【11−5】自分への贈り物
「勝った勝った! またワタシが勝った!」
大量に積み重なったトランプの山を見て、アトレは呆然としていた。
かくいう彼女らは今、トランプを使ってババ抜きを楽しんでいる。
どうしてこんな事をしているかというと、アトレの答え合わせの後、リトナードがせっかくなら家に泊まっていきなさいと言うので、それに甘えて泊まらせてもらっているその夜、リトナードがトランプで遊ぼうと言い出したのだ。
それでリトナードの作った夕食を食べ終わったアトレ達はトランプで遊んでいるのだが、かれこれ七回はやっているのにリトナードにいっこうも勝てない。
リトナードにはお酒が入っているのに全くと言って勝てる気配がない。
「おい! イカサマしてるだろ!」
「してませーん。こちとら何十年もこれで遊んでいるのよ。ワタシに勝つには国が朽ちても早いわ」
すごく大人気ない。ものすごく大人気ない。
アトレはさっきまでの家庭的な彼女と、聡明な彼女の印象がすっかり抜けてしまったみたいだ。
子供みたいにはしゃぐ彼女はとても七十越えのそれではない。
そしてリトナードは自分の横に置いてある酒のガラス製のボトルを勢いよく口に流し込んだ。
ちなみにほとんどアルコールが入っていない弱い酒だ。
「ぷはぁー! はしゃぎ回っている時に飲むお酒が一番美味しいわ!」
「俺、こんな大人にはなりたくないぞ……」
ラスカの意見にはアトレも賛成である。
なんというか、容赦がなさすぎるのだ。
そのせいでアミュの目には涙が滲んでいる。
「その、リトナード様……次は別のゲームを試してはどうでしょう……」
バルもすごく辛そうだ。
「次のゲーム? いいわよ。何かやりたいのある?」
「神経衰弱」
ラスカは即答する。
おそらく記憶力ならリトナードに勝てると思ったのだろう。
アトレも記憶力には自信があるからリトナードに一泡吹かせたい。
「神経衰弱ね。またワタシが勝ってやるから」
リトナードは自信満々に言い張ると、各々からカードを集めてよく混ぜて床にバラバラに撒くように置いた。
「さて、一番不利な始めはワタシがやってあげる。どんときなさい!」
* * *
しばらくしてアトレは何かの物音に気付いて、まだ眠たい目を擦って起きた。
どうやらいつの間にか自分は寝てしまっていたらしい。身体には薄いブランケットがかけられていた。
ぼんやりと辺りを見渡すとバルとラスカ、アミュが寝息を立てて居眠りしている。
そうだ、寝る前はみんなで神経衰弱をしていたんだった。
リトナードが二戦二連勝したあたりから記憶がない。
随分と早くアトレは寝落ちしてしまったみたい。
そういえばリトナードの姿が見えない。
さっき起きた時、うっすらとリトナードが静かに家の外に出た気がする。
(何をしてるのかしら?)
腕を上に広げて背筋を伸ばしたアトレは皆を起こさないように静かにゆっくりと立ち上がると、リトナードが出ていったと思われる外に出た。
軽い玄関の扉を開けるとまだ寒い風が中に吹き込む。
急いで扉を閉めた。
しかし外にはリトナードの姿が無かった。
(家の裏かな?)
アトレは冷たい夜風に吹かれながらリトナードを探すように歩いた。
そして家の裏に出ると、アトレの予想通りリトナードが芝生に膝を曲げて座りながら空を見上げていた。
アトレに気付いたリトナードはそっとアトレを見ると、申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんね。起こしちゃったかな?」
「ううん。えっと、リトナードさんは何をしてるんですか?」
アトレの問いに、リトナードは空を見て答えた。
「星を見てるの。一緒に見る? ジュースもあるから遠慮しないで」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
アトレはコップが置かれた盆を挟んでリトナードの隣に座った。
そして、手を地面について同じように空を見上げた。
ベルソンで姉と見た空とはまったく違う顔に、アトレは息を飲む。
「……ワタシね、たまにこうして一人で思いに耽ることが好きなの。誰にも邪魔されない完全な一人の時間ってのが……いいみたい」
明らかに誰かと同居しているみたいな言い回しだが、リトナードは一人で暮らしている。
アトレはその言い方が引っ掛かった。
「リトナードさんって、一人暮らしですよね? どうしてそんな言い回しをするんですか?」
「気になった? わかりやすく言うなら、今のワタシが完全な素の、元のリトナード。演じているワタシが混ざっていない純粋なリトナードって感じ」
リトナードは持ってきたオレンジ色の果実水をコップに移してアトレに渡した。
「少しだけ、自分の話をしていい?」
「いいですよ。最後までしっかり聞きます!」
生真面目に答えるアトレにリトナードはカラカラと笑う。
それからリトナードは、膝を曲げた隙間に顔を埋めてうずくまるように座りながら話し始めた。
「ワタシがこっちで一人で暮らす理由って、もう人と付き合うのが疲れちゃったからなの。ただでさえ少なかった知り合いがどんどん消えて、挙げ句の果てには育ての父まで失った。そのせいでワタシは精神が壊れたって話は言ったでしょ?」
「うん」
「だから現実から逃げるために、ワタシは誰かを演じることにした。真っ暗で誰もいない世界に閉じ込めた本当の自分をワタシ自身からも隠すために。でもそんな中
、何もかもを拒絶して自分さえも消そうとしていたワタシを救ってくれた人がいたの。その人は性格に難はあったけど根はすごくいい人で、敵も味方も命を大事にすることが何よりだと思う人でね、消えようとしたワタシを連れ戻してくれたんだ。今でも、その人の顔ははっきりと覚えてる。<星骸の魔女>ニネット・サンローラン」
アトレは<星骸の魔女>ニネット・サンローランについては歴史の授業で学んだことがある。
確か占星術に長けた一族で岩魔法を得意としていた彼女は、宮廷魔法使い最年少、及び最短在位記録の持ち主だったはず。
リトナードの二つ前の宮廷魔法使いである彼女がリトナードと繋がりがあったことに驚きだ。
しかし、どうしてリトナードは<星骸の魔女>ニネット・サンローランの名を口にしたんだろう。
「ワタシの演じる元はその人を真似てるの。お姉さんはすごく立派で、まっすぐで、本当に憧れの人だった。でもその人に嫌いって言われてしまって、ワタシは深淵に落ちたみたいな感情で何も感じることができなかったの。でもすぐに嫌いな理由がワタシが消えようとしたことだと教えてくれてね、すっごく助かった気分になれたの」
そうしてリトナードは翡翠の瞳で藍色の空を見上げる。
その表情は柔らかく、口角が上がっていた。
「だからワタシはその人のために命を大切にする。どんなに辛いことがあっても、絶対に諦めないで生き抜いてきた。だけどいつかそうすることも疲れてきちゃうでしょ? だからこうして、たまに元の自分と向き合って頑張った自分を褒めてあげるの」
「じゃあ今日こうして空を見にきたのは、私たちが来たことで疲れてしまったってことですか?」
「そんなこと言わないで! 今日来たのはただ楽しくて元の自分にも見せてあげたいなって思っただけ。ホントだからね!」
「ふふっ」
アトレは思わず口元を緩めて笑ってしまった。
この重たい空気の中でもアトレを気遣って軽く怒るリトナードが、なんだかおかしく思えてきた。
本当に彼女はアトレ達がいることが楽しいと思っているみたいに、リトナードは柔らかく笑っていた。
その時なってアトレは初めて果実水に手をつけた。
ほんのり甘酸っぱいそれは、アトレのリトナードの今の空気を表しているみたいだった。
まるで青春の一コマのような、そんな空気だ。
ただ、アトレは今の話を聞いてどうしても聞きたいことがあった。
それをリトナードが落ち着いてから気に障らないように優しく聞いた。
「リトナードさんって、長生きじゃないですか?」
「そうね。見た目は若いけど実際は七十超えのおばあちゃんだからね。それがどうしたの?」
「いや、ただ……若いまま死ぬのって怖くないのかなって……」
リトナードはアトレから目を逸らしゆっくりと空を見上げる。
「別に、ワタシが死ぬことは大して怖くない。それよりも怖いのは、誰かが先に死んでしまうこと」
リトナードは、はぁとため息をこぼす。
彼女はアトレの目を見て語りかけるように話した。
「だからこそ、そうなる前にその時が怖くなくなってしまうくらい一緒に楽しむべきだよ」
その言葉には少しだけ後悔が混じっているように感じた。
おそらくアトレに悟られないように言おうとしたのだろうけど、隠しきれていないみたいだった。
それでもアトレにはリトナードが今の生活に満足していて、後悔していないように見える。
その予想が当たったのかリトナードはふへっと笑みを溢した。
「そんなんでも、ワタシはお酒を飲んで、魔法の研究をして、毎日気ままな生活をしてるんだから、慣れって怖いよね」
気楽に話すリトナードは何か思い出したのか指をパチンと鳴らして、アトレに尋ねた。
「アトレ、好きな魔法ってある?」
「好きな魔法? でもどうして急に……」
「いいからいいからっ!」
アトレは頭の中で今まで見てきたたくさんの魔法を思い出す。
だけどやっぱり、始めに思い浮かぶのは初めて見た姉の魔法。
「私の好きな魔法は、『花びらを出す魔法』かな」
へにゃりとアトレは恥ずかしそうに笑った。
どんなに綺麗で興味をくすぐられる魔法を見たとしても、あの魔法だけは超えることができない。
魔法が好きになったきっかけでもあり、アトレの夢でもあるそれは今でも鮮明に思い出せる。
「すごく、アトレらしいね。実はワタシも『花を育てて咲かす魔法』が一番好きなんだ」
それだけ言うとリトナードはアトレに詰め寄って、アトレの両手を彼女の両手に絡ませるように急に握った。
あまりにも急すぎたのでアトレは頬を赤らめて後ずさりしようとしたが、リトナードは握って離さなかった。
「えっ、ちょっと……!」
「いいから、そのままワタシの手を握って」
言われるがまま手に力を込める。
リトナードは語りかけるように優しく話し始めた。
「目を瞑って。実は君のことを知るときにワタシの魔力を君の魔力に混ぜたの。君とワタシは得意属性が同じで魔力の親和性も高かった。だからこうして、互いの魔力に干渉できる」
すると体内に心地よい風の流れみたいなのが流れた。
じんわりとアトレを包むように流れる。
「君はヒカリエ以外の魔法を覚えられない。だけどワタシの力で一つだけなら覚えさせることができる。好きな魔法、なんでも言って」
「だったら尚更、私は『花びらを出す魔法』を選ぶわ」
「よろしい」
リトナードが柔らかい声で言うと、アトレの中に何かが芽生えるような感覚がした。
そしてより早く、身体中を何かが回る気がし始めた。
「運命よ、跪け。奇跡はもう、起きている」
スッと何かが抜けた。
とても身体が軽くなった気がした。
リトナードが解けるように手を離すと、アトレの中で動いていた何かが感じれなくなった。
おそらくこの何かが、リトナードの言う魔力なのだろう。
アトレが目を開けるとにこやかに笑うリトナードが真っ先に目に入った。
暗闇の中、彼女の翡翠の瞳は輝いてアトレを見ていた。
「どう? 使ってみて?」
「使ってみてって言われても、私は魔法の使い方が身体に染み付いていないし……」
「そう言うと思って、これ、あげるから使って」
リトナードがそう言うと、彼女の両手に金色の長くて立派な杖が現れた。
それはルミネが使っていた杖に似ている。
そうなるとこれは、リトナードが現役時代に使っていた本物の宮廷魔法使いの杖だろう。
それに気づいてしまったアトレは両手を突き出して渡そうとするリトナードを拒んだ。
「そんな大切なもの受け取れません!」
「別に大切じゃないから気にしないで。それにワタシは杖を使わない方が慣れてるし」
半ば強制的に受け取ったそれは、アトレの手にすごく馴染む。
まるでアトレのためにあるみたいだ。
両手で持ち、膝に乗せて杖を眺めても本当にアトレ用に作ったみたいに何故かしっくりとくる。
唯一アトレのものと思えなくなるのは杖に刻まれた<翠煌の魔女>の名だけだった。
アトレはその<翠煌の魔女>の名を撫でながら声に出して読んだ。
「<翠煌の魔女>……」
「それもあげる」
「魔女名も、ですか?」
「うん。だって減るもんじゃないでしょ? それにワタシは、その名前が好きなの」
<翠煌の魔女>という名には彼女の辛い思い出がたくさん詰まっているのに、好きと言えるのは本当に好きだった証だ。
だけどそれをなぜアトレに渡したいのかがよくわからない。
本当に好きなものなら独り占めしたいとアトレは思う。
「後から知ったけど、<翠煌の魔女>名はワタシのお義父さんがつけてくれたみたい。だけどワタシが好きなそれは、悲劇の魔女として広く知られるようになってしまった。でも君なら、<翠煌の魔女>を悲劇の魔女から喜劇の魔女に変えられる。だから託す、信じてる」
アトレには返す言葉がない。
ありがとうというべきか、それとも頑張りますというべきか。
悩んでいるとリトナードがアトレ後ろに行って、アトレの手に被さるように握って杖を持たせた。
「<翠煌の魔女>アトレ・エマニュエリ、君が初めて使う魔法は誰かを傷つける魔法じゃない。誰かを楽しませて夢を与える、そんな魔法だよ」
「………………」
「しっかり握って。それから辺りを舞う花びらを想像するのよ」
イメージしやすいようにアトレは目を閉じた。
思い浮かべるのは初めてみたあの時。
そして次の瞬間、アトレの頬を軽い何かが触れた。
「目を開けて。これがアトレの魔法」
ゆっくりと目を開けた。
アトレの瞳に映るのは白やピンク、時には紫色の花がたくさん舞っている様子。
真っ暗な夜でもアトレの魔法で作られた花びらたちは、輝いて辺りを照らすように舞っていた。
その光景にアトレの心臓がいつもより早く鼓動して、興奮が鳴り止まない。
夜の森に流れる風の音よりも、心臓の音の方が大きかった。
「すごい……」
「とっても綺麗だね、アトレ」
「うん。すごく綺麗……」
花びらはアトレの心を魅了し、初めてみた時よりもアトレは楽しくて嬉しかった。
まるでアトレを祝福するみたいにたくさん舞い、ひらひらと膝の上や頭の上に落ちる。
アトレの長年の夢が叶ったのだ。
魔法が使える自分は此処にいる。
後ろに座ってアトレの手を握るリトナードの方を振り向いて、とびきりの笑顔を見せた。
「ありがとうございます、リトナードさん。私、すっごく嬉しい!」
リトナードはへにゃりと自然と照れるように笑った。
リヴィエール編 終わり




