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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
最終章 幕開け編
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【12−2】アミュの願い

「君たち、これからどうするの?」


 朝食の食器を洗ってリトナードが出してくれた二杯目の紅茶をアトレが口にしていると、彼女はこんなことを尋ねた。

 アトレはこの質問に簡単に答えた。


「私は家に戻ったら家を継ぐの。でも多分、それまでに失った高等科の勉強をさせられると思うけど」

「そう。アミュは?」


 リトナードはラスカやバルではなく一番幼いアミュに尋ねる。

 あまりにも不自然で、アトレはなぜかが気になるが今だけは口を閉じた。

 それからアミュは少し悩みながら話し始めた。


「アミュ? アミュは……ルミネお姉ちゃんがアトレお姉ちゃんと住んだらどう? って言ってて、アミュはそうしたいかな。だから、アトレお姉ちゃんたちと、おうちに帰る」


 この話についてはアトレもルミネから聞いており、バルも了承済みだ。

 そもそもアミュがアトレ達についてきたのは一人が嫌だったからであり、元の家に帰すのはかわいそうだとアトレも含めてみんな思っていたらしい。

 だったら安心できる人がたくさんいるアトレの家に住ませるということである程度話がまとまっていた。

 しかし、リトナードはその話をよく思っていないみたいで険しい顔で悩んでいた。

 そしてリトナードはついに苦し紛れにアミュを傷つけないよう優しい声を出そうとして話し始めた。


「えっと、アミュ。君のその話は無しにしなさい」

「えっ、なんで……?」


 アミュの顔が一瞬で暗くなる。

 何かに裏切られたかのような表情だ。

 おそらく、同じように言葉を失って驚いているアトレ達が原因だろう。


「アミュ、君は魔族よ。何かあったら責任取れる? 絶対に人を傷つけない自信は? 魔族だと知られた時の周りからの嫌悪の目とアトレの家の人たちに迷惑をかけてしまった罪悪感に耐えれるの?」

「そ、それは……」


 アミュの幼い顔がどんどん暗くなって俯いた。

 彼女の小さな手はリトナードに言われたことを想像したのか、ふるふると小刻みに震えていた。

 アトレが何か言い返そうとしても、リトナードの放つ強大なオーラにアトレはすくんで声を出せなかった。

 今だけは本気の<翠煌の魔女>がいるみたいで、何もできなかった。


「それができないなら、君はここに残りなさい。ワタシの弟子になって面倒を見てあげるから」


 リトナードのはっきりとした言葉にアミュは断りきれず、不服そうにゆっくり首を縦に振った。

 机の上にはアミュの涙が静かに溜まっていた。

 その時、アトレはやっと声が出てリトナードではなくアミュに話しかけた。


「……アミュちゃんはそれでいいの?」

「…………やだっ。アトレお姉ちゃんと一緒がいい……」


 苦しそうに声が震えている。

 アミュは悔しくて声もなく泣いていた。

 あまりにもかわいそうでアトレもアミュと帰れないのが悔しく、リトナードの方を見て何か言い返そうとしたが、彼女はカップを口に運びながら左手の手のひらをアトレに見せてアトレを止めた。

 まるで、「アミュの決意を待ちなさい」と言っているみたいに。

 そしてしばらく静かな時間が過ぎると、アミュはその静寂を破って掠れた声を出した。


「…………たい」

「言ってみなさい。怒らないで聞いてあげるから」


 アミュは息を深く吸った。

 そして顔を上げると鮮やかな赤い瞳でリトナードを写し、声を張り上げて訴えた。


「アミュ、人間になりたい!」


 リトナードはカップを持ち上げたまま目を見開いて驚いた。

 アトレ、バル、ラスカは衝撃的すぎて言葉を失った。

 アミュは本気で言っているみたいで、訴えるように話し始める。


「魔女さん、アミュを人間にして! アミュが魔族だからみんなに迷惑かけちゃうのがだめなら、アミュは人になる!」


 涙のせいか、不思議と彼女の目は燃えるように赤く輝いて見えた。

 アミュにとっての答えは決まっているみたいだ。


「どんな代償でも、君は受け入れられる?」

「覚悟は決まっているよ」


 リトナードの問いにアミュは力強く返す。

 それからリトナードは大きくため息をつくと、カップを口に運んでから話し始めた。


「たとえ、魔法の副作用ですぐに死んでしまったり、あるいはどこかで魔族の特徴が戻ってワタシのように時間が止まってもいいの?」

「うん! アミュはもう、決めたから」

「そう……。後悔しないならワタシのとこに来なさい」


 そう言われてアミュはすぐに椅子を降りてリトナードのところに向かったが、あと一歩のところで急に踏み留まった。

 アミュは視線を足下に落としてからアトレに震える声で尋ねた。


「アトレお姉ちゃん……。アミュは、進んでもいいのかな?」

「怖くなったの?」

「うん。アミュは本当に、人になっていいのかなって」

「私にはアミュちゃんの未来を決めることはできないけど、アミュちゃんが望むなら後悔しないよう進んだほうがいいと思うわ」

「……!」


 アミュの答えは決まったみたいだ。

 顔を上げてリトナードに近づいた。


「魔女さん、アミュを、人にしてください!」

「それが君の答えでいいんだね」

「これがアミュの答え」

「……わかった。おでこを出しなさい」


 アミュが恐る恐る額をリトナードに近づける。

 リトナードも自身の額がアミュに当たるようにしゃがんでくっつけた。


「辛かったらワタシの手を握っていいから」


 リトナード目を閉じてアミュに伝えるとたちまち空気が変わった。

 ルミネの魔法で隠されていたアミュの額の角が現れ、二人の周りを風が回った。

 それからどんどん、目を閉じるアミュの息が荒くなっていく。


「はぁ……はぁ……んっ、んはぁ、はぁ」


 汗だくになりながら苦しそうに喘ぐアミュをアトレは見れなくなっていた。

 アミュの小さな身体が小刻みに震えて魔法に耐えている。

 それに気付いてか、リトナードはアミュにしか聞こえないくらい小さな声で呟く。


「ワタシの手を握って、アミュ」

「ん……、はぁはぁ」


 震える手がリトナードの手を探るようにして握った。

 そしてリトナードは小さな声で詠唱するとアミュの周りにたちまちライトグリーンの光が浮き始めた。

 その光はアミュの角と長い耳を塵として吸収しているように見える。


「準備はいい?」

「あが……はぁ゛……う、うん……」 


 切れ切れの息でアミュは言葉を発する。

 リトナードは額をつけたまま目を閉じて詠唱した。


「運命よ、跪け! アミュの奇跡はもう起きている!」


 アミュの周りに浮いていたライトグリーンの光がアミュを覆った。

 光に覆われたアミュは、耳がだんだん小さくなり角が外から見てもわかるくらい崩壊してきていた。

 そして光が次第に収まると元のアミュが現れた。

 髪の毛は汗でぺたりと頭に張り付いているが、長い耳と角がなくなっただけの本物のアミュだ。


「お疲れさま。もう目を開けていいわよ」


 アミュの額から離したリトナードは診察後の医者のように安心させるような声で言った。

 ギュッと力強く閉じていたアミュの瞼が片目からゆっくりと開いて、アミュは荒い息を落ち着かせながら恐る恐る呟く。


「アミュ、生きてる……」

「そう、いま君は人として生きている」


 アミュは手を額に当てる。

 角が魔法で消えた感じもしない完全に平らな額。

 次に耳に手を当てると、長かった耳が人間の耳のように小さくなっていた。

 その瞬間、アミュは涙と共に笑顔が溢れた。


「アミュ……人になれた……!」

「アミュちゃん!」


 いつの間にか身体が勝手に動いていたアトレは、アミュに飛びついて抱きしめていた。

 苦しそうにもがく人間のアミュはすでにアトレの腕の中だ。


「アトレお姉ちゃん、苦しいよぉ……」

「生きてるってことよ」

「魔族でも生きてたし、苦しかった……」


 さっきまで嬉しそうだったアミュはいつの間にか諦めた顔になっていた。

 そのことに気付かないアトレはずっと抱きしめていたが、リトナードに言われてやっと離した。


「アミュが苦しそうよ」

「あっ、ごめん……」


 アミュはポンとアトレの腕の中から飛び出た。

 その勢いでリトナードの前に出ると、アミュはもじもじしながら頭を下げた。


「アミュを、人にしてくれてありがとう。魔女さん!」


 アミュを見つめるリトナードは優しい目をしていた。


「いいってことよ。君の身体は外見から推定して人間の七歳にしてあるから、これからは人と同じように成長していくわ」

「七歳……アミュは魔法使えないの?」

「いいや、使えるわ。君の魔族としての体質は現代の魔法使いに適しているの。だからいいところだけは残しておいたわ」

「……! ありがとう!」


 純粋な赤いアミュの瞳はリトナードを写して幸せそうな笑顔を見せた。

 そして振り返ったアミュは改めてアトレに飛びつく。


「アトレお姉ちゃん! アミュ、アトレお姉ちゃんと同じ人間になれたよ!」

「おめでとう、アミュちゃん!」


 アトレは笑って見せた。

 その時アトレに抱きつくアミュの頭を、リトナードがポンと叩いてアミュに話しかけた。


「アミュ、ワタシと一つ約束があるのだけどいい?」

「うん! どんな約束でも、アミュは守るよ!」

「じゃあ約束ね。君はワタシの弟子になって定期的にこっちに来なさい。人になった君は魔力が不安定だったり、何か副作用があるといけないでしょ? 守れる?」


 アミュはこっくりと頷く。

 ずっとではなく定期的に来るなら彼女も受け入れてもらえるよう、リトナードは条件を変えたのだろう。

 アトレとしてもアミュの身体をリトナードが診てくれるなら心強い。


「じゃあ、アミュちゃんはリトナードさんのことお師匠様って呼ばないとね」

「お師匠さま?」

「そうよ。ワタシの初弟子なんだからお師匠様って呼んでちょうだい」

「……! うん! ありがとう、お師匠さま!」


 アミュは目に涙を滲ませたとびきりの笑顔で嬉しそうに言った。

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