第88話 受け継がれる思想
【ジパング大使館・応接室】
グラバーは次にリラへと目を向けた。
グラバー「さて……となると、残るは君だね」
リラ「は、はいっ!」
突然話を振られ、リラはぴんっと背筋を伸ばした。
先ほどまでカイを見て笑っていた表情はどこへやら。
帝国元老院の高官を前にしていることを改めて思い出したのか、見るからに緊張している。
ナオ「そんな固くならんでも大丈夫やって」
リラ「そ、そう言われましても……!」
グラバー「そうかしこまらなくていいぞ、お嬢さん。私もただの客だと思ってくれればいいさ」
リラ「ただの客……ですか?」
グラバー「ああ。少なくとも今は、元老院議員としてここへ来ているわけではないからね」
その言葉に、リラは少しだけ肩の力を抜いた。
ナオはそんな彼女を見て、小さく笑う。
ナオ「こちらはリラさん。このエサリカ村にある“ミルミル亭”で働いてはる方です」
リラは改めてグラバーへ向き直り、ぺこりと頭を下げた。
リラ「リラと申します。よろしくお願いします」
グラバー「こちらこそ。よろしく、リラくん」
穏やかに挨拶を返したグラバーだったが、ふと首を傾げる。
グラバー「ミルミル亭……。村の酒場か何かかね?」
ナオ「いえ、喫茶店ですわ。自分らもよう世話になってまして」
ステラ「『よう』、どころじゃないでしょ。ほとんど入り浸ってるじゃない」
ナオ「人聞き悪いのぉ。ちゃんと毎回お金払っとるで」
ノノ「で、でも……お金とは別のところで、かなりご迷惑かけてるような……」
ノノがおずおずとナオの帽子へ視線を向ける。
ナオ「……はてぇ~、何のことかいなぁ」
ステラ「心当たりしかないでしょ」
カイ「むしろ出禁になってないのが不思議なくらいっすよね」
ナオ「俺の意思やないねんけど!?」
リラ「ふふっ、大丈夫ですよ」
口元に手を添えながら、リラは楽しそうに笑う。
リラ「もう皆さんが来ると、“今日は何が起きるのかな”って思うくらいには慣れましたから」
ナオ「それ、常連として喜んでええんかな……」
ステラ「完全に要注意客の扱いじゃない」
再び小さな笑いが起こる。
グラバーはそんな彼らのやり取りを眺めながら、楽しそうに口髭を撫でていた。
グラバー「文官、冒険者、技師、それに喫茶店の看板娘とは」
リラ「か、看板娘って」
グラバー「まあずいぶんと取り合わせの違う面々が集まったものだな、ナオくん!」
ナオ「ハハハ。まあ、おおよそ『使節団』と呼べる集団ではないと思っとります」
彼は帽子を押さえつけながら、朗らかに笑う。
ステラ「改めて並べられると、ほんとにバラバラよね」
カイ「共通点ほとんどないっすもんね、俺ら」
リラ「ふふっ……確かに」
ナオ「まあ、別に共通点がないと一緒におったらアカンわけでもないわけで」
グラバー「フッ……そういうところ、似ているな」
ナオ「似てる?」
ナオがきょとんとする。
グラバーは葉巻を灰皿において、懐かしそうに目を細めた。
グラバー「センポの奴もそうだった」
その名前が出た途端、ナオの表情がわずかに変わる。
ノノも思わず背筋を伸ばした。
グラバー「あいつの周りにも、いつも色んな連中が集まっていてね。貴族もいれば商人もいる。兵士もいれば、酒場でたまたま隣に座っただけの男までいた」
ノノ「フフ……」
思わず想像してノノはクスリと笑う。
グラバー「本人は何か特別なことをしているつもりなど、まるでないんだ。ただ話して、笑って、気が合えば一緒に飯を食う」
彼は小さく肩を揺らす。
グラバー「気づけば私も、その中の一人になっていたよ」
ナオ「センポさんらしいですわ」
グラバー「ああ。そして今、君を見ていると……少しだけ、あの頃のセンポを思い出すよ」
ナオ「…………」
ナオは目を瞬かせる。
それから少し困ったように笑い、自分の帽子のつばへ指をかけた。
ナオ「いやぁ……それは、さすがに買い被りすぎやと思いますけどね」
グラバー「そうかね?」
ナオ「ええ。自分なんて、まだまだですわ」
そう言って、帽子を軽く被り直す。
ナオ「センポさんみたいに、初対面の元老院議員相手に人形劇始めて、そのまま火柱上げるような度胸ありませんもん」
ステラ「いや比較するところ、そこなの!?」
間髪入れずにツッコミが飛んだ。
カイ「そこはむしろ受け継がないでほしいっす!」
リラ「元老院で火柱は、さすがに……」
ノノ「だ、大問題ですぅ……!」
ナオ「分かっとるって!」
グラバー「フハハハハハ!」
再び応接室に笑い声が広がる。
グラバー「まあ、確かにあれまで真似されたら、帝国としても対応に困るがね!」
ナオ「でしょう?」
グラバー「だが、私が言っているのはそこじゃないさ」
笑いながらそう言うと、グラバーは一度、ステラたちへ目を向けた。




