第83話 盛り上がっていこうぜ
【20年前 帝都・元老院議事堂】
先ほどまで帽子の上で大騒ぎしていたロバ、ニワトリ、ネコ、そして明太子たちは、一度ライブの準備のために帽子の中へと引っ込んでいた。
議員たちも、もはや会談の場であることを半ば忘れ、次は何が飛び出してくるのかと、自然と杉原センポの帽子へ視線を向ける。
杉原センポ「ええ。これから彼らによる演奏が始まります。――ですが、その前に」
カツッ、と一歩前へ出る。
センポ「先ほどの話の続きを、少しだけ」
議員たちは、顔を引き締めて静かに耳を傾ける。
センポ「食材というものは、先ほどの鶏肉とネギのように……一見すると相容れない組み合わせでも、調理次第で思いがけず素敵な一皿になることがございます」
そう言って、両手をゆるやかに広げる。
センポ「これは何も、食に限った話ではありません」
議員1「…ふむ」
数人の議員が静かに頷く。
センポ「言葉も、服装も、文化も、思想も……そして人種も。国が違えば、受け入れがたいものが出てくるのは当然のこと。時には、互いの価値観の違いから衝突することもあるでしょう」
一度、議場をぐるりと見渡す。
センポ「ですが……それでもなお、国境に関係なく通じるものが、ひとつあると私は思っております」
議員2「ほう?」
センポはそっと指で自らの口角を上げてみせる。
センポ「笑顔です」
議場の空気が、わずかに緩む。
帝国の議員たちはそれぞれ互いに目を見合わせる。
センポ「笑うことは、互いの緊張をほどいてくれる……ささやかでありながら、誰にでも等しく与えられた‟魔法‟のようなもの……と私は思っております」
グラバー「ハハハ!ささやかと言うには、ずいぶんと度肝を抜かれるような魔法だったがな!」
ハヌス「フフ、全くだ。緊張をほどくというより……武装を剥がされた気分だ」
議場に、軽い笑いが広がる。
センポ「ええ、おかげさまでずいぶんと賑やかになりました」
帽子のツバを摘まみ、ニッコリと微笑む。
センポ「ですから。まずは、堅苦しい話は少し脇に置いて、こうして同じことで思いきり笑ってみませんか?」
もう一度、両手を広げて議場をぐるりと見まわす。
センポ「そこからお互いに見えてくるものも、きっとあるはずです」
議員4「なるほどな…一理ある」
議員5「我々は、少々構えすぎていたのやもしれぬな」
ハヌス「……冷静に考えれば」
全員の視線が、ハヌスへと向く。
ハヌス「ジパング国が侵略を意図しているのなら、あの‟覇王‟がわざわざ使者を送り、対話の場を設けるとも考えにくい」
グラバー「俺もそう思うねえ。最初から決めつけて責めるのは……少々、帝国側の思い込みが過ぎる気がするねえ」
センポ「……ホッホッ」
センポは、小さく肩を揺らして笑う。
センポ「いやはや、つい長く話してしまいましたな。歳を取ると、どうにも説教くさくなっていけません」
議員たちの間に、やわらかな笑みが広がる。
と、その時。
ドン、ドン!!!
杉原センポの被る黒のシルクハットの中から、重々しい音が響いた。
センポ「おや、どうやら彼らの準備が整ったようですね……」
議員6「おお……?また何か出てくるのかね」
議員7「第二幕、というわけかな?」
センポ「ホホホッ。そのような品の良いものと言えるのかは、少々怪しいところですが……」
穏やかに笑いながら、センポは帽子のツバへ指をかける。
クイッと軽く持ち上げた瞬間、帽子のクラウンが一瞬だけ開いた。
ふわりと紙吹雪が舞い上がる。
議員たち「おおお……!」
突如として現れた色とりどりの紙吹雪に、議場から感嘆の声が漏れる。
センポ「ゆらり、ゆられて船の上――彼方まで続く大海原」
静かに語り始めるセンポ。
先ほどまでの騒がしさが嘘のように、議場は再びセンポの声へ引き込まれていく。
センポ「遥か遠き東の地より、降り立つは異国・バロアの地」
グラバー「ほう……これがジパングの芸能文化なのか?」
グラバーは口角を上げて、興味深そうに前のめりになる。
センポ「違うもの同士、それがどうした」
彼はゆっくりと議場を見渡す。
センポ「我ら異なる動物なれど……奏でる音に、隔たりなし」
その語り口は、まるで演歌歌手を紹介する前口上のようにしっとりとしていた。
議員たちも、思わずその空気に呑まれている。
議員1「……ほう」
議員2「今度は、どう来るのだ……?」
センポはゆっくりと、右手を高々に掲げる。
パチンと静かな議場に、指を鳴らす小気味よい音が響いた。
パカッ
勢いよく帽子が開いた、その瞬間。
ジャアアアアアアアンッ!!!!
突如、エレキギターの爆音が議場を揺らした。
議員たち「!!?」
しっとりとした空気は、一瞬で吹き飛ぶ。
帽子の開口部から再び姿を現したのは、エレキギターを肩に担いだロバ、派手なベースを抱えたギャル猫、スタンドマイクを握りしめた雄鶏。
そして後方には、小さなドラムセットへ堂々と鎮座する明太子。
さらに続くように、ギターアンプ、フットライト、謎のノズルまでもが帽子の中からせり上がり、舞台をギラギラと照らし始める。
つい先ほどまで、演歌でも始まりそうだった空気は跡形もない。
帽子の上に広がっていたのは、動物の人形たちによるロックフェスの会場だった。
ハヌス「フハハハ!これはまた、予想を大きく裏切ってきたな!」
ハヌスは思わず吹き出し、大きく手を叩く。
雄鶏「YEEEEEEEEEEEAAAAAHHHH!!!」
マイクを掴み、雄鶏が絶叫する。
雄鶏「みんな、盛り上がってるかぁぁぁ!!」
そのシャウトが、陽光に照らされた八大神のステンドグラスが並ぶ荘厳な議場へと響き渡る。
雄鶏「今日は俺たちっ!!」
ロバがギターをかき鳴らし、ネコはベースを高々と掲げる。そして明太子は、無言のままスティックを構えた。
雄鶏「‟無礼面子‟のライブに来てくれて、サンキューだぜぇぇぇ!!」
ドンッ!!!
衝撃の明太子によるバスドラムが炸裂する。
その名に違わぬ‟衝撃‟が、空気を震わせながら議員席へ叩き込まれる。
足がないのに、どういう原理で鳴らしているのかは、誰にもわからない。
議員たち「うおおっ!?」
議員の何人かが思わず肩を跳ねさせる。
グラバー「ハハハッ!!なんだあの楽器は!!」
ハヌス「わからん、何一つわからんが……。一つだけ言えることはある」
再び、ドンッ!!と重低音が鳴り響く。
ハヌス「妙に格好いいな……!!」




