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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
幕間 翠煌の魔女編
109/121

番外編 「暇を持て余した」「神々の」『遊び』

 終わりの見えない小麦畑の中、赤い小さな子竜とキャッキャと遊んでいる金髪の少女を、銀髪の女神アルネミアは淡々と眺めていた。

 その金髪の少女はアルネミアの友達である豊穣神ケレースとそのペットの竜のユーちゃんだ。

 もちろん、彼女の前でその翼竜ペットといえば一ヶ月は口を聞いてくれなくなる。無論、神にとっての一ヶ月は一日みたいなものだが。


「あなたってそのペッ……ユーちゃんと遊ぶのが好きね」

「それはもちろん、ぼくにとってのユーちゃんは家族だから」


 アルネミアにはペットという概念がよくわからない。

 動物なんてすぐ死んでしまうし、癒され方とか付き合い方がわからない。

 でもケレースがユーちゃんを家族というのは、単なる遊び相手とかではなく仲の通じ合った一心同体的なものなのだろう。

 そうやって言い聞かせていると、風に乗って聞き慣れた愉快な音楽が耳に入った。


「ねえミア! またこの季節が来たよ!」

「アルネミアの祭日。あなたとの再会を願うための日だけど、なんでそんなことをする必要があるのかしら」


 アルネミアは抑揚のない低い声で淡々と話す。

 そんな自分のことなのに興味がないアルネミアに対し、ケレースはものすごく行きたそうにしていた。

 手を握って目を輝かせてアルネミアを見ていた。


「今年こそは行こうよ! ねね、お願い!」

「もう聞き飽きたわ。何百回は言ってるわよ」

「別にいいじゃん! しかも今年は、アトレが巫女をやるらしいんだよ!」


 アトレと聞いてアルネミアは少し驚いた顔をした。

 ケレースの家族を救ったのがその少女らしく、事実、ケレースは実際に会っていて、昔から見守っていたお気に入りの子らしいのだ。

 なるほど、だから今年はこんなにもテンションが高く行きたそうにしているわけだ。

 だとしてもアルネミアにとってメリットはなく、わざわざ下まで行くのは相当面倒だ。


「そんなにみたいなら一人で行きなさい」

「なんでぇ。ぼくは、今年は絶対ミアと行きたいの!」


 そう言われてアルネミアの白い頬がほんのり赤く染まった。

 こちらでもあまり友達が少ないアルネミアにとってのケレースは昔からの親友であり、自身も彼女の後を追うくらいアルネミアはケレースが大好きだ。

 だからいくらクールでぶっきらぼうな彼女でも、一緒がいいと言われてしまうと嬉しくてちょっと恥ずかしい。

 つまり、断ることができないのだ。


「……ちょ、ちょっとだけなら」


 聞こえないくらいか細い声でアルネミアは言う。

 風に乗って彼女の言葉はケレースに届いた。

 するとケレースは大喜びして小麦畑の中に飛び込んだ。


「やったー! ミアが来てくれるって、ユーちゃん!」

「キュー!」


 子竜のユーちゃんも一緒になって喜び、ケレースと笑いながら戯れていたのだが、残念ながらユーちゃんは下に行くことができない。

 第一にユーちゃんはすでに死んでいて俗世に降りれないことと、たとえ降りれても子竜なので人に合わせるのは色々とまずい。


「ケレース、その竜は置いて行きなさい」

「知ってる。だからお土産買ってくるねー」

「キュキュ!」


 小麦畑の中でケレースの声がすると風が吹いた。

 思わず瞬きをしたら目の前にケレースがアルネミアの手を握って立っていた。


「行くよ、アルネミア。久しぶりにきみの祭りに行こうじゃないか」

「……そうだね」


 風が吹いて、アルネミアはゆっくりと目を閉じた。



* * *



「着いたよ、ミア!」


 次に瞼を開くと、雪が降りしきる夜の町が目に入った。

 どこだ? と思っていると、アルネミアの鼻に懐かしいコンソメのスープの匂いが入ってきた。

 思い出した、ここはロシュチカ。

 愉快な音楽と人々の笑い声がとても懐かしい。

 思わず口を開けて見惚れているとケレースがアルネミアの頬を突ついた。


「ぼくに見惚れてるの?」

「町に決まってるじゃない。はぁ、昔から何一つ変わっていない……懐かしいわ……」


 ケレースが初めてここに連れてきた時も、今日と同じような雰囲気だった。

 寒さは何一つ感じない、とても楽しい夜だった。

 あの時のスープや音楽はまだ残っているのかな? とケレースそっちのけで思っていると、いつの間にかアルネミアの手には温かいスープが握られていた。


「ケレース、これは?」

「スープ、さっき貰ってきたんだ」


 そういうケレースも同じスープを持っていた。

 雪に負けじと白い湯気を立てるスープは持っているだけで、手がじんわりと暖かくなる。

 いつの間にか首に巻かれていたマフラーをどかして、アルネミアはスープを一口飲んだ。


「味、変わってる」

「そりゃそうだよ。スープの味は作り手によって変わるし、何しろ時代によって昔のスープは再現できなくなる。でもミアは昔のスープの味を覚えていたからそんなことが言えたんだよ」

「……そうだね。私にとってあれが一番記憶に残っているから」

「なら今日は、ぼくがミアの一番楽しい思い出になるようにするよ! ほらあっち!」


 分厚いコートを着て白い息を撒き散らすケレースは、嬉しそうにアルネミアの手を掴んで走り出した。

 風のように走る彼女の足に迷いはない。

 真っ先に屋台街へ飛び込んだ。


「すごい……人間が、こんなにたくさん」

「初めて来た時、ここはまだ『アルネミアの祭日』とは呼ばれていなかった。でもミアとぼくが来て、きみを祝福する祭りに変わったんだよ」

「急にしんみりしちゃってなによ」

「ぼくはしんみりなんてしてないよ。なんなら、今すごくワクワクしてるんだ。さっき、きみを祝福する祭りって言ったでしょ」

「そうだね」

「だから、『アルネミア(きみの名前)』を言えば全部ただで遊べちゃうんじゃないかな!?」

「やめなさい」


 たまにケレースがおかしなことを考えて、いたずらっ子みたいな笑みを浮かべる時がアルネミアは非常に好きだ。

 ただし、考えていることは非常に危険で本当に意味がわからないが。

 しかし、無料で遊べることには少し興味がある。

 アルネミアは面白半分で、近くの遊芸屋台の店主に話しかけてみた。


「ねえ、私アルネミア」

「女神様と同じ名前か? これは祝福された娘だな。ちょっくらやってみるか? わしも祝福されたみたいだ」


 まさか本当に無料になるとは。

 引き攣った顔でケレースを見た。

 ケレースもまさかアルネミアがこんなことをするとは思っていなかったらしく、あたふたしていた。


「そこの金髪の女の子は友達かい?」

「そうよ。ケレースっていうの」

「ケレース? ハハッ、お前たち本当の女神様みたいだな! いいからこの銃を持ってみな」


 本物の女神達は店主からコルク銃を渡された。

 撃ち方はよくわからないが、この持ち手の近くにちょうどよく設置されている突起を引けば弾が飛ぶらしい。

 そしてそれを的に当てればいいみたいだ。

 当てたらもらえるのかな?


「ケレース、勝負よ」

「負けないぞ!」


 アルネミアは隣にいた客の見様見真似で引き金を引く。

 ポンという軽快な音と共にコルクの弾が発射され、小さな箱に命中して倒れた。


「ケレース、私はもう倒したわよ」


 ケレースに自慢すればどんな顔が見れるのだろうと思い横を見てみると、ケレースは唇を噛んですごく気難しそうな顔をしていた。

 彼女が引き金を引くとコルクの弾は真っ直ぐ箱の横を大きく外した。

 どうやら一発も当たっていないらしい。

 そうして外しているうちに、ケレースは全てを撃ち尽くしてしまった。


「随分腕がいいようで」

「ミア! ぼくはまだ本気出してないから!」


 銃を台に置くと、ケレースはプンスカ怒りながら路地裏に駆け込んだ。

 一瞬の眩い金色の光が路地裏から漏れた後すぐに、アルネミアの横に金髪の背の高い女性が現れた。


「店主、ぼくにも一回やらせてくれないか?」


(やったわね、ケレース……)


 どうやらケレースは大人になることで腕を上げようとする魂胆なのだ。

 もちろん同一人物とは口が裂けても言えないので、アルネミアは他人のふりをして大きくなった彼女をそっと見ていた。

 腕を伸ばすとアルネミアより遠くに銃口が届き、見た目は歴戦の戦士のようだ。


「ここだ!」


 少し低くなった声でケレースが叫びながら引き金を引く。

 しかし、的の目の前まで銃口が来ているのに彼女は弾を外してしまった。


「この銃壊れてるだろ! そこのきみ、ぼくにその銃を貸してくれないか?」


 大人姿のケレースはアルネミアに手を差し出す。

 アルネミアは全てを知っているためなんとも思わないが、側から見れば子供っぽい大人が子供からカツアゲしているような光景だ。

 残念ながらこの女神たちはそれに気付くことも気付いたこともない。


「いやよ」


 アルネミアは淡々と面倒臭そうに断る。

 しかしケレースの方もそんなのお構いなしのようだ。


「貸しても減るもんじゃないんだからちょっとだけ借りるよ」


 そう言ってケレースはアルネミアの手からコルク銃を取り上げると、すぐさま構えて前のめりになって狙った。


「当たれ!」


 ケレースが引き金を引く。

 だけどアルネミアの予想通り弾は微塵も当たる気配がなく、あっちの空へと飛んでいった。


「くそぉ! なんでぼくだけ当たんないんだよぉ!」

「素質が悪いのよ」

「ふん! この銃は返す」


 ケレースは銃をアルネミアに押し付けるとズンドコ歩いてまた路地裏に逃げ込んだ。

 そしてすぐに小さくなった元のケレースが戻ってきた。


「ミア! ぼくが使う時だけ風を弄ったでしょ!」

「私は風を操れないわ」

「んもう! ぼくはどこかでやけ食いしちゃうからね!」

「いってらっしゃい」

「一緒に来てよぉ……!」



* * *



 それからというものの、景品のパンの耳を貰ってそれを食べながらアルネミアとケレースは屋台街で食べ歩きをした。

 揚げたポテトを食べたり、名前ゲテモノ料理のスライム飯を食べたりと不思議な人間の生活を満喫した。

 そして最後に町の中心にあるアルネミアが作った氷の池にやってきた。

 どうやらここでアトレというケレースお気に入りの少女が踊るらしいのだ。

 二人は人の合間を縫って一番前に出てきた。


「懐かしい。ここは私があなたのために作った池」

「今はきみのためにあるね、ミア」

「私の名前とかけてる?」

「バレた?」


 ケレースは子供っぽく笑う。

 その時、人の声が止んで池に白の巫女服を着た翡翠の瞳の少女が現れた。


「ミア、あの子がアトレだよ」

「……風の少女。見た目は雪だけど内面はケレースに似てる」

「正解。だからぼくはアトレのことを気に入ったんだ」


 アトレからは氷魔法が得意という魔力の流れは感じない。

 それを感じ取れたのは自分が氷の執政で、かつ親友が風の執政だったからか。

 雪で魔力を感じていると、ケレースがアルネミアの肩を叩いた。


「ミア。始まるよ」


 アトレが氷の上を滑る。

 まるで雪の上のペンギンのように滑らかに自由自在に滑る。


(友達に捧げる舞だ。みんなももっと昔から、私にじゃなくて友達に捧げればいいのに。だって私も友達に捧げたのよ)


 アトレの舞に合わせてアルネミアは雪や氷を演出に使う。

 どうせ見るなら誰から見ても美しく見えてほしい。

 するとアルネミアに合わせるように風が吹いて舞った雪を操る感覚がした。

 ケレースがアルネミアの意図に気づいて協力してくれているみたいだ。

 二人がアトレを援護しながら舞を最後まで見続けた。


 そしてアトレが氷から降りた時、アルネミアはどっこいしょと柵を登り始めた。

 それを見たケレースは急いでアルネミアの服を引っ張って焦りながら止めた。


「ミア! 何をするつもりなの!」

「今日は楽しかったからケレースに舞を贈ろうと……」


 アルネミアはすごく真面目な顔で、登りかかった柵からケレースを見下ろす。


「きみが踊ったらすぐに神さまだってバレちゃうよ」

「確かにそうね」


 ケレースに言われて確かにと納得したアルネミアはゆっくりと柵から降りた。

 それからホッとしたケレースは降りたアルネミアにそっと優しく語りかけるように呟いた。

 

「だからきみの舞は、ぼくだけに見せて」


 ケレースが頬を赤らめて微笑む。


「そうだね。私の舞はあなたのもの」


 アルネミアは雪のように白く氷のように透き通った髪を耳の後ろにかけてにっこりと笑い、ケレースの頭を後ろから抱え込んで自身の顔に近づけた。

 そして目を瞑り、彼女の柔らかい唇に優しく触れるように口付けをする。

 溶けるようなキスの後、アルネミアは頬を赤くしてケレースの優しい瞳をもう一度覗いた。


「だから私も、あなたを独り占めにしていいよね。ケレース」


 微かだが、アルネミアの手が触れているケレースの耳が熱くなった気がした。

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