Ⅶ. ツキヨミ
ニネットが自身の仕事の傍ら後輩のリトナードの手伝いをして一年、最近はリトナードが遠征に駆り出されて家に不在のことが多く、置き手紙を残して連絡を取り合っている。
最近起きたこと、これは許可して良いのかなど、仕事の話や新しい服を買ったなどの他愛のない会話が多い。
最初の最初は自分を覚えていなかったり、急に改まって敬い始めたりと変な子だと思っていたが、リトナードの根はそんなこともなく人懐っこくてどこにでもいる普通の女の子だと思っていた。
ニネットが彼女の過去を思い出すまでは。
仲良くなっていろいろ話を聞いているうちに、過去に担当した×××公国の不可解な竜事件で生き残った孤児と一致しているのだ。
その時は占星術を使って彼女のことを簡単に調べたのだが、普通の子と特に変わりのない結果だった。
だけどリトナードと孤児の子が同じだと最近になって気付いてから、ニネットは昔の記録を引っ張り出してもう一度占星術を使用してみようと決めた。
そして今日、久しぶりの晴天で風もなく星詠みにぴったりな日なので、モンカルムから離れて近くの丘に来ていた。
満天の星空に月はなく、星だけが見える星詠み日和だ。
「星よ、<星骸の魔女>ニネット・サンローランに<翠煌の魔女>リトナード・ネイの運命を教えたまえ」
ニネットの橙の瞳には星が映っている。
しかし、リトナード・ネイの運命だけは映らない。
(どうして! あの子の名前はリトナード・ネイで合ってるのに!)
ニネットは<星骸の魔女>の名の通り、星に関することはなんでもできると自負している。
特に占星術は実家が魔法一家で、しかも星詠みによる占星術にも長けていたのでできないはずがない。
万が一やり方を忘れてしまっているかもしれないので試しに母を占うと、頭の上に大根が落ちてきた。
「あでっ」
母は自分の運命を見ようとする人の頭の上に大根が落ちてくる呪いを自身にかけているので、占星術自体は間違ってはいないようだ。
ならどうしてリトナードの運命だけが見えないのだろう。
彼女は孤児で養父のミシェル・ネイとは血が繋がっていない。
彼女の魔女名は<翠煌の魔女>リトナード。
自身は<星骸の魔女>ニネット・サンローラン。
「……わかったわ。リトナードには名前がないんだわ」
ニネットはすごく簡単なことを見落としていた。
リトナードは一度も、自身をリトナード・ネイと名乗ったことがない。
彼女には姓がないため、不完全な名前で星を詠んでしまったのだ。
あっけなく簡単すぎる理由に自分が馬鹿らしく感じる。
でもどうして彼女は姓を持たないのだろうか。
今の時代、どんなに貧しい人でも姓は必ず持っている。
忘れてしまったのか、はたまた知らないだけなのか。
どちらかといえば知らない可能性の方が高い気がする。だって当時の彼女は幼過ぎたのだ。
×××公国の竜事件の際、どこかの公爵に記録を全て消せとニネットは脅されていた。
そもそもその村の戸籍表が焼けてしまって、誰も名前を知らない状態で幕を閉じていた。
だから面倒ごとになる前に燃やしてしまったことを、今更ながらも後悔した。
(これじゃリトナードを占えないじゃない! でも、どうしてあの時は占えたのかしら……)
昔見た一人の女の子の占い結果を思い出す。
そんなこと忘れてしまっていそうだが、無理矢理にでも記憶を引っ張ろうとした。
そして、星が見てわかるほど動くくらい時間が経って、ハッと口を開けた。
「思い出した……!」
あの日は月で占ったんだ!
淡い記憶が鮮明になって浮かび上がった。
月を使った占いなら多少情報が曖昧でも運命を指し示してくれる。特にリトナードという名前は珍しいから姓が欠けていても占えたのだろう。
しかし今は月なんてどこにも見えない。
(今日はまだ満月の日から少ししか離れていない! だったら上なら!)
金色の杖を取り出すとニネットは風と共に空中に浮かぶ。
ずっとずっと高く、モンカルムの街の光が小さくなって山より高く飛び上がった。
まだ見えない。
上空は風が強く魔法が安定しない。
ふらつく中でも上がり続け、ついに地平線の影に黄金の月が現れた。
「見えた!」
魔力が切れて墜落する前に急いで占星術を始めた。
「星と月よ、<星骸の魔女>ニネット・サンローランの瞳に<翠煌の魔女>リトナードの運命を映し出せ!」
ニネットの脳裏にリトナードの運命が見えた瞬間、彼女はふっと墜落した。
あまりの衝撃的な運命に飛行魔法をやめてしまうほどだった。
その結果は——
(翡翠の子は助からない。悲劇は終わらない……。こんなの、酷すぎるわ…………)
* * *
ニネットが星詠みをしていたその日、入れ違いでリトナードは家に戻っていた。
今日はエーベル公国でエマニュエリ公爵家との魔法研究の対談があった。
モンカルムからだと意外と近いので、リトナードが飛ばせば飛行魔法で半日で帰って来れる。
だから誰もいない家に着いてからは急いで昼ごはんを作っていた。
長く伸ばし始めた髪の毛を高い位置に留めて、エプロンをつける。
ゆで卵を作ろうとお湯を沸かしていると、家の鐘が強く二回鳴った。
ニネットはもっと優しくならすので知らない来客だ。
「どちら様ですか?」
扉を開けると国王軍の兵士が二人、神妙な面持ちで立っていた。
そしてわざと小さく低い声でリトナードに尋ねた。
「ミシェル・ネイさんの娘のリトナードさんで間違いないですか?」
「えっ、まあそうですけど」
二人の兵士はお互いに顔を見合わせた。
そしてもう一人がリトナードを落ち着かせるように優しく声を出した。
「落ち着いてください。あなたの父、ミシェル・ネイ騎兵隊隊長は亡くなりました」
鍋からお湯が吹きこぼれた。




