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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
最終章 幕開け編
118/121

【12−3】新しい旅への出発は列車に揺られて始まる

 改めてアトレは身支度を整え、リトナードの家を立とうとしていた。

 アトレの秘密が明かされて<翠煌の魔女>になったり、アミュが人間になったりと彼女の家ではいろんなことが起きた。

 しかし旅は帰路に向かう。

 アトレは荷物を持ってエーベルに戻ろうとしていた。

 その中には今は教えてもらった魔法で収納しているが、リトナードからもらった杖もある。


「リトナードさん、短い間でしたがお世話になりました」

「短い間? 確かに一泊短いか」


 そう言いながらリトナードはなぜか家に鍵をかけて戸締りをし始めた。


「リトナード様は何をしていらっしゃっているのですか?」


 バルの問いにリトナードはポケットから四枚の長い紙を出して、顔の横でそれを見せながら言った。


「何ってお見送りよ」

『お見送り?』


 リトナードは「そう」と言って頷く。

 アトレ達を見送るなら玄関先でいいのに、わざわざ戸締りをして四枚の紙を見せる意味がアトレはわからない。


「せっかくここまで長い時間をかけて来たのに、また同じ時間をかけるのは君たちの人生の時間がもったいないと思わない? ワタシにおすすめの帰り方があるんだ」

「おすすめの帰り方?」

「そう。今からコレーズに行くわよ」


 コレーズはリヴィエール地方屈指の大都市だ。なんと言っても大きさはアルノールと同じくらい栄えている。

 たがコレーズは内陸だし、水運が栄えているわけではない。

 そのせいで余計にリトナードの言っている意味がわからない。

 だからなのか彼女は誰よりも表立って前に進んだ。


「さて、ベルヌーイ村からコレーズまでの道はワタシが先導してあげる。ついて来なさい。<翠煌の魔女>が案内するなんて滅多にないわよ」


 そんな感じでリトナードはズカズカ前に進んでいく。

 イマイチ状況が掴めないアトレ一行は彼女に着いていくしかなくなってしまった。



* * *



 それからというものコレーズまでは数日間歩いて、アトレ達はリトナードと衣食住を共にした。

 アトレ達が勝てないような相手に彼女は指を振るだけで勝ったり、アトレにヒカリエを使わせて戦わせたり。

 ある時は魔族の癖が抜けないアミュが指から出た血が止まらなくて泣きじゃくったり、アトレがリトナードの作るご飯をラスカとつまみ食いしてバレてバルとリトナードに怒られたりしながらなんとか辿り着いた。

 コレーズはベルヌーイ村から比較的近く、ロシュチカとは比べ物にならないくらい早く着くことができた。

 コレーズの街は三角屋根の尖った家が多くある中、たくさんの馬車が集まる一際目立つ横に長い背の低い庁舎のような建物にリトナードは案内した。


「さて、ここが目的地——コレーズ駅よ」

「駅ってなんだ? アトレ、知ってる?」

「私も知らないわ。じいやは?」

「わたくしも恥ずかしながら今初めて存じ上げました」


 知識人から知識人へ質問のバトンが繋がったが、誰も知らなかった。

 そんな中、リトナードだけが知っているみたいだった。


「みんな、トロッコは知ってる?」

「アミュ知ってるよ。お山で石を運ぶやつでしょ」

「正解。ワタシがこれからおすすめする帰り方はね、そのトロッコみたいなものなの」

「えっ、やだ。だったら歩いて帰る」


 アトレは全力で首を横に振って拒絶する。

 だってトロッコは汚くて人を運ぶものではないじゃないか。

 アトレが数歩後退りすると、リトナードはアトレの腕を強く掴んで怖そうな笑みを浮かべてにこやかに言った。


「お貴族様? 文句は見てから言いましょうねぇ?」


 なんというか、すごく貴族に恨みがあるような言い方だ。

 あまりにも怖そうな雰囲気だったのでアトレがすくんでいると、その隙にリトナードは引きずるようにアトレを駅舎に連れて行った。

 これが七十代のおばあちゃんの力である。

 ずるずる引きずられ、アトレは両手で目を隠してコンコースを通り抜け、車輪止めがあるホームの端に来させられた。


「これを見ても歩いて帰るっていうの?」


 リトナードに言われて目を覆っていた手をどかす。

 煙突が付いた真っ黒な鉄の巨体に、木でできた横に長い馬車の客車のような車両。

 新しそうでピカピカの車体にアトレはなぜか心が躍っていた。


「これは?」

「これは鉄道っていうらしいの。最近開業したばっかでワタシも乗ったことがないんだ」

「じゃあリトナードさんのおすすめって……」


 リトナードは自分の物のように手で見せびらかすように言い放った。


「そうこれ! 馬車よりも快適で早く、飛行魔法よりちょっと遅い。この国初の公共機関——ラフィット鉄道!」


 ここでも出てきたかラフィット財閥、とアトレは頭の中で呟いた。

 しかし「馬車より快適で早く、飛行魔法よりちょっと遅い」というキャッチコピーには心が踊らされる。

 すごく、ワクワクするのだ。

 アトレが思わず口を開けて眺めていると、後から追いついたラスカ達がホームにやってきた。


「でかいし長いし、なんかクソかっけえな!」

「アミュたちあれに乗るの?!」

「とても快適そうですね」


 後から来た三人も鉄道に圧巻されて驚いていた。

 その時、煙突の付いた真っ黒な鉄の塊——蒸気機関車の方から黒煙と共に力強い警笛がポウッと鳴り響いた。

 あまりにも突然だったのでアミュは声を上げてアトレにしがみつき、アトレも「ひゃっ!」と鳴いて驚いた。

 そんな二人を見てやれやれと言いながらリトナードは四枚の長い紙を取り出して、アトレ達に渡す。


「これが切符。これがないと乗れないわよ」


 切符と呼ばれた紙には行き先が書かれていない。

 不思議そうにアトレが切符をまじまじと見つめていると、リトナードが魔法で出したペンを持ってアトレに手を出した。


「アトレ、ちょっと貸してくれる?」

「いいですけど……でも、これって行き先が書かれていませんよね?」

「そう。だからワタシの出番なの。行き先はアルノールでいいのよね」

「そうよ」


 アトレから借りた切符をリトナードは空中に浮かせて、まるでそこに机があるかのようにペンを走らせて何かを書き込んだ。

 同じようにバルやラスカ、アミュの切符にも書き込んで返した。


「これでもう大丈夫!」

「ありがとうございます。しかし、こんなことをして大丈夫なのでしょうか」


 バルが不安気に尋ねると、リトナードはそんなことお構いなしに当然のように言い放った。


「だってワタシの切符だもの」

「リトナード様の?」

「そう。鉄道が開業するからって二ヶ月前に皇帝から貰ったのよ。行き先は自由に書いていいって」


 彼女はサラッとすごいことを言っていたが、この切符は皇帝お墨付きのリトナード専用切符らしい。

 だから行き先が書かれていなかったみたい。


「……そんな大事なもの、俺たちが使っていいのか?」

「別に。そもそもワタシはあまり外に出ないし、腐るくらいならあげちゃったほうがいいでしょ? ささ、そろそろ出発するから早く乗りなさい」


 リトナードは革のトランクケースを持つアトレの背中を軽く押す。

 押されてタタッとステップを踏んだアトレは、少し前に出てからトランクケースをホームに置いてリトナードの方へ振り向いた。

 そして深く頭を下げた。


「リトナードさん、今までありがとうございました。あなたのおかげで私は変われた気がします」

「変われた、じゃなくて変わった、でしょ?」

「えっ?」


 アトレは思わず顔を上げる。

 戸惑っているアトレに対し、リトナードは手を後ろで組んで微笑んでいた。


「君はもう、<魔法が使えない魔女>じゃない。<翠煌の魔女>なんだから。十分変わったわよ」

「そう、かな?」


 アトレは顔をかいて照れるようにふへっと笑みをこぼす。

 そんなアトレにリトナードは近づいて、アトレの手を包むように握った。

 アトレと身長がほとんど変わらないリトナードの翡翠の瞳は、真っ直ぐとアトレのキョトンとした翡翠の瞳を見つめていた。


「たとえ魔法が使えなくったって君は人生を楽しんでた。でもこれからは魔法が使える人生。<翠煌の魔女>アトレ・エマニュエリの新しい人生が始まるのよ。だから変わった。人生を全力で楽しむことはそのままで、変わった。……これがワタシの解釈だけど違った?」


 リトナードは気まずそうに笑う。

 だけど今のアトレにはリトナードの解釈の方が一致している気がする。


(私の、新しい人生……)


 今まで何十回、何百回とアトレは魔法が使えた自分を想像して生きてきた。

 それが今は現実に、此処に確かにいる。

 アトレがリトナードに返す言葉を探していたその時、後ろからラスカの声が聞こえてきた。


「アトレー、そろそろ出発しちまうぞー!」

「わかったー! すぐ行くわー!」

「君の仲間たちが待ってるわよ。早く行きなさい」


 リトナードはそっと手を解いた。

 アトレは荷物を持ってもう一度リトナードに頭を下げた。


「ありがとうございます、リトナードさん。<翠煌の魔女>として頑張ります!」


 顔を上げてリトナードを見た後、アトレはラスカを追うように列車に乗り込んだ。

 彼女の顔はほんの少し寂しそうに見えた気がした。


 列車に乗り込んだアトレがまず思ったことは、馬車よりも広く椅子がたくさんあることだ。

 高そうな木で作られた通路を挟んで二人席が両側にあって、それに向かいあうようにボックス状に四人席が設けられている。

 その空いている席にアトレは腰を下ろした。

 椅子にはクッションが敷いてあった。


「アミュ窓際座りたい!」

「なら俺はアミュの隣に座るぜ」

「わたくしはお嬢様の隣ですね」


 バルがアトレの荷物を上に置いていると、誰かが外からコンコンとアトレがいる場所を叩いた。

 気になって見下ろすとそこには淡いラベンダー色の頭頂部が見えた。


「お師匠さま!」


 アミュとアトレは窓を上に上げた。


「お見送りなら、ちゃんと最後までしないとね」


 リトナードが車両から少し離れると、前から腹に響く力強い汽笛が聞こえてきた。


「そろそろ出発みたいよ」


 リトナードが微笑みながら胸元で小さく手を振ると、それと同時にゆっくりと列車は動き出した。

 もうリヴィエールとはお別れみたい。

 アトレは思わず窓から身を乗り出してリトナードに大きく手を振り返した。


「ありがとうございましたー!」

「また来てね、アトレ」


 立ち止まって見送るリトナードが少しずつ遠くなっていく。

 その時、ラスカ達もアトレと同じように窓から身を乗り出した。


「楽しかったぜー! リトナードさん!」

「お嬢様がお世話になりました」

「ばいばーい、お師匠さまー!」


 みんな同じようにリトナードに手を振る。

 それは列車がホームから出て、リトナードの姿が小さくなるまで続いた。




* * *




 過ぎ去った列車が見えなくなるまで手を振り続けていたリトナードは急に寂しく感じ始めた。

 前までは一人でも寂しくなかったのにどうしてだろう。

 誰もいなくなったホームにはリトナードの小さな足音だけが響いていた。


(……もしかしたらワタシも、そろそろ前に進む時期なのかな)


 晴天の空を見上げ、リトナードの足は勝手にフラフラとどこかに進んだ。


「こんにちは、お客様。列車は行ってしまいましたよ」

「そう、だから切符が欲しいの」

「どちらに行かれますか?」

「……そうね。まずはモンカルム、それからベルソン行きの切符でお願い」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 駅員が切符を作りにいなくなり、リトナードはまだ行き先の少ない路線図を眺めた。


(何年振りになるかな? お義父さん、いま会いにいくからね。新しい友達ができたんだ。それにニネットお姉さんも。先生はくたばったけどお姉さんはまだ生きてるといいな)


 その時、リトナードの頭の上に小鳥が乗っかってぴよぴよ鳴いた。

 リトナードが指を頭に持ってきても鳥は逃げない。

 その流れで彼女は頭の上の鳥を撫でた。


「君も一緒にどう?」


 鳥はリトナードに応えるように歌い続けた。

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