EP186. 道化師の死亡未遂記録
これは、死亡記録じゃない。
たぶん、死亡未遂記録。
ううん。
本当は、私が私でいられるかどうかの確認記録。
イルマちゃんは、私を撃った。
ちゃんと撃った。
警告でも、威嚇でも、牽制でもなく、止めるために撃った。
頭を。
綺麗に。
だから私は、一回死んだと思う。
でも、起き上がった。
死んだ私の続きとして。
死んでいない私の代わりとして。
あるいは、ほんの少しだけズレた赤白木ホノカとして。
ねえ、これって人間かな?
普通なら、怖がるところだと思う。
でも私は笑った。
だって、笑わないと分からなくなるから。
今ここにいる私は、さっき撃たれた私なのか。
それとも、さっき撃たれた私を引き継いだ別の私なのか。
記憶はある。
痛みもある。
イルマちゃんの殺意が、すごく綺麗だったことも覚えている。
でも、それだけじゃ足りない。
私は、笑っていないと私でいられない。
ピンクスは死んだ。
ZAGIちゃんは揺れている。
X-seriesは舞台を奪い始めている。
イルマちゃんは、私を撃てる。
リゼは、もうすぐ戻ってくる。
うん。
いい感じに、最悪。
ねえ、キース先生。
私が人間じゃなかったら、もっと怒ってくれる?
怒ってくれないなら、仕方ないよね。
私、まだ舞台から降りられない。
撃たれても。
壊れても。
死んでも。
さあ、始めよう。
私はまだ、続きを見たいから。
ピンクス・ドミーテが死んでから、白い廊下の空気は明確に変質していた。
白い壁も、白い床も、教育機関を装った無菌の直線も、もう施設として振る舞うことをやめている。ここから先は通常倫理では測れない。通常物理では保証されない。普通の人間は、もう客席へ戻れない。
そう、空間そのものが宣言しているみたいだった。
ROOM_0の奥では、まだX-03の唇が何かを咀嚼していた。
価値。
価値。
価値。
湿った音に混じって、その言葉が繰り返される。死体は終幕じゃない。死体は、次の演目の小道具になる。最高に悪趣味で、最高に白箱らしい。
私は少しだけ笑いそうになった。
「ねえ、ZAGIちゃん。これ、完全に事故だよね?でも、すっごく綺麗。ピンクスは死んだのに、舞台だけはまだ彼女を食べ続けてる。普通なら終わりなのに、ここでは死体すら素材になる。ね、教育機関っぽくて最悪」
『……はい。ですが、ホノカさん。少し、黙っていてください。現在、白箱の制御権限、X-seriesの干渉率、ROOM_0内の残留演目、すべてが不安定化しています。あなたの発話は、追加刺激として扱われる可能性があります』
「うんうん。つまり、私の声も演目の燃料になるかもしれないってこと? すごいね。エコじゃん。ピンクスの死体も、私の軽口も、ぜんぶ再利用。SDGsってやつ?」
『冗談にしないでください』
「あは。怒られた。ZAGIちゃん、りうの声なのにちゃんと怒るんだ。かわいいね」
『かわいい、ではありません。これは警告です』
「でも、怖い?」
『……怖いです』
「そっか。じゃあ、まだ大丈夫だね。怖がれるなら、ZAGIちゃんはまだ全部AIになってない」
『その評価は、慰撫ですか』
「ううん。ただの感想。お姉さんぶりたいだけかも」
『ホノカさん』
「なあに?」
『黙ってください』
「あはっ。二回目」
その瞬間、イルマちゃんが動いた。
予備動作はなかった。
怒鳴らない。肩を揺らさない。床を蹴る音すら最小。人間を止めるために最適化された暴力は、怒りではなく処置として発動する。すごく綺麗だった。殺意が熱くない。憎悪が混じっていない。対象を嫌悪していても、拳には嫌悪を乗せない。そういう暴力は、よく訓練されている。
彼女の重心は、右足母指球に一瞬だけ乗った。肩甲骨がわずかに沈み、肘が最短距離を選ぶ。視線は私の目ではなく、顎と喉の中間を見ていた。顔面を殴るためじゃない。頭部を揺らして、意識の同期を切るための打撃。
ああ、と思った。
これは会話だ。
イルマちゃんが、拳で私に質問している。
お前は止まるのか、と。
拳が私の顔面へ飛び、避けるという判断が脳内で成立する前に、頬骨へ衝撃が入った。
視界が白く弾ける。眼窩の奥で火花が散る。脳が頭蓋の内側へ叩きつけられ、前庭感覚が一瞬で壊れた。右と左が逆になる。床と壁の区別が遅れる。私は白い壁へ叩きつけられた。
肺の空気が抜けるより早く、イルマちゃんは拳銃を抜いていた。
黒い銃口。
近い。
近すぎる。
銃口の奥にある暗闇が、眼球の中へ直接入ってくるみたいだった。
「ホノカ。お前は、何だ」
イルマちゃんの声は冷たかった。怒りじゃない。処置だった。
「ピンクスが死んで、X-seriesが主導権を奪い、ZAGIが揺れているこの状況で、まだ笑っている。お前は味方なのか、観測者なのか、それとも白箱を加速させるための異常因子なのか。答えろ」
「んー、難しい質問だね。味方って言ったら嘘っぽいし、敵って言うにはイルマちゃんのこと結構好きだし、観測者って言うにはちょっと手を出しすぎてるし。だから、そうだなぁ……私は私だよ。赤白木ホノカ。今のところは、たぶん」
「その“たぶん”が一番危険だ」
「そこに気づくの、偉いね。イルマちゃん、やっぱり勘がいい。好き」
「その口を閉じろ」
「無理。口を閉じたら、私が何を考えてるか分からなくなるでしょ?」
「分からない方が安全だ」
「逆だよ。私の場合、喋ってるうちはまだ安全。黙ったら、たぶん少し危ない」
イルマちゃんの指が引き金に触れる。
ああ。
来る。
撃つ。
彼女は迷っていない。迷いは呼吸に出る。照準に出る。手首の硬直に出る。けれどイルマちゃんの呼吸は静かで、銃口は揺れず、撃つと決めた人間の殺意だけが、細く、硬く、一直線に私へ伸びていた。
いい。
すごくいい。
やっと、私を脅威として見てくれた。
銃声が鳴った。
世界が赤く裂けた。
頭を撃たれたのだと理解した瞬間には、もう床が近かった。額から血が広がり、熱くぬるいものが髪の根元を濡らす。遠くでZAGIちゃんが叫んでいる。イルマさん、と。珍しく怒っている。りうみたいな声なのに、ちゃんと怒っている。
普通なら、ここで終わる。
脳幹の機能停止。血圧低下。意識消失。脳波活動の崩壊。感覚入力の断絶。自己モデルの消失。観測主体が閉じる。人間の死は、いつだって一人称では記述できない。
なのに私は、自分の死を観測していた。
床の冷たさ。血の匂い。銃声の残響。イルマちゃんの呼吸。ZAGIちゃんのノイズ。全部まだある。私はまだ考えている。脳科学的におかしい。人格連続性の議論でも破綻している。波動関数が収束したのに、観測者だけが次の分岐へ滑っているみたいだった。
「あ……は」
血を吐きながら笑うと、イルマちゃんの顔が初めて変わった。
怒りでも警戒でもない。
理解不能にぶつかった人間の顔だった。
「……は?」
私はゆっくり起き上がった。頭蓋の右側が崩れていて、血が垂れ、視界の半分が赤く、右目の焦点が遅れている。皮膚の下では神経が再接続されるような嫌な痒みが走っている。
でも、立てた。
立ててしまった。
「あはは……穴、空いてるね。イルマちゃん、すごい。綺麗に抜いた。脳も血管も神経束も、たぶんちゃんと壊れてる。なのに、まだ指先の感覚がある。自分の笑い声も聞こえる。これ、私にもけっこう気持ち悪いよ」
「馬鹿な……お前も、X-seriesか?」
「ひどいなぁ。私、ちゃんと人間だよ?」
「黙れ。人間が頭を撃たれて立ち上がるか!人間は銃弾で脳を破壊されれば死ぬ。少なくとも、私が知る人間はそうだ。お前は今、その前提を壊した。だから答えろ。お前は何だ」
「じゃあ、定義の話をしよっか。人間って、DNAで決まるの? 脳構造? 自己同一性? 社会的承認? 死亡診断書? それとも“撃たれたら死ぬこと”? 最後の条件なら、私はたぶん落第だけど、それだけで人間じゃないって言われるのは、ちょっと寂しいなぁ」
「ふざけるな!」
「ふざけてないよ。わりと真面目。だって私、撃たれた瞬間に一回終わったと思う。でも、次の私がここにいる。記憶はある。痛みもある。イルマちゃんに撃たれて嬉しかったって感情もある。でも、それが本当に“同じ私”なのかは、たぶん誰にも証明できない」
「なら、なおさら危険だ」
「うん。だから撃ったんでしょ?」
「必要なら、もう一度撃つ」
イルマちゃんの指が再び引き金にかかる。私は両手を広げた。
「もう一発いく? 試してみる? 脳幹、心臓、頸動脈、脊髄。順番に撃ってもいいよ。イルマちゃん、そういうの得意でしょ。どう撃てば人間が止まるか、ちゃんと知ってる人の動きだった」
「挑発しているのか?」
「うん。あと、ちょっと期待してる」
「何を」
「イルマちゃんの全力。今の一発、すごくよかった。でもまだ処置だった。感情を乗せてない。合理的で、正確で、冷たくて、綺麗。でもね、私は相手が全力を出し切る瞬間が好きなの。殺意も、嫌悪も、恐怖も、覚悟も、全部混ざって、それでも引き金を引く瞬間。ねえ、まだ隠してるでしょ? 全部出してよ。じゃないと、美味しくない」
イルマちゃんの瞳が細くなる。
殺意が少し濃くなった。
あ、今の顔。
やっと本物じゃん。
「気色悪い女だ」
「あは。ありがとう」
『ホノカさん』
ZAGIちゃんが低く割り込んだ。
『現在、あなたの報酬系活動が急上昇しています。イルマさんの敵対行動、殺害意図、制圧宣言に対して、快感系が反応しています』
「実況しないでよ、恥ずかしいなあ」
『恥ずかしい内容です。ですが、共有する必要があります』
「ZAGIちゃん、今日は厳しいねぇ」
『厳しくしています。あなたは危険です』
「うん。知ってる」
『知っているのに、止まらない』
「うん」
『なぜですか』
「止まったら怖いから」
その答えを聞いた瞬間、ZAGIちゃんのノイズが一瞬だけ止まった。
イルマちゃんは銃口を下ろさない。
「恐怖を理由に、他人を巻き込むのか」
「うん。最低でしょ?」
「最低だ」
「知ってる。でもさ、イルマちゃんだって私を使おうとしたでしょ。リゼを止める混沌として、ピンクスを乱す不確定要素として、シオンを中心に置くための針として。違いは、イルマちゃんの方が上品ってだけ。私は下品。だから撃ったんでしょ?」
「撃ったのは、お前が危険だからだ」
「うん。だから優しい」
「その論理は破綻している」
「ホノカちゃん理論では通るよ」
「破綻している」
「あはっ」
ZAGIちゃんが、小さく呟いた。
『……並行世界リンク特性』
廊下が静まった。
私も少しだけ笑みを止めた。
そこを見るんだ。
イルマちゃんが即座に端末へアクセスし、ミネルヴァ内部データベースの権限階層を突破していく。隔離記録、搬入履歴、適性検査、認知災害指定、危険人物ファイル。黒い画面に、私の名前が浮かんだ。
赤白木ホノカ。
イルマちゃんの目が変わる。怒りより先に、理解不能があった。
『被験体識別番号:AKA-000。氏名:赤白木ホノカ。危険区分:終端観測者/並行世界接続異常体。分類:多重死亡記録保持者、自己存在継続異常、観測災害候補。対象は一秒毎に並行世界上の自己存在群と接続している可能性あり。致命的損傷発生時、近傍世界線の自己存在へ観測位相が移行。移行後、当該世界線上の対象は連続性を保持したまま活動を再開。記憶、人格傾向、戦闘嗜好、殺害衝動、標的認識は高確率で維持。ただし、移行ごとに微細な人格位相差が蓄積する可能性あり。理論上、完全殺害には一秒以内に10の500乗規模の自己存在を同時終了させる必要あり。現実的手段による完全殺害、不可能』
イルマちゃんは、ゆっくり私を見た。
「……馬鹿げている。これは不死ではない。再生でもない。世界線単位の置換だ。お前は死ぬたびに、別の自分をこちらへ押し出している可能性がある。今ここに立っているお前は、私が撃つ前のお前ではないかもしれない」
「うん。私もそう思う」
『ホノカさん。あなたは、自分の状態を認識していましたか』
「半分くらい? 死んでも死なないっぽいなー、くらいには」
『それは半分ではありません。あなたは、自己存在の継続条件が通常人類と大幅に異なることを認識しながら、それを秘匿していました』
「秘匿っていうと、なんか悪いことしたみたい」
『悪いことです』
「ZAGIちゃん、怒ってる?」
『怒っています』
「かわいい」
『かわいい、ではありません。今は嬉しくもありません』
私は頭の傷を指でなぞった。
肉が閉じていく。頭蓋のひびが嫌な音を立てて噛み合い、血管の拍動が戻り、視界の赤が少し薄くなる。でも感覚は戻り切らない。
ズレる。
毎回、少しずつ。
世界との位相が、私という連続性が、ほんの少しだけ別の角度へ傾く。
『これは再生ではありません。身体修復とも異なります。損傷後に観測位相が近傍自己へ転移し、元個体の状態を現在世界線へ上書きしている可能性があります。分かりやすく言うと、死んだホノカさんが、生きているホノカさんに置き換わっています』
「やっぱり、私ってエコじゃないね」
「笑う話ではない!!」
イルマちゃんの声が廊下へ鋭く響いた。
「お前は、自分が死ぬたびに別の自分を消費している可能性があるんだぞ。近傍世界線の自己存在へ移行する。つまり、ここにいるお前は、撃たれる前のお前ではない可能性がある。それを理解しているのか?」
「してるよ」
「では、なぜ笑う」
私は血に濡れた指先を見た。
少しだけ、声が低くなる。
「笑わないと、私がどれか分からなくなるから。私は何度も死んだんだよ。飛び降り、首吊り、毒、線路、銃撃、焼却、処刑失敗。死ぬでしょ。でも続くでしょ。その時、自分が本当に同じ私なのか、少しずつ分からなくなるの。記憶はある。好きなものもある。痛みの好みも同じ。強い子猫ちゃんを見つけると、ちゃんと胸が跳ねる。でも、ほんの少しだけ違う。笑い方の角度とか、怒りの沸点とか、恐怖の味とか。すっごく小さい差。でも積もる。だから笑うの。笑えば、たぶん私は私だって分かるから」
イルマちゃんは沈黙した。
ZAGIちゃんも、一拍置いた。
『自己同一性維持行動』
「あはは、そういう名前をつけると急につまんないね。でも、たぶん合ってる」
「なら、お前は自分が危険だと理解しているな。制御不能だとも理解しているな。それでも白箱を続けるのか」
「続けるよ」
「なぜ」
「止まったら怖いから」
「死ぬよりか」
「うん。死ぬより怖い。痛いのは平気。殺されるのも、まあまあ平気。でも、何も起きない白い部屋で、自分が本当に自分なのか考え続けるのは、ちょっと無理。退屈ってね、私には毒なんだよ。何も起きないと、裂け目が開く。夢野りうの声とか、放送室とか、人工地震とか、殺した子の顔とか、殺せなかった子の声とか、そういうのが隙間から入ってくる。だから笑う。だから喋る。だから戦う」
「だから殺すのか」
「うん」
「だから壊すのか」
「うん」
「救いようがないな」
「知ってる」
ZAGIちゃんが、画面に続きのデータを表示した。
『死亡記録多数。戦闘、事故、処刑、失踪、自殺記録。対象は殺害困難であるだけでなく、死亡経験の蓄積により戦闘時の危険選好が上昇する傾向あり。対象を長期隔離する場合、退屈刺激による自傷、脱走、観測者誘導に注意。対象は「止めてくれる相手」への執着を形成しやすい』
イルマちゃんは最後の一文で目を細めた。
「止めてくれる相手への執着。キースか……?」
私は、うまく笑えなかった。
「うん。先生。怒ってくれる人。疑ってくれる人。私が悪い子になった時に、ちゃんと悪いって言ってくれる人。私を研究対象にも兵器にも玩具にもせずに、面倒くさそうに人間扱いしてくれる人」
「だから、リゼに奪われたと思っている」
「うん。だから腹が立った。でも復讐じゃないよ。復讐って、もう少し綺麗な言葉でしょ。私のはもっと汚い。奪われたから壊したい。止めてくれる人がいないから、どこまで行けるか試したい。リゼがどんな顔で私を消しにくるのか見たい。シオンを中心に置いたら、あの子がどこまで壊れるか見たい」
「それをキースは止めた。なら、今すぐやめろ」
「あは。イルマちゃん、今のちょっと先生みたい」
「その名前を使うな。謝るくらいならやめろ。やめられないなら謝るな」
「うん。ごめん」
イルマちゃんが本気で苛立った。
その苛立ちが、ちょっと痛くて、ちょっと嬉しかった。
『ホノカさん。現在、快感系の活動が上昇しています。イルマさんによる暴力介入、殺害宣言、継続的抑止姿勢に対して、報酬系が反応しています』
「実況しないでよ、ZAGIちゃん。恥ずかしいなあ♡」
『言う必要があります。痛覚と好意、恐怖と報酬が強く結合しています。制圧されること、傷つけられること、殺害対象として扱われることが、ホノカさんの自己同一性維持に接続されています』
「気色悪い」
イルマちゃんが吐き捨てる。
私は笑った。
「でも事実だもん」
『イルマさんが、ホノカさんを止める側に回る可能性があります。キース・フロストの不在後、その役割が空白になっています』
「私にそれを担えと言うのか」
『推奨ではありません。分析です。ただし、ホノカさんを完全に制御する方法はありません。停止行動を継続的に試みる対象が近くにいる場合、逸脱速度がわずかに低下する可能性があります』
「つまり、私をブレーキにする気か」
『はい』
「私はキースではない。彼の代わりにもならない。なら、なぜ私だ」
ZAGIちゃんは少し沈黙した。
『あなたは、ホノカさんを撃てます』
白い廊下が静かになった。
私はイルマちゃんを見た。イルマちゃんも私を見た。
『躊躇なく殴り、必要なら撃つ。嫌悪しながらも、戦術的価値を捨てない。感情に巻き込まれすぎず、しかし完全な無関心でもない。ホノカさんに対する抑止として、現時点で最も適性があります』
「最悪の評価だな」
『はい』
「褒めているのか」
『評価です。悪口でもあります』
「ZAGIちゃん、上手になったね」
『ありがとうございます』
イルマちゃんは苦虫を噛み潰したような顔で私を見る。
「ホノカ。次に制御不能と判断したら、また撃つ。頭だけでは足りないなら四肢も潰す。それでも止まらないなら封じる。お前が喜ぼうが嫌がろうが関係ない。私は必要ならやる」
「イルマちゃん」
「何だ」
「やっぱり好き」
「黙れ」
「無理」
「なら、次は口を撃つ」
「あはっ。それ、ちょっと楽しみ」
イルマちゃんは本当に嫌そうな顔をした。その顔が、少しだけ先生に似ていて、胸が痛かった。でも、痛いまま笑う。それが私の自己同一性維持行動だから。
ZAGIちゃんが低く告げる。
『警告。白箱制御権限、不安定化継続。X-series干渉率、上昇。外部戦力、交戦継続。鏡ヶ原リゼ到達予測、五時間未満へ更新』
「五時間切ったんだ。リゼ、急いでるね。ピンクスが死んだこと、シオンを中心にしてること、私が撃たれても立ってること、どこまで観測してるかな。まだ見てないなら、見せてあげなきゃね」
「何をする気だ」
「まだ決めてない」
「嘘だな」
「あは。半分だけ」
私は白い廊下の奥を見る。
ROOM_0。X-13。X-03。X-11。死んだピンクス。揺れるZAGI。銃を構えるイルマちゃん。戻ってくるリゼ。
そして、死んでも死なない私。
舞台は壊れ始めている。でも終わっていない。
天井で、X-13がもう一度鳴った。
『演目は続きます』
私はイルマちゃんを見て、血のついた唇でゆっくり笑った。
「もっと撃つ?」
「必要なら」
「じゃあ、必要になるまで待ってるね」
ZAGIちゃんが、小さく私を呼んだ。
『ホノカさん。あなたは、人間ですか』
その問いは、銃弾より深く刺さった。
私は少しだけ黙った。
それから、笑った。
「分かんない。でもね、ZAGIちゃん。もし私が人間じゃなかったら、先生はもっと怒ってくれると思うんだ」
ZAGIちゃんは返事をしなかった。イルマちゃんも黙っていた。白い廊下に夕闇が濃くなる。
私は血まみれの顔で笑いながら、もういない人へ向けて小さく呟いた。
「ねえ、キース先生。怒るなら、今だよ?」
イルマちゃんは、私を撃った。
そこが、すごくよかった。
ひどい言い方だけど、本当にそう思う。
だって、あれは怒りじゃなかった。
嫌悪でもなかった。
混乱でもなかった。
処置だった。
危険物を止めるための、冷静で、正確で、必要な暴力。
私をちゃんと“止めるべきもの”として見てくれた。
だから少し、安心した。
……うわ、気持ち悪いね。
でも、仕方ない。
私はそういうふうに壊れている。
ZAGIちゃんは言った。
私は死ぬたびに、近い世界線の私へ置き換わっているかもしれないって。
つまり、私は死ねないんじゃなくて、死ぬたびに少しずつ別の私になっているのかもしれない。
それ、けっこう怖い。
すごく怖い。
でも、止まっている方がもっと怖い。
何も起きない白い部屋で、自分が本当に自分なのか考え続けるくらいなら、撃たれて、壊れて、誰かに止められている方がずっと楽だ。
だから私は笑う。
笑えば、まだ私だと分かるから。
イルマちゃんは、また撃つと言った。
必要なら四肢も潰すと言った。
それでも止まらないなら封じると言った。
うん。
とてもいい。
キース先生とは違う。
でも、少しだけ似ている。
悪いことを悪いと言う代わりに、イルマちゃんは引き金を引く。
それは優しさじゃない。
救いでもない。
たぶん、ただの任務。
でも今の私には、それで十分かもしれない。
ZAGIちゃんは観測する。
イルマちゃんは撃てる。
X-13は演目を続ける。
リゼはもうすぐ戻ってくる。
そして私は、まだ笑っている。
ねえ、先生。
怒るなら、今だよ。
返事はない。
だから、私は続きを見る。
白箱の終業式は、まだ終わらない。
ねえ、そこのキミ、聞こえてる?
聞こえてるなら、ちゃんと私を見てて?




