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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
第十一章 旅の終点編
113/121

【11-3】若さの秘訣(事故)

 目の前の同年代とも見える少女を見て、アトレはすごく戸惑っていた。いや、戸惑わずにはいられなかった。

 だってアトレの中の<翠煌の魔女>リトナードのイメージはしわしわのお婆ちゃんで、怪しげな雰囲気を醸し出すような魔女をずっと想像していたのだ。

 しかし目の前の<翠煌の魔女>リトナードを名乗る彼女はやけに若すぎる。それも若い頃から老化が止まったみたいに若すぎるのだ。

 それに、めちゃくちゃ可愛い。


「えっ、えっと……本当にリトナードさんなんですか?」

「そうよ。ワタシが宮廷魔法使いの<翠煌の魔女>リトナードよ」


 アトレが恐る恐る尋ねたが、リトナードはキッパリと言い放つ。

 ここまでくると本人にしか思えなくなってきた。

 そんなアトレと同じくらいの身長のリトナードはアトレの瞳を覗くと、腰に手を置いて若干嬉しそうに訊く。


「それで、エマニュエリのお嬢さんはワタシになんのよう?」

「どうして私がエマニュエリ家の人だとわかったのですか?」


 突然自身の出自を当てられてアトレは気になって聞き返してしまう。

 まるで全てを見透かされているみたいだ。

 そしてリトナードは当然のようにと言い張る。


「だって、ワタシの居場所を知ってて、その髪色と目の色なら誰でも分かるでしょ? ワタシとは色が少し違うけど、同じ翡翠の瞳。なんだか嬉しくなっちゃった」


 リトナードは口元を緩めて笑みをこぼすと、他の三人を吟味するように周りを歩いてボソボソと呟き始めた。


「お抱えの執事に水の魔術師、それに魔族ちゃんが一人……」


 最後の言葉はアミュにも聞こえていたようで、彼女はリトナードを避けるようにバルの後ろに隠れた。

 しかしリトナードに敵意などなく、怯えているアミュを安心させるように語りかけた。


「怖がらないで。ワタシは君を傷つけたりしないから」

「本当?」

「ホントよ。そういえば名前を聞いていなかったわね。魔族ちゃん、お名前を教えてくれる?」


 アミュが小さく呟く。


「アミュはアミュ」

「アミュ……そんな名前だったのね。それで執事さんは?」

「バル・ミッテランでございます。あちらの方はわたくしの主人、アトレ・エマニュエリ様でございます」


 アトレは頭を下げてカーテシーをする。


「アトレ、アトレ……覚えた! 君とは気が合いそう。それで、そこの魔術師は?」

「俺か? 俺はラスカ・ファビウス。よろしくな、魔女の……お姉さん?」

「よくできた子ね。お婆ちゃんって呼ばれるよりずっと気分がいいわ」

「?」

「ささ、立ち話もなんだしうちに入って。だって君たちの目的はワタシに会いにくることでしょ? だったら中でゆっくり話さないと」


 そう言って機嫌が良さそうなリトナードは家の扉を開ける。

 歩き方から髪の毛のしなやかさ、そして話し方など全てがまるで同年代みたいだ。

 友達の家に来たみたいな感覚になってしまいそうだが、彼女は推定でも七十は超えている。

 色々気になることはあるが今はギュッと抑えて、アトレは彼女の家にお邪魔した。

 内装は至ってシンプル。

 見た感じ部屋は一つもなく、二階も存在しなさそうな室内にベッドとテーブルセットが一つ。壁には少し広めのキッチンと椅子が四つ置かれたダイニングテーブルがある。

 あとは真っ黒な大きな鍋があったり、床に読みかけの本とかが散らばっていたりするだけで普通のアパートのような家だ。


「そこに座って。コーヒーか紅茶、何がいい? えっと、アミュにはジュースを出すよ」

「いいんですか?」

「もちろん。こうやって誰かにお茶菓子を出すのやってみたかったのね〜」

「なら、私は紅茶で」

「わたくしもお嬢様と同じので」

「俺もアトレと一緒にするよ」

「りょーかいっ」


 なんだか楽しそうなリトナードはキッチンでガラスのティーポッドに茶葉とお湯を入れて、アトレたちの前に置いた。

 その紅茶を蒸らす間、白い大きな横開きのクローゼットから何故かジュースが出てきて、それを取り出してガラスのコップに注いでからアミュの前に持ってきた。


「どうぞ」

「ありがとう! 魔女さん」

「いいのよ。後でお菓子も持ってくるから」


 お菓子と聞いてアミュは目を輝かせる。

 今のリトナードは見た目は若くてもやってることは孫を甘やかすお婆ちゃんのそれだ。

 アミュ以外の三人はそのことに気づいているようだが、アトレも含め口が裂けても言えなかった。

 なんせ、リトナードがこんなにも楽しそうに、何よりお姉さん扱いがとても嬉しそうに見えたからだ。

 そしてリトナードが白のティーカップを四つ持ってきてそこに紅茶を注いでアトレ達に渡すと、椅子を持ってきてアトレの横の誕生日席に座った。

 リトナードが紅茶を飲んでからアトレは飲むと、リトナードは間合いを見て話を切り出してきた。


「早速本題に入りたいとこだけど、ワタシがどうしてこんなにも若いのか不思議で話せないよね」

「言われてみればめっちゃ気になるぜ」

「だから先にワタシへの質問タイムにしてもいいかしら。その方がこれから話しやすいでしょ?」


 彼女の言う通り、アトレの想像と違いすぎた<翠煌の魔女>の姿ではどうも気になって話しにくい気がする。

 なんならアトレもリトナードが紅茶を出している時にチラチラと観察してしまっていた。

 時間はたっぷりあるからまずは彼女のことについて聞いてみることにした。


「まず、私から聞いてもいいですか?」

「もっちろん! 包み隠さず答えてあげる」

「失礼かもしれないですが、なんでそんなに見た目が若いのですか?」

「早速来たね。理由は、大昔に魔法の実験で失敗しちゃって、気付いたら老いが止まったのよ。でも不老なだけで不死ではないからいつかは死ぬけどね」


 最後の最後までリトナードはすごくあっさりと答えた。

 そもそも気にしていないみたいだ。

 ただ老いないというのは少し羨ましい。

 そして次にラスカが手を挙げた。


「俺もいいか?」

「どうぞどうぞ。好きなだけ聞いて」


 ラスカが振り返って後ろの棚にあった額縁に入った二枚の写真を見た。


「このショートの女の子は若い頃のリトナードさんだよな?」

「そうよ。昔からこんなにも可愛かったんだから、目に焼き付けておきなさい」


 彼女の自己肯定感の高さはアトレも欲しくなる。

 ラスカはリトナードの勧めを受け流して尋ねた。


「じゃあこの写真の横にいる大柄な男性は誰なんだ? 言っちゃ悪いがあんまリトナードさんに似てない気がするし……」

「それは……」


 さっきまで明るかったリトナードの顔が暗くなる。

 暗いと言うより、苦しかった思い出が蘇ったかのような顔だ。

 それに気付いたラスカはあたふたして謝る。


「ごご、ごめんなさい! 別に悪気があって行った訳じゃないんだ。もし言いたくなかったら俺は気にしないぜ」

「はぁ……別にいいよ。元はと言えばワタシが始めた話だしね。ちょっと暗くなるけど、気楽に聞いてくれればいいよ」


 リトナードは俯いてボソッと呟くと、己を落ち着かせるように紅茶を口に含んだ。

 そして彼女は顔を上げて話し始める。


「彼はね、ワタシのお義父さん。実の父じゃなくて育ての父なの」

「育ての……」

「そう。ワタシの本当の両親は竜に殺された。もう顔も覚えていないわ」

「竜?!」


 アトレは思わず机を叩いて立ち上がった。

 アーク曰く、竜というものが公式に初めて確認されたのがロコモアらしく、それまでは化石でしか存在していなかったのだ。

 しかし今リトナードは竜に両親を殺されたと言った。

 アトレの知らないところで不可解なことが起きていた。


「竜、君たちも知ってるよね。ワタシも人伝に聞いたけど今の宮廷魔法使い、そう君の姉のルミネ・エマニュエリが色々暴いたって。そういえばそこには旅人もいたって言ってたけど君たちだったのね」


 リトナードはエライじゃんというような笑みを溢す。

 そんな彼女の弛んだ顔も束の間、すぐに先ほどの強張った表情に戻った。


「話を戻すけどそこで両親を失って孤児になったワタシは、死にかけのとこを運よくお義父さんに拾ってもらったのよ。それからたくさんのことが起きて、その写真は宮廷魔法使いになった時にワタシの先生が撮ってくれたの。だけど革命前の混乱で軍人だったお義父さんは死んでしまった」


 リトナードの息が少し荒くなる。

 もう慣れているような抑え方だが、すごく辛そうだ。

 それで心配そうに見るアトレ達に気遣わせないようにするためか、リトナードは必死に笑おうと取り繕っていたが自然には笑えていなかった。

 そして諦めたかのように笑うのを止めた。


「ごめんね。見ての通りワタシはもう壊れちゃってるの。こんな風に過ごすには誰かを演じて誤魔化すことしかできない身体になっちゃったんだ。……それがワタシの過去の話。今では笑い話にできるくらい元の自分と向き合えてるけどね」


 簡単に話していてもあまりにも重く辛い過去にアトレは息をするのすら忘れてしまっていた。

 それにリトナードは先ほど、誰かを演じていると言っていた。

 さっきまでリトナードが笑っていたのは演じていた笑顔だったのか。

 アトレはそうは思わない。アトレには彼女が自然に心の底から笑っているように見えたのだ。

 アトレの勝手な推論だが、もしかするとリトナードがここまで精神を修復できたのは、心の底から信頼できて預けられる相手がいてその人の真似をしているからだと思う。

 恋人ではない、アトレで言うラビナみたいな相手がいたのかもしれない。

 でなければ彼女は……


「そんな暗い顔しないで。笑い話って言ったじゃん」

「でも……今の話はとても笑い話には感じられないのよ。リトナードさんが話しているとき、すごく苦しそうな顔をしてたし……」


 それを聞いたリトナードはさっきみたいな明るい顔にスンと戻った。

 

「確かに、今の話はたまに夢でみるくらい辛いけど、今はもう向き直ってるの。だからそんなに深く考え込まなくていいわ」


 そう言うリトナードは自然な笑い方をしていた。

 アトレ達に本当に気にして欲しくないみたいで、彼女自身ももう向き直っているみたいだ。

 だったらもう、踏み込まない方がいいのだろう。

 そうアトレが思っているところ、ラスカが空気を読まず暗い声でとんでもないことを聞いた。


「じゃあ、リトナードさんのその自己肯定感の高さも、誰かを演じているのか?」


 リトナードとラスカ以外の全員が凍りつく。

 アミュですら手持ちのお菓子を食べる手を止めたほどだ。

 アトレがラスカを止めようとする前にリトナードは堂々と言い張った。


「その性格は元からよ。だってほら、ワタシって七十過ぎてもこんなに可愛いし」


 すごく自然と彼女はドヤ顔で胸を張る。

 そのせいで今までアトレが考えていたことが無駄になった気がした。

 リトナードが壊れた精神を修復できたのは、彼女の自己肯定感の高さが原因だったのかもしれない

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