっすり眠ってたぞ」

「そう? どの辺から寝てたかしら」

「そうだな……だいたいロコモア辺りかな?」

「ロコモア……」


 懐かしい響きだ。

 リヴィエールでも少し耳にしたが、やはりその地にいると余計に懐かしく感じるのは宿命か。


 ——まもなく、終点アルノールに到着いたします。お忘れ物がないよう今一度ご確認お願いします。


 車掌はそう言いながら車両を移動する。

 ついにアトレは家に帰ってしまったみたいだ。

 アトレは流れる車窓を最後の思い出として眺めた。


「アトレ、もう着くぞ」

「わかってる。……もう少し、景色を見させて」


 アトレは窓から目を離すことなく元気なく呟く。

 ラスカとバルは何を思ったのか、アトレには声をかけなかった。

 そして少しずつ見たことのある景色が増え、列車は速度を落とし街の中へ入っていく。

 アトレは日常が終わって寂しくなり、目頭が熱くなって目に涙を溜めて最後まで外を眺め続けた。

 それから列車は駅に入ると、徐々に速度を落とし、そっと停車した。


「終わっちゃった……」

「お嬢様お疲れ様です。立ってください。列車を降りますよ。荷物はわたくしが持ちます」

「いいえ。私が持つわ」

「アミュ、降りるぞ」

「うん! あるのーる、楽しみ!」


 強烈な喪失感を感じているアトレと対照的に、アミュは新天地にワクワクして興奮している。

 今は彼女を見るだけで少し気持ちが落ち着く気がする。

 アトレはアミュが席を出た後に立ち、荷棚のトランクケースを引きずって取り出した。

 最後に己が座っていた椅子を流して見てから、アミュ達の後を追った。


「お嬢様、足元に気をつけてください」

「ありがとう、じいや」


 アトレの右足が先にアルノールに着いた。

 旅は終わったのだ。

 そのままラスカとアミュを先頭にアトレは真っ直ぐ駅を出た。

 懐かしいアルノールの街は駅前以外何も変わっていない。

 アトレが辺りを見回していると、ふと懐かしい顔が見えた。

 茶髪で糸目のひょろっとした男性——アークである。

 誰よりも先に気付いたのは、意外にもアークの方だった。


「あれっ? みなさんではないですかぁ!」

「アーク様ではありませんか。お久しぶりでございます」

「祝勝会ぶりですねぇ〜。今帰られたのですか?」

「アミュ達ね、りゔぃえーる? から来たの!」


 アークと久しぶりの会話だが、アトレは遠くで見守っていた。

 そのことに気付いたラスカが振り向いてアトレに気付いてくれたので、今しかないと思いアトレは小さく手招きしてこっちに呼んだ。


「アトレどうしたんだ?」

「ちょっとだけ、あなたと二人で話したいの。ついてきてくれる?」

「まあ、別にいいけど」


 アトレはほっとして息を吐き出し、ラスカの腕を掴んで駅の裏に連れ込んだ。

 急に連れ込まれて訳がわからないラスカは困惑していたが、アトレはそのままボソッと話し始めた。


「……ねえ、あなたはこれからどうするの?」

「俺? 俺はそうだな……師匠がここにいるなら修行を続けて魔法使いになるか、その辺で仕事に就こうかなって少し考えてる」

「そう……」


 アトレは高鳴る心臓を抑え、ラスカの腕をとった。

 耳が熱かった。


「あなたは、私の旅に加わったことを覚えてないの?」

「そりゃもちろん覚えてるさ。最初は貴族ぶったへんな奴だと思ったぜ」

「やっぱり、覚えてないのね……」


 アトレは思わずラスカの胸に飛び込んで腕をしまって頭をつけた。

 ラスカは驚いて一歩後退りをしたが、アトレは追うように近づいた。

 頬は赤くなって目元に涙が溜まり、アトレは叫んだ。


「私、まだあなたといたい!」

「っておい……」


 半分泣きながらアトレはラスカを見上げる。

 アトレ自身比較的身長が高いと思っていたが、ラスカはそれよりも高く随分上を見ないと彼の顔は見れなかった。


「私、初めて会った時言ったでしょ? あなたを、ラスカを側近にするって! だから……」


 涙を啜り、ラスカの大きな手をアトレは包むようにとった。


「だから、私と、また一緒にいて欲しいの……」


 アトレは初めて誰かに本気でお願いをした気がした。

 心の底から、ラスカと一緒にいたい、そう願って声が震えてでも伝えたかった。

 それが伝わったのかわからないが、ラスカは微笑んで指でアトレの目元の涙を拭った。


「そんなことなら別にそこまでお願いされなくても、俺は受け入れるぜ」

「本当?」

「ああ。だって俺の主人はいつだってお前だろ? 忘れかけていたことは謝るけど、俺はずっとその気でいたぜ」


 今の言葉、アトレには突き刺さるくらい嬉しかった。

 だからなのか、アトレの目からブワッと涙が溢れた。

 そしてそのままラスカにアトレは初めて抱きついた。


「ありがとう、ラスカ! これからもずっと、一緒にいようね!」


 抱きつくアトレを見下ろしてラスカは優しく微笑んだ。


「その言葉、俺にはもったいないな」



* * *



 明日また会うという約束の元、アトレはラスカとアミュと別れて自分の家にバルと向かっていた。


「お嬢様、先ほど離席していたのはどうしてですか?」

「ちょっとした約束よ」


 アトレは石畳のアルノールの道を歩きながら、バルに聞こえないくらい小さな声で呟いた。


「それと、ちょっと先の未来の話」


 バルと話しながら賑やかなアルノールの街を歩いて少し、徐々に露天の料理の匂いが薄れて草の匂いが濃くなった。

 どうしてかわからないが、歩き慣れたこの道はアトレに、ここに住んでいた懐かしさと旅をしていた時の懐かしさの両方を感じさせた。

 まだ明るいこの道に、爽やかな風が吹いた。


「最初の一歩も、これくらい軽かったわね」

「わたくしは足が重かったです。あのお嬢様が一人で生きていけるか……」

「もう!」

「昔のわたくしだったらお嬢様にこんな冗談は言いませんでしたよ。わたくしも、お嬢様と旅ができて楽しかったです」

「それはこっちのセリフよ。じいやがいなかったら私は旅にすら出してもらえなかったかもしれないのよ。だからありがとう。じいや」


 家までの舗装された土の道を歩いていると、後ろからフランクール法学校の制服を着た生徒に追い越された。

 

(もし私が魔法を使えていたら、こんな会話は生まれなかったのかな)


 歩き慣れた道を歩いて身体に染みついた記憶の通りに歩みを進めると、真っ白な屋敷が目に入ってきた。

 よく整えられた庭園に、外から見てもお金持ちとわかるほどの立派な門を構えた屋敷。

 ここがアトレの家。

 最後にこの景色を見た時は足取りが重く、今にも消えたいような気持ちだったことを覚えている。

 でも今は、すごく清々しく希望に溢れている。

 アトレは黒い門を目にし、バルに振り返って笑った。


「さあ帰りましょう! 私たちの家に!」

「ええ。帰ってセレオ様を驚かせましょう!」


 アトレは門を押し、中に入った。

 あそこはラビナと遊んだな、そこはお姉ちゃんに魔法を見せてもらったな、と庭を見渡すたびに記憶が蘇ってくる。

 そしてついに、玄関の扉の前に戻ってきた。


(これを開けたら私の旅は終わる。最後くらい、とびきりの笑顔で終わらせましょう!)


 バルの方を向いて自分の笑顔が完璧か確認してもらうと、アトレはドアノブに手をかけた。

 そしてアトレは深く息を吸ってドアを開けた。


「ただいま帰りました!」

次回、最終話です。

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