第8話 森の奥から来たもの
森の奥から吹き込んだ風は、ただの風ではなかった。
湿り気を帯び、重く、どこか“古い魔力”の匂いがする。
その瞬間――
僕の本体の蕾が、びくりと震えた。
霊体の僕も、ふわりと揺れながら思わず声を漏らす。
「……つよい……まりょく……?」
眠気とは違う。
胸の奥がざわつくような、強い魔力の波。
ミナが驚いたように僕を見る。
「ネムリネ……魔力に反応してるの?」
カイルが頷く。
「間違いない。
ネムリネの本体が“外からの魔力”に反応している」
レオンが剣を構え、森の奥を睨む。
「……つまり、相当な強者が来るってことか」
◆
木々がざわりと揺れた。
風ではない。
何か巨大なものが通った音だ。
レオンが剣を構え直す。
「……姿を見せろ」
その声に応えるように、森の奥の影がゆっくりと形を成していく。
最初に見えたのは、巨大な影。
次に、地面を踏みしめる重い足音。
そして――
それは、姿を現した。
巨大な翼。
硬質な鱗。
金色の瞳。
ドラゴンだった。
ミナが震える声で言う。
「……ドラゴン……?」
カイルが小さく頷く。
「高位種……古代種のドラゴンだ」
レオンが剣を握り直す。
「敵意は……?」
「感じない。だが……圧倒的だ」
ドラゴンはゆっくりと近づいてきた。
その歩みは静かで、森の音と同化している。
僕は霊体のまま、ふらりと揺れながら言った。
「……つよい……まりょく……くる……」
ミナが僕に向かって手を伸ばすようにして言う。
「大丈夫だよ、ネムリネ。私たちがいるから」
◆
ドラゴンは僕の前で立ち止まった。
その金色の瞳が、僕の本体の蕾へ向けられる。
そして――
低く響く声が森に広がった。
「――この森に満ちる“異質な魔力”を感じて来た」
三人が息を呑む。
ドラゴンは続ける。
「害意はない。
ただ……この魔力の源を確かめに来ただけだ」
僕の本体の蕾が、ドラゴンの魔力に呼応するように光を放つ。
ミナが驚きの声を上げる。
「ネムリネの本体が……!」
カイルが低く呟く。
「……やはり、強い魔力に反応している」
レオンがドラゴンを睨む。
「おい……お前は何者だ?」
ドラゴンはゆっくりと首をもたげ、答えた。
「私はこの森の深層に棲む者。
名を持つ必要はない。
ただ……“均衡”を守るために動く存在だ」
その声には威圧感があるが、敵意は感じられない。
僕は霊体のまま、ふらりと揺れながら言った。
「……ぼく……よばれた……?」
ドラゴンは静かに頷く。
「お前の魔力が……森の奥まで届いた。
眠りの波が、森の魔物を鎮めている」
三人は顔を見合わせる。
「やっぱり……ネムリネのせいだったんだ……」
「いや、悪い意味じゃないぞ」
「自然の力が強すぎるだけだ」
僕は霊体のまま、ふらりと揺れながら言った。
「……ごめん……?」
ドラゴンは首を振る。
「謝る必要はない。
ただ……このままでは森の均衡が崩れる」
レオンが身構える。
「……どうすればいい?」
ドラゴンは僕の本体を見つめながら言った。
「この子を……森の奥へ移すべきだ」
三人は同時にため息をつく。
「それができないから困ってるんだよ……」
「根が深くて……」
「魔力も強すぎて……」
ドラゴンは静かに言った。
「ならば……私が手を貸そう」
三人が驚きの声を上げる。
「えっ……協力してくれるの?」
「ドラゴンが……?」
「本気か……?」
ドラゴンはゆっくりと頷いた。
「この森のためでもある。
そして……この子のためでもある」
僕は霊体のまま、ふらりと揺れながら言った。
「……ぼく……うごける……?」
ドラゴンは優しく答えた。
「動かす方法はある。
だが……準備が必要だ」
レオンが息を呑む。
「準備……?」
ドラゴンは森の奥を見つめた。
「夜が明けたら話そう。
今は……“眠りの子”を刺激しない方がいい」
僕の本体の蕾は、静かに光を放っていた。
まるで――
“次の段階”を待っているかのように。




