第87話 説明せずにはいられない技術者
【ジパング大使館・応接室】
グラバーは、カイが首にかけた聴診器のような魔道具に目を向けた。
グラバー「ところで……カイくん」
カイ「はい?」
グラバー「さっきから気になっていたんだが、その首にかけているものは何かね?」
カイは一瞬きょとんとしたあと、自分の胸元へ視線を落とした。
カイ「ああ、これっすか?」
首から下げていた器具を持ち上げる。
丸い金属製の共鳴板。
その縁には細かな魔術紋様が刻まれ、そこから伸びた細い管の先に、小さな受話器のような装置が取り付けられている。
グラバーは興味深そうに身を乗り出した。
カイ「これは俺が作った、“音拾い”の魔道具っす」
グラバー「音拾い?」
カイ「はい。この丸い部分、共鳴板を壁とか扉に押し当てると、その表面を伝わってくる振動を拾うんすよ」
そう言いながら、器具の側面にある小さなつまみを指先で回してみせる。
カイ「それを中に仕込んだ魔石で増幅して、人の声に近い音だけを拾う仕組みっす」
グラバー「ほほう……!」
グラバーの目が、明らかに興味を帯びた。
カイ「感度も調整できますし、普通の壁なら向こう側の会話もかなりクリアに……あっ」
そこまで言ったところで。
カイの口が止まった。
応接室に、妙な沈黙が落ちる。
ナオ「…………」
ノノ「…………」
ステラ「…………」
リラ「…………」
グラバーだけが、愉快そうに眉を上げていた。
グラバー「つまり」
葉巻を指に挟んだまま、ニヤリと笑う。
グラバー「先ほど君たちは、それを使って盗み聞きをしていたというわけだな?」
カイ「…………」
カイの顔が、みるみる引きつった。
カイ「……まあ……平たく言えば……そうっすね」
ステラ「自分で証拠品の解説始めてどうすんのよ!」
リラ「言っちゃいましたね……」
リラは思わず吹き出しそうになり、口元を手で押さえる。
ナオに至っては堪えきれず、肩を震わせていた。
ナオ「ハハハ……!魔道具の説明になると急に饒舌になるから、墓穴掘るんやで」
カイ「いやナオさん!こういうの聞かれたら、技師として説明したくなるじゃないっすか!」
グラバー「フハハハハハ!」
豪快な笑い声が、再び応接室に響く。
グラバーは笑いながらも、カイの手にある魔道具をじっと見つめていた。
グラバー「しかし面白いな。壁を伝う微細な振動を拾い、それを魔石で増幅する……か」
カイ「ええ。まだ改良途中ですけどね」
グラバー「君が一から考えたのかね?」
カイ「はい。魔術大学で読んだ音響魔法の参考書とか、ドワーフが鉱山で使ってる地脈探査用の共鳴器なんかを参考にしたんす」
グラバー「ほう。それでは、その独特な形も君が?」
カイ「いや……形に関してはですね……」
カイはジト目になって、ナオの頭上を見やる。
当然そこには、シャムロックの飾りがついた黒いシルクハットが鎮座している。
ナオ「……なんやその言いにくそうな顔」
カイ「ナオさんの帽子から、時折出てくる変なのが持ってる道具を参考にしました」
ステラ、リラはそれを聞いて思わず後ろを向いて吹き出す。
グラバーがゆっくりとナオの帽子へ目を向けてニヤニヤする。
グラバー「聞かせてくれるかね?」
カイ「はい」
妙に真顔で頷く。
カイ「なんか白い服着たおっさんが首からぶら下げてたり、耳に突っ込んで誰かの胸とか背中に丸い板を当ててたりするんです」
ナオ「なんかそのおっさん、俺も見覚えある気がするわ…」
ステラは呆れた顔で口を挟む。
ステラ「というかカイ、アンタよくそれ見て“音拾う道具に使える”って思ったわね」
カイ「そこはまあ、技師の勘っすよ」
少し得意げに胸を張る。
カイ「実際、形としてはかなり理に適ってるんです。耳元まで直接音を送れますし、共鳴板も対象に密着させやすい。だからちょっと構造変えて、魔石と術式を組み込めば使えるかなって」
グラバーはしばらくカイと魔道具を交互に見やる。
やがて、口元を大きく歪めた。
グラバー「なるほどな!帽子から出てきた正体不明の道具を見て、それを自分なりに解析し、別の魔道具として作り直したわけか!」
カイ「まあ……そういうことっす」
グラバー「面白いじゃないか!未知の物から着想を得て、自分の知識と技術で別の形に落とし込む……。技師として、なかなか得難い素質だと私は思うね」
思いがけず真正面から褒められ、カイは少しだけきょとんとした。
カイ「そ、そうっすかね……」
ナオ「お~、照れとる照れとる」
カイ「ちょ、ナオさん!茶化さないでくださいよ」
ステラ「でもまあ、褒められて当然じゃない?」
ステラは腕を組みながら、自分の手にもつ魔道具のスペアに目を向ける。
ステラ「使い道はともかくとして、こんなの一から作れるんだし」
リラ「ふふっ。使い道はともかくとして、ですね」
カイ「二人ともそこ強調するのやめてくれません!?」
応接室に小さな笑いが広がる。




