第89話 リラの小さな悩み事
【ジパング大使館・応接室】
笑いながらそう言うと、グラバーは一度、ステラたちへ目を向けた。
グラバー「肩書きも、身分も、種族も関係なく。気づけば色んな連中があいつの隣で笑っていた」
そして、再びナオを見る。
グラバー「君の周りも、なかなか似たものじゃないかと思うがね」
ナオ「……そう、なんですかねぇ」
グラバーはステラたちを一人ずつ眺めていく。
グラバー「おそらく、普通に暮らしていれば同じ卓を囲むことすらなかったかもしれん連中だ」
ステラ「まあ……確かに」
カイ「俺、ナオさんたちが来るまでは外交官と知り合いになるなんて考えたこともなかったっすよ」
リラ「私も……そうですね」
リラはそう答えながら、少しだけ困ったように笑った。
リラ「というより……時々、思うことがあるんです」
ナオ「ん?」
リラ「皆さんは、外交官だったり、文官だったり、剣士だったり、魔導工学の技師だったり……それぞれちゃんと、自分にしかできないことがあるじゃないですか?」
そこで一度言葉を切ると、リラは自分の胸元でそっと手を重ねた。
リラ「でも私は、ただ村で喫茶店をやってるだけですから」
ノノ「リ、リラさん…?」
リラ「もちろん、皆さんと一緒にいるのは楽しいですし、嫌だとかそういうことじゃないんですよ?」
慌てて両手を振ってから、少し照れくさそうに笑う。
リラ「ただ……こんな普通の喫茶店の店員が、外交官のナオさんたちと一緒にいてもいいのかなって。たまに……ちょっとだけ思うことはあります」
ステラ「リラ……」
ナオ「リラさん、そないなこと気にしとったんかいな?」
リラ「た、たまにですよ?本当にたまにです」
どこか気恥ずかしそうに視線を落とすリラ。
そんな彼女を見つめていたグラバーが、ふっと目を細めた。
グラバー「私はむしろ全く逆のことを考えているよ!」
リラ「……逆?」
グラバーは新たに葉巻に火をつけて、一服吸ってから続ける。
グラバー「外交官が外交官と共にいる、剣士が剣士とともに語り合っている。何もおかしくはない」
カイ「まあ、そうっすねぇ」
グラバー「だが、それは普通だ。普通すぎて面白みなんてものはない」
そして、リラへ穏やかな視線を向ける。
グラバー「だが、外交官と文官と剣士と技師と喫茶店の店員が、こうして同じ部屋でくだらない話をして笑っている」
グラバーは葉巻を加えたまま両手を大きく広げ、その場に立ち上がる。
グラバー「最高にカオスで、最高に面白いとは思わんかね!!」
リラ「カ、カオス……ですか?」
思いもよらない言葉が飛び出し、リラはぱちぱちと瞬きをする。
グラバー「ああ!私はそういうものこそ大事だと思っている」
グラバーはゆっくり、ソファに腰を下ろしなおした。
グラバー「外交官に必要なのは、ただ秩序や規律に従い、同じ世界の人間とだけ付き合うことではない。自分とは違う場所に立つ人間の話を聞き、違う考え方を知り、それを自分の中へ取り込んでいく柔軟さだ」
リラ「違う……考え方……?」
グラバー「そうとも!外交官ばかりで集まっていては、外交官のお堅い考えしか聞けん。貴族ばかりで集まっていては貴族の中の常識しかわからん。だが、剣士と話せば剣士からみた世界が知れる!技師と話せば技師の合理的な考えを知れる!!」
グラバーはそこで、リラを真っ直ぐ見た。
グラバー「喫茶店の店主だってそうさ!君と話せば、この村の客たち…すなわち庶民たちの考え方、彼らしか分からないことを知ることができる」
リラ「…………じゃあ、私だからこそ……見えるものもあるんでしょうか?」
グラバー「あるとも!」
迷いのない即答だった。
グラバー「国というものは、議員や外交官や貴族だけで出来ているわけではない。剣を握る者もいれば、道具を作る者もいる。店を開き、客を迎え、毎日の飯を作る者もいる。そういう連中が全部ひっくるめて、一つの国というものなのだ」
???「ああ、俺もそう思うぜ」
グラバー「だろう?」
???「肩書きなんざ関係ねぇ。要は腹割って話せるかどうかよ」
グラバー「まったくだ」
ステラ「おい」
???「気に食わねぇなら拳を交えて、それでも、最後に気が合えば酒でも飲めばいい」
グラバー「フハハハ!いささか荒っぽいが、言わんとしていることは分かるぞ!」
???「おっさん、話わかるじゃねぇか」
グラバー「君もなかなか面白い男だ!」
???「へっ、照れるぜ」
ステラ「ちょっと待ちなさい!!」
突然の大声に、ナオが肩を跳ねさせる。
ナオ「うおっ!?なんやねん急に!」
ステラ「いやアンタたちなんで誰も気づかないのよ!?」
ステラがジト目のまま、ナオの頭上を指差した。
ナオ「……ん?」
つられるように、その場にいた全員の視線がナオのシルクハットへ集まる。
そのクラウンはいつの間に開いていた。




