第9話 夜明けの協力者
森に夜が降りた。
ドラゴンが現れた後、僕――ネムリネの本体の蕾はしばらく淡く光り続けていたが、やがて静かに落ち着いた。
冒険者たちは本体の周囲に簡易の焚き火を作り、交代で見張りを続けていた。
僕は霊体のまま、ふわふわと漂いながら、眠気と魔力のざわつきの間で揺れていた。
「……ねむ……」
ミナが苦笑する。
「ネムリネ、寝ちゃダメだよ……寝たらまた森の魔物が倒れちゃうから」
「……がんばる……」
レオンが焚き火を見つめながら言う。
「しかし……ドラゴンが協力してくれるとはな」
カイルが頷く。
「森の均衡を守るためだろう。
ネムリネの魔力は強すぎる。
このままでは森全体が眠りにつく可能性がある」
ミナが僕を見る。
「ネムリネって……そんなにすごいの?」
僕は霊体のまま、ふらりと揺れながら言った。
「……わからない……」
三人は苦笑した。
◆
夜が明けた。
朝日が森に差し込み、霧が薄く漂う中――
ドラゴンが再び姿を現した。
レオンが立ち上がる。
「来たな」
ドラゴンはゆっくりと近づき、僕の本体の蕾を見下ろした。
「……夜の間、魔力は安定していたようだな」
カイルが頷く。
「はい。ネムリネの魔力は落ち着いています」
ドラゴンは僕の霊体へ視線を向ける。
「眠りの子よ。
お前を森の奥へ移す方法を教えよう」
三人が息を呑む。
「本当に……方法があるのか?」
ドラゴンは静かに頷いた。
「ある。
だが――簡単ではない」
ミナが不安そうに言う。
「簡単じゃないって……どういうこと?」
ドラゴンは僕の本体を見つめながら言った。
「この子の根は、ただの植物の根ではない。
“魔力の根”だ。
無理に引き抜けば、魔力が暴走し、森を覆う眠りが広がるだろう」
レオンが顔をしかめる。
「……やっぱり簡単にはいかないか」
カイルが慎重に言う。
「では、どうすれば?」
ドラゴンは森の奥を見つめた。
「この子が“自ら根を畳む”必要がある」
三人は同時に固まった。
「自分で……?」
「根を畳むって……そんなことできるの?」
「ネムリネにそんな力が?」
僕は霊体のまま、ふらりと揺れながら言った。
「……できる……の……?」
ドラゴンはゆっくりと頷いた。
「できるようになる。
だが、それには“魔力の調律”が必要だ」
ミナが目を丸くする。
「調律……?」
ドラゴンは説明を続ける。
「眠りの子は、名前を得て存在を確立した。
だが魔力はまだ荒い。
眠りの波が制御できていない。
だから根も暴走し、森に広がっている」
レオンが腕を組む。
「つまり……魔力を整えれば、根も畳めるようになるってことか?」
「その通りだ」
ミナが僕を見る。
「ネムリネ……魔力を整えるって、できる?」
僕は霊体のまま、ふらりと揺れながら言った。
「……ねむ……むずかしい……?」
ドラゴンは優しく言う。
「難しくはない。
だが……“きっかけ”が必要だ」
カイルが身を乗り出す。
「きっかけ……?」
ドラゴンは森の奥を見つめた。
「森の奥に、“調律の泉”がある。
そこへ連れていけば、この子の魔力は整うだろう」
三人は顔を見合わせた。
「調律の泉……?」
「そんな場所が……」
「聞いたことがないな」
ドラゴンは静かに言った。
「古い森の秘密だ。
人間には知られていない」
レオンが息を吐く。
「……そこへ行けば、ネムリネは成長できるんだな?」
「そうだ。
そして成長すれば、自ら根を畳み、移動できるようになる」
ミナが嬉しそうに言う。
「じゃあ……ネムリネを森の奥に連れていけるんだね!」
カイルが頷く。
「希望が見えてきたな」
僕は霊体のまま、ふらりと揺れながら言った。
「……ぼく……いける……?」
レオンがすぐに首を振った。
「いや、ネムリネ。
お前は本体から離れられないんだ。
昨日、試しただろ?」
ミナも続ける。
「本体から離れると光が弱くなって……危なかったよ」
カイルが補足する。
「霊体の可動範囲は本体の周囲だけ。
泉まで行くのは不可能だ」
ドラゴンは静かに頷いた。
「その通りだ。
眠りの子はまだ未熟。
霊体だけで泉へ行くことはできない」
三人は固まる。
「じゃあ……どうするんだ?」
「泉に行けないなら……」
「成長できないじゃないか」
ドラゴンは静かに言った。
「泉の水を――お前たち人間が取りに行くのだ」
三人は息を呑む。
「俺たちが……?」
「泉まで……?」
「危険じゃないの?」
ドラゴンは頷いた。
「危険だ。
だが……泉の水は強い魔力を持つ私が触れれば、力が濁って変質してしまう」
カイルが驚く。
「ドラゴンの魔力が……強すぎるから?」
「そうだ。
泉の水は繊細だ。
私が持ち帰れば、別物になる」
レオンが息を吐く。
「つまり……泉の水を持ち帰れるのは、俺たちだけってことか」
「その通りだ」
ミナが不安そうに言う。
「でも……泉って危険なんでしょう?」
ドラゴンは静かに答えた。
「危険だが……お前たちなら行ける」
カイルが頷く。
「行くしかないな」
レオンが僕を見る。
「ネムリネ、待っていられるか?」
僕は霊体のまま、ふらりと揺れながら言った。
「……ねむ……まつ……」
ミナが微笑む。
「うん。すぐ戻るからね」
ドラゴンは翼を広げ、森の奥を指し示した。
「ついてこい。
調律の泉は……この森の最深部にある」
こうして――
ネムリネを成長させるための“泉の水”を求めて、
冒険者たちとドラゴンの旅が始まる。
僕は霊体のまま、ふわふわと揺れながら見送った。
「……がんばって……」
本体の蕾は、静かに光を放っていた。




