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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
幕間 翠煌の魔女編
108/121

Ⅸ. 消えた

 ニネットに自身の思いの丈を全て吐いて家に戻ってから、リトナードはまた普通の日常を送っていた。

 ニネットに助けてもらった翌日の朝は急激な喪失感に襲われ、朝起きてから夕暮れまでずっと布団の中で静かに泣いていた。

 前に彼女に勧められた通り温泉旅行に行ったり、一度だけ陰部に触れて自分を慰めようとしたが、気を紛らわす程度にしかならなかった。

 たまにニネットが来てくれると寂しくなって泣いて慰めてもらったり、何気ない話をして一緒にコーヒーを飲んでみたりもしてみた。

 それだけでもリトナードにとってはものすごく楽で、心の支えとなっていた。

 エミールはミシェルが亡くなるずっと前に実家に帰ってしまっているので、話し相手がニネットしかいなかったが、誰もいないよりは全然楽でリトナードの精神状態も少しずつ良くなってきていた。

 それで気分がいい日は外に出て散歩したり、お墓参りに行ったりして過ごすこともできるようになった。


 食欲も前と同じくらいに戻った頃、ニネットはもう心配ないと言い残して実家のあるエスト公国に戻った。

 どうやらあちらの方も平民と貴族の対立が激しく、残っている父母が心配なんだとか。

 それからは彼女がいなくなって寂しく感じる日々が続いたが、もうメソメソ泣いたり食欲が失せることなんてなかった。

 実はこの時点で後に革命と呼ばれる出来事が起きるまで一ヶ月を切っていた。

 ここまで長かったがある程度まで回復できたのはニネットお姉さんのおかげだ。

 ちなみに宮廷魔法使いの仕事は全部放棄して山積みになっている。

 正直やる気がないし、なんかもう国が負けそうだからやる意味がないと思っていた。


 そしてついに革命が起きた。


 モンカルム市民を宮廷魔法使いと武力で弾圧しようとした国王を恐れ、不安が高まった彼らが別地点の革命軍と合流し、武器庫がある監獄を襲撃。

 降伏した国王はリトナードへの愚痴をこぼしながら、革命の主導者であり初代皇帝のベルナール・オルレアンの元へ連行。後に処刑された。

 ヴァリエ王朝が畳まれた理由としては行き過ぎた平民への圧政と四大公爵家の陥落、裏切り、内乱による手付かずと、宮廷魔法使いの戦意喪失が挙げられたのだが、当の本人——リトナードは自分が敗因だとは微塵も思っていなかった。

 むしろどうでもよかったのだ。

 自分のことで手一杯で仕事を放棄していたら、いつの間にか国が変わっていた。

 そんな感じでまるで他人事のように革命後も過ごしていたら、突然真新しい制服の兵士が家を訪ねてきた。


「どちら様?」

「宮廷魔法使いの<翠煌の魔女>リトナードだな」

「そうよ。捕まえるなら早くして」


 リトナードが強気に言うと、兵士は彼女に拘束魔法をかけようとした。しかし、リトナードには拘束魔法は効かないので舌打ちして苛立たせながら、彼は「ついてこい」と言った。

 最初は処刑だと思ったが、一人できた上に手錠もないときた。

 どうやらこれから予想ができない展開になりそうだとリトナードは思う。

 しばらく歩くと質素な馬車が見えてきて、それに乗せられると街から少し離れた監獄に連れていかれた。


「リトナード、お前はこれからベルナール様の判断が下されるまでここにいることになる」

「つまり、いつ死ぬかわからないってことね」

「…………黙れ、早く牢に入れ」


 連れてきた兵士は悔しそうに声を震わせて言うと、リトナードの背中を蹴って牢屋に入れた。

 急にそんな事をされてたまったもんじゃないリトナードは、腰を抑えながら睨んで怒った。


「ちょっと! 女の子に対して何するのよ! モテないわよ!」

「無駄口を叩いたお前が悪い。罪人はそこで大人しくしてろ」


 牢の扉が力一杯閉められた。

 どうやら彼は相当リトナードに恨みがあるようだ。

 しかし、リトナードは思った。

 魔法界の頂点である宮廷魔法使いを収容するのに魔法抑止の魔道具は無いし、扉はちょっと魔法を使えば壊せそうにもある。

 しかもなぜかこの部屋だけ、小説が数冊置かれているのだ。

 なんというか、かなりの高待遇である。


(帰りたければいつでも帰っていいってことね)


 そんなこんなで牢屋にぶち込まれてから一年が経った。

 定期的に本は変わるし、看守の人と仲良くなって魔法を教えたり、とてもじゃないが囚人の生活ではない生活を過ごしていた。強いて言えば服だけ薄っぺらい布切れ一枚ということだけか。

 全く、思春期の女の子に対して配慮が足りないわ! と、たまに看守に愚痴をこぼしていると、今度は急に宮廷に連れて行かれた。

 投獄されている間に知ったが、どうやら新しく皇帝が即位したらしい。

 おそらく処刑が下されるのだろう。そう思っていると、リトナードは皇帝のいる玉座の間に連れて行かれた。

 元々、前国王の座っている場所に平民上りの皇帝がいるとは皮肉に感じてしまう。

 リトナードを連れてきた兵士は前と同じ人で、彼女の頭を無理矢理皇帝に下げさせて跪かせた。

 そんな強制しなくても自分でできるのに。

 そして金髪碧眼で初老の皇帝は、リトナードに対して低い声でこういった。


「宮廷魔法使いを復活させようと考えているのだが、主はどのように考える」

「は?」


 あまりにも予想外な言動に、リトナードは思わず顔を上げて舐めた口をきいてしまった。

 そのせいで連れてきた兵士に再び頭を押さえて床に着けさせられた。


「お前! 陛下の御前だぞ! なんだその口は!」

「悪かったわね……牢獄から出されたと思ったら罪人に罪人への成り方を聞かれたら誰でもこうなるでしょ」

「まあやめなさい、ラファイエット。彼女はまだ十八だ。間違いもあるだろう。それで、主はどう思う」


 そうして皇帝——ベルナール・オルレアンはラファイエットを宥めて、リトナードの答えを待った。


「まあ、あまりいいことではないわね。これって敬語使った方がいいの?」

「我は気にせん。続けたまえ」

「もし宮廷魔法使い制度を作るなら公にしない方がいいわ。それと選考方式は以前より易しく、あくまでもまつりごとに関わらない魔法の監督官、あるいは精鋭部隊のような感じの方がいいわよ」

「では、実践も可能な専門家や国家の護衛などの在り方はどうか?」

「それなら……」


 リトナードとベルナールの会談は実に五時間を超えた。

 魔法のことを考えると時間が経つのを忘れてしまうくらい没頭してしまうリトナードは、久しぶりに有益な会話ができたと実感した。

 だが、この間のラファイエットからの視線がとても痛々しかったが。

 そして会談が終わると、皇帝はリトナードに何か一つ願いを叶えてやると言ってくれた。

 もちろん、現在監獄に収容されているリトナードはなによりも自由が欲しかった。

 だから交渉が通るように自ら条件をつけて、皇帝に提示した。


「なら、ワタシを解放して旅に出させてくれる? もちろん、あなたには協力するし、新しい社会に手を出すつもりはないわ」

「解放か……よろしい」


 威厳のある低い声で皇帝が告げたその時、ずっと黙っていたラファイエットが痺れを切らしたかのように声を張り上げて話に割って入った。


「お待ちください、陛下! <翠煌の魔女>は我々の仲間を多く奪っております故、このような処分は死んだ仲間にとっても無念にございます」

「主はそう申すか」

「はい。陛下の意見に不満があるとはいえ、それが完全に間違った判断と決めつけているわけではありません。ですが、口約束での不可侵など信用に値するものでしょうか」

「ワタシもそう思うわ」


 突然声を上げたリトナードに、ラファイエットは目を丸くして驚いていた。


「口約束なんて所詮は会話のうちに過ぎないわ。忘れたといえばそんな契約なんていつでも破れる。それにあなたたちは知ってると思うけど、ワタシの父はあなたたちに殺された。今でも憎いけど、正直このまま引きずっていてもしょうがないし、何しろ……」


 こんな時、誠実だった養父のミシェルはなんと言うのか。

 きっと過去の争いを今しても何も生まれないと言うのだろうか。

 だったらワタシは、国王軍第四騎士団隊長の娘として、ミシェル・ネイの一人娘として胸を張って生きられるような人になりたい。


「お義父さんは復讐を望まないはずだから。だからあなたたちがワタシにちょっかいを出さない限り、ワタシも何もしないし、少しくらいならいい国にする協力もするわ」

「寛大な心に感謝する、<翠煌の魔女>よ。ラファイエットもそれでいいか?」


 皇帝が尋ねると、ラファイエットは不服そうな顔をしつつも縦に頷いた。

 そしてリトナードは補足するように呟いた。


「別に、ワタシは寛大な心を持ってなんかいないわ。本当にすごいのは、ワタシのお義父さんなんだから」



* * *



 皇帝との会談から一週間後、リトナードは正式に監獄から出れて晴れて自由の身となった。

 ただ、解放と旅の条件として、旅の終点に着いたら必ず手紙を皇帝宛に出して居場所を教えなければならないと言われたが、どうだっていい。

 どうせこれからの旅は死に場所を探す旅なのだから。


 監獄から出てきて一番最初に向かったのは自宅だ。

 一年ぶりに戻ってきた自宅の中は埃まみれでだいぶ汚かったが、なぜか調理中だった鍋や洗濯物が中にしまわれていた。おそらく大家さんがやってくれたのだろう。

 リトナードは掃除をしてから、帰宅途中に買ってきた旅行鞄に服とお金、そして残った二枚の写真をそっと入れた。

 そして必要なものを全て詰め終えると杖を持って少ない家具だけの家を後にした。

 それからは大家さんに会って退去の話をした後、モンカルムからリトナードは姿を消した。

 旅に明確な目的地はないため、ブラブラと歩きながらエーベル地方に住むエミールに会ったり、エスト地方にいるニネットの元を訪ねたりした。

 生まれたての魔族を助けたり、魔物討伐の依頼を受けたりした二年間の長旅の末、リトナードはリヴィエール地方にあるとある小さな村が目に入る。


(ベルヌーイ村……すごく小さくて質素な村だけど、なんだか懐かしい……)


 気候、風景、風の吹き方など昔に潰れた故郷の村と全く違うが、とても静かで、それでいて子供が楽しそうに笑っていて、まるで実家に帰ってきたみたいだ。

 本当は新居を構える予定はなかったのだが、あまりの懐かしさにリトナードは思わずここに死ぬまで住むと決めてしまった。

 ベルヌーイ村の雰囲気が気に入ったリトナードは、村から少しだけ離れた小高い丘の上に小さな一軒家を魔法で一から建てた。

 内装は元いた家のように。

 外装は記憶の中の故郷の家のように。

 養父と写った写真は元の家にあったような棚の上に置いた。

 そしてそれを眺めながら今日もリトナードはコーヒを飲む。


翠煌の魔女編 終わり

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