第33話(第3話):経済の罠、あるいは毟り取られる国民の絶望
放課後のサークル室。
夕暮れ時の静寂の中、御剣怜が眼鏡の位置を指で軽く直し、ホワイトボードの前に立つ佐藤を見つめた。
「佐藤君、ここからのシミュレーションが本当の地獄よ。パチンコや巨大宗教の裏利権を暴くだけでは、既存の政治家や有権者はビクともしないわ。現代を生きる日本国民全員が日々の暮らしの中で最も切実に、胃がキリキリするほどの不安と怒りを感じている『経済と生活困窮のファクト』に、私たちは真っ向からメスを入れなければならないのよ」
佐藤は冷静沈着な声で、ホワイトボードのペンを握り直した。
「ああ、分かっている。綺麗事の政策を並める前に、まずは足元の経済の嘘を、データで綺麗に剥ぎ取る」
その佐藤の背中を見据え、御剣怜が鋭い視線を近藤さんへと向けた。
「近藤さん、あなた今から駅前で行き交う『生活困窮に絶望した一般市民』の役を演じて。佐藤君の演説を、あなたのリアルなヤジで徹底的にへし折ってちょうだい。でも、本番の群衆はいきなり怒鳴ったりはしないわ。まずは佐藤君が世間話とユーモアで有権者の足を止めさせてから、タイミングを見て切り込んでね」
怜の指示を受け、近藤さんは私服の袖を少し引き締め、ハッと表情を変えて、駅前の雑踏に佇む有権者の仮面を被った。
佐藤はマイクを持つ体で右手を握りしめ、サークル室の壁の向こうに広がる無関心な群衆の海を見据え、どこまでも真摯な、しかしどこか親しみやすい、朗らかな声でシミュレーションの第一声を放った。
「えー、駅前を行き交う皆様、こんにちは。この度、事実陳列党から立候補いたしました、二十五歳の現役大学生、佐藤です!」
佐藤は一度マイクを握り直し、駅前のマクドナルドやロータリーを見渡すような仕草をして、ふっと笑みを浮かべた。
「皆さん、今『大学生の分際で政治家を目指すなんて、生意気な奴だな』と思われましたよね。ええ、その通りです。私もそう思います。普通、二十五歳の大学生といえば、就職活動に失敗して留年に怯えているか、さもなければ駅前のマクドナルドでポテトのLサイズを百円引きで買うかどうかに命を懸けている時期ですからね。そんな奴が、なぜ就職活動ではなく、この過酷な選挙戦という名の『人生の茨の道』に立候補してしまったのか。実は、これには深いわけがあるんです」
聴衆が足を止め、クスッと笑いながら耳を傾ける様子をサークル室の空間に出現させるように、佐藤は世間話を続けた。
「皆さん、最近、スーパーの買い物や電気代の明細を見て、ため息しか出なくないですか? 私は昨日、自炊をしようと思って近くのスーパーへ行ったのですが、大好きなキャベツの値段を見て絶叫しそうになりました。昔は一玉百円だったものが、今や泥棒に盗まれたのかと思うほどの値段になっている。政治家たちはテレビで『景気は緩やかに回復しています』なんて寝言を言っていますが、回復しているのは一般庶民のサイフではなく、彼ら政治家たちの身内の裏金や利権の口座だけなんですよ。私は大学のサークルで、仲間たちと共に日本の歴史や政治、経済の仕組みについて徹底的に研究を重ねてきました。かつての私は物事をすべて損得のデジタルでしか考えられない空っぽな人間でしたが、学校では一度も習わなかったこの國の本当の歴史や法理を、自らの力で一から必死に勉強し直したことで、この国の根幹を揺るがす極めて重大な、そしてあまりにもおぞましい『大嘘の罠』に気づいてしまったのです。だからこそ、留年の恐怖を投げ打ってでも、皆さんに本当のファクトを伝えるために、無所属での出馬を決意いたしました!」
佐藤の自虐と日常のユーモアに引き込まれ、駅前の有権者たちがガチッと足を止めた空気が完成したその瞬間、市民の仮面を被った近藤さんが、タイミングを見計らって剥き出しの絶望のヤジを佐藤にぶつけた。
「お兄さん! 留年とかキャベツの話は面白いけどさ! 笑い事じゃないのよ! 毎日買い物をするたびに物価が上がって、インボイスで最後の1円まで毟り取られて、私たちは明日生きるだけで精一杯なの! 国民を置いてけぼりにして、もうこの生活の困窮を止める術なんて、どこにもないじゃない! この国はもう本当に終わっているのよ!」
サークル室に、近藤さんの切実な怒りが響き渡る。
佐藤は劇的な光を宿した瞳で、市民の役を演じる近藤さんを真っ直ぐに見据え、そこから広がる群衆の海へ届くように、どこまでも丁寧で真摯なトーンで訴えかけた。
「終わらせません! 止める術は確実にありますよ、お姉さん! 今、皆さんは『消費税や電気代のせいで生活が苦しい』と仰いましたね。ですが、消費税というその名前そのものが、お上が仕掛けた最大の罠なんです! 皆さんはテレビの洗脳によって、『消費税は消費者が払った税金をお店が預かって代わりに国に納めている、預かり金だ』と盲信させられていますが、過去の裁判の判決文を1文字でも読んだことがありますか? 司法は明確に『消費税は預かり金ではない。赤字の企業や零細個人からも売上から直接毟り取る売上導入税、つまり売上税だ』と結論を出しているんです!」
佐藤はホワイトボードのペンを強く叩き、有権者の目を釘付けにするように声を張り上げた。
「私が研究の果てにたどり着いた最終結論を、ここで皆さんに明快に申し上げます! 今の日本で起きている生活の苦しさも、政治の不信も、社会の閉塞感も、そのすべては、戦後GHQによって押し付けられ、今の政治家や官僚が自分たちの利権を守るために都合よく利用し続けている『オキュパイド・ジャパン憲法』という歪んだシステムのせいで、全部がおかしくなっているんです! この最高法規という大元のプログラムに『国家を護り、国民の財産を減税で守る』という当然の背骨が抜かれているからこそ、その下で作られる法律も経済も、すべてがドロドロに腐り果てているんですよ! この真犯人の正体を暴くために、私はここに立っています!」
佐藤はさらに、先輩が事前に調べて積み上げてくれた重厚なマクロデータの数値を指し示した。
「この冷徹な国家のバランスシートを見てください! 日本には四百兆円を超える、世界最大の対外純資産があるんです! 通貨発行権だってある! 本来、国民の皆さんをここまで困窮させる必要など、一ミリも存在しないという動かぬデータがここにあるんです! それなのに、なぜ電気代が上がり、インボイスでさらに搾り取られるのか! それは財務省や、暗記勝ち組脳の官僚どもが、国の未来という『国益』のためではなく、自分たちの省庁の予算枠や天下り利権という『私の利益』を死守するために増税をゴリ押ししているからです! 大衆を明日食べるものに困る貧困の檻に縛り付けておけば、彼らが犯している隠蔽や利権の闇に、憲法改正を考える知性を国民から奪えるからですよ!」
近藤さんはさらに顔を歪め、今度は大学に通う子供を持つ親や、現役世代の代表としての生々しいヤジを佐藤にぶつけた。
「じゃあ、この教育やお上の不条理はどうなんですか! 今や日本には大学が多すぎて、中身のない私立大学にばかり私たちの血税から巨額の補助金が流れているじゃないですか! その利権の陰で、日本の若者たちは高額な『奨学金という名の借金』を背負って、社会に出る前から地獄を味わっているんですよ! それなのに、外国人留学生には生活費まで至れり尽くせりで血税が支給されている! なぜ日本人の私たちが奴隷のように扱われ、外国人が優遇されるんですか! おかしいじゃないですか!」
「おっしゃる通り、完全に狂っていますよ!」
佐藤は一歩も引かず、その怒りを真っ向から受け止めた。
「なぜそんな逆ねじ現象が起きるのか! それも全く同じ構造です! 文科省の役人どもが、天下り先となる大学の数を増やして自分たちの身内の保身を図るために、日本人の子供たちの未来を完全に放ったらかしにしているからです!
さらに、地球に優しいという綺麗事の裏でゴリ押しされている、あの太陽光パネルの利権はどうですか! 国民の電気代から『再エネ賦課金』として毎月強制的に金を毟り取り、その金をハゲ山を作って環境を破壊している外資系のメガソーラー業者へ合法的に貢いでいる! その国益度外視の山林破壊のせいで、大雨が降るたびに恐ろしい洪水の被害が多発し、山を追われたクマが人間の生活圏へ大量に出没して住民の命を脅かしているじゃないですか!
メディアは『クリーンエネルギーだ』と大嘘を流し、役人や政治家は自分たちの天下り利権のために、この國の自然と安全を内側から食い潰している! 与党の世襲も、野党のビジネス保身脳も、官僚の売上税の嘘も、根っこはすべて同じ、自分たちの生きている間だけ、任期の四年の間だけ波風が立たなければいいという、戦後保身システムそのものの成れの果てなんです!
さらに皆さん、これと同じ国益度外視の『お上の綺麗事の罠』が、あの誰もが知っている『リニア中央新幹線』の開通引き延ばし問題の裏にも、恐ろしいほどのリアリズムで隠されているのを忘れてはいけません!
東京からのリニア開通に対し、静岡県のトップが『南アルプスの水資源が汚れる、大井川の水が減る』という、いかにも地球に優しい綺麗事を並べ立てて、何年もの間、工事に大反対の待ったをかけ続けていたのは記憶に新しいはずです。テレビの報道を真に受けた大衆は『環境を守るための正しい反対だ』と盲信させられていましたが、その裏側にある本当のファクトを1文字でも探ったことがありますか?
本当の真実は、静岡の経済を牛耳る巨大自動車メーカー『スズキ』のトップが、JR東海に対して凄まじい嫌悪の確執を抱いていたという、ただの個人的な怨念なんです! その大企業の傀儡として首長の座に就いていた川勝前知事が、会長の意見通りにリニアを妨害しろと言われたから、環境保護という都合のいいお花畑のラベルを貼って、ずーっと反対のプロレスを演じ続けていただけなんですよ。
その証拠に、JR東海が不条理な妨害に耐えかねて『2027年の開業時期を正式に延期する』と発表したその直後、あの川勝前知事は何と言って辞任しましたか? 『開業時期がずれたことで、私の目的は果たされた』と言い放って、平然と席を降りたじゃないですか!
環境を守るためでも何でもない。大企業のトップとJR東海の私怨の小競り合いのために、この国の未来を支えるはずのリニアの開通時期を、国家の頭越しに『5年以上』も遅らせ、日本の大動脈の成長を完全に台無しにしてみせた。これが、あなたたちが大好きな勝ち組エリートどもの『国益度外視の短期保身脳』の生々しい正体なんだよ!」
佐藤はここで一度言葉を区切り、静かに息を吸い込むと、マイクの向こう側に集まった群衆、そして絶望を通り越して無関心を装う次の世代に向けて、魂の底からの激しい問いかけを連続で叩き込んだ。
「お上の天下り利権のために、皆さんの電気代や学費が毟り取られる。こんなもの、国民を置いてけぼりにした泥棒のシステムじゃないですか!」
佐藤がマイクを突き出すと、腕を組んで聞いていた先輩が、太い生声で即座に応じた。
「そうだーっ!」
「綺麗事の太陽光パネルで日本の山をハゲ山に変え、洪水やクマの被害から目を背けるメディアの報道こそ、国民を無知に変える洗脳プログラムじゃないですか!」
先輩がさらに声を張り上げる。
「そうだーっ!」
「お花畑の綺麗事を並べて国民の財産と命を掠め取り、国益を度外視するこの現行憲法そのものが、日本の未来を最初から使い潰すための最大の真犯人じゃないですか!」
サークル室の机を叩くような勢いで、先輩が本日最大の大音量で叫んだ。
「そうだーっ!」
佐藤は先輩の三連続の熱い叫びを受け止め、マイクを両手で強く握りしめ、スマホの画面を見つめたまま歩く若者たちの胸を切り裂くように、魂の叫びをぶちまけた。
「特に若い世代の皆さん、あなたたちに言っているんです! 『誰が政治をやっても同じだ』と冷めているうちに、あなたたちの貴重な人生の時間(命)は、この歪んだ利権システムによって無駄に消費され、ただ使い潰されていくだけなんですよ! 誰かのせいにして被害者のフリをするのはもう終わりにしましょう! 騙され、搾取されているこの冷酷な現実に、早く気付いて、早く目覚めて、俺たちと一緒に目覚めてください! 私は、この諸悪の根源たる『オキュパイド・ジャパン憲法』を正し、この日本を再起動させる! 必ず元の正しい姿に戻します!」
佐藤がそう啖呵を切った瞬間、サークル室の熱気が限界突破した。市民の役を演じていた近藤さんの胸の熱い塊が完全に決壊し、思わず拳を突き上げて叫んだ。それに釣られるように、それまで冷徹に腕を組んでいたあの御剣怜までもが、眼鏡を光らせて本気で声を張り上げた。
「サトウ! サトウ!」
「サトウ! サトウ!」
サークル室の狭い四壁に、まるで駅前広場の数千人の地鳴りのような「佐藤コール」の大合唱が激しく反響する。
佐藤はその仲間たちの熱狂を右手にしっかりと受け止め、ホワイトボードを力強く指し示した。
「泥棒が泥棒の法律を決めている今のシステムを、俺たちの代の分母(数)を早く集めて、頭越しに強制執行する! 道筋はここにあります。今すぐ目覚めて、早くしてください!」
演説のシミュレーションを終え、サークル室には圧倒的な静寂のあと、本物の夜明けのようなカタルシスが満ちていた。
本作をここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
作中で佐藤が日常のユーモアを交えてスーパーのキャベツの値段や電気代の高騰に触れ、お上の『売上税の嘘』を冷徹なデータで剥ぎ取っていく演説のシーン。実は、あれは私(作者)自身が日々生活の中で直面し、底知れない恐怖と怒りを感じている生々しい現実そのものです。
私自身、よく自分で食料品を買いに行くのですが、以前なら二千円程度で済んでいたはずの買い物と同じものを買っているだけなのに、レジへ行くと今や三千円にまで跳ね上がっている。この一・五倍もの出費の負担は、一般庶民の生活にとって極めて深刻な実害であり、私たちのエンゲル係数は確実に限界まで押し上げられています。
それなのに、かつて日銀の黒田総裁が『インフレ率二パーセント』を目標に掲げていたことを金科玉条のように守り、現在の数値がその目標に達していないという理由だけで、政府内のエコノミストや官僚どもは『物価は上昇していません、景気は緩やかに回復しています』という極めて的外れな屁理屈の回答を平然と並べ立てているのです。
どうかと思います。彼らはお上が作った数字のゲームを暗記しているだけで、机の上の書類から一歩も出ず、庶民が日々すり減らしている生活感覚が最初から一ミリも分かっていない。ファクト(現実)を見ずに、自分たちの都合のいいデータの上だけで国民を置いてけぼりにし、生活困窮の檻の中に閉じ込めて平気な顔をしている奴らが、この國の舵(基軸)を握っている。その冷酷な精神性の崩壊こそが、私には何よりも恐ろしくてたまらないのです。




