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第15話 揺れる外界 ―ギルドと国と魔族と―

 森の中心にネムリネを残し、

 レオンたちは静まり返った森を歩き始めた。


 眠りの波動はまだ森に残っており、

 魔物たちは深い眠りについたまま動かない。

 風も、木々も、まるで世界そのものが夢の中に沈んだようだった。


 ミナが振り返りながら呟く。


 「……ネムリネ、大丈夫だよね……」


 カイルが頷く。


 「森の中心は魔力が安定していた。

  あそこなら……ネムリネは安全だよ」


 レオンは剣の柄を握りしめた。


 「問題は……外だ。

  あの眠りの波動、森の外まで届いてた。

  ギルドが黙ってるはずがない」


 三人は自然と歩幅を速めた。


---


 森の奥から外へ向かう道は、

 いつもよりずっと長く感じられた。


 木々は眠り、風は止まり、

 森全体が静かに息を潜めている。


 ミナがぽつりと言う。


 「……森って、こんなに静かだったっけ……?」


 レオンが答える。


 「いや……違うな。

  これは“静か”じゃなくて……“眠ってる”んだ」


 カイルが魔力視を発動しながら言う。


 「ネムリネの魔力が……森全体に薄く残ってる。

  まるで毛布みたいに……森を包んでるんだ」


 ミナはその言葉に少し安心したように微笑んだ。


 「……ネムリネらしいね」


 レオンは前を見据えたまま言う。


 「だが……このままじゃ済まない。

  森の外の連中は、こんな現象を見たら……」


 カイルが続ける。


 「“脅威”と判断する可能性が高い。

  だからこそ、俺たちが先に報告しないと」


 三人は森の出口へ向かって歩みを速めた。


---


 森を抜け、街道へ出ると――

 そこには異様な光景が広がっていた。


 荷馬車が横倒しになり、

 商人たちが荷物のそばで深く眠っている。

 馬たちも地面に伏せ、静かに寝息を立てていた。


 ミナが息を呑む。


 「……ここまで……」


 カイルが魔力視を発動し、青ざめた。


 「眠りの波動……森からここまで届いてる……

  ネムリネの魔力……本当に規格外だ……」


 レオンは険しい顔で言う。


 「急ぐぞ。

  このままじゃギルドか国が動く。

  馬を借りるしかないな」


 ミナが商隊の馬に駆け寄る。


 「この子たち……起こせるかな?」


 カイルが馬の額に手を当て、魔力を流す。


 「ネムリネの眠りだ。

  深いけど……害はない。

  揺り起こせば起きるはず」


 レオンが馬の首を軽く叩く。


 「おい、起きろ。頼む、動いてくれ」


 馬はしばらく動かなかったが、

 やがて耳をぴくりと動かし、ゆっくりと目を開けた。


 「……よし、起きた」


 ミナも別の馬を揺り起こす。


 「ごめんね……ちょっとだけ貸してね……」


 馬は鼻を鳴らし、ミナの手に顔を寄せた。


 カイルの馬も同じように目を覚まし、

 三人は馬に跨がった。


 レオンが言う。


 「歩くより早い。急ぐぞ」


 三人は馬を走らせ、街へ向かった。


---


 街の門に近づくと、

 門番たちが地面に座り込んで眠っていた。


 ミナが心配そうに覗き込む。


 「……大丈夫かな……?」


 レオンが脈を確かめる。


 「生きてる。

  ただ……深く眠ってるだけだ」


 カイルが言う。


 「ネムリネの眠りは“害”じゃない。

  でも……外から見れば、ただの異常現象だ」


 三人は馬を降り、街へ足を踏み入れた。


 街の中も同じだった。


 店の前で眠る商人。

 ベンチで眠る老人。

 道端で眠る子ども。


 まるで街全体が、

 ネムリネの夢の中に迷い込んだようだった。


 ミナが胸に手を当てる。


 「……ネムリネ……こんなに……」


 レオンが言う。


 「悪気はない。

  あいつはただ……眠りたいだけなんだ」


 カイルが頷く。


 「だからこそ、俺たちが説明しないと」


 三人は馬を引きながらギルドへ向かった。


---


 ギルドの扉を開けると、

 中は騒然としていた。


 受付嬢が冒険者たちに囲まれ、

 何かを必死に説明している。


 「森の異変については現在調査中です!

  落ち着いてください!」


 冒険者たちは口々に叫んでいた。


「森の魔物が全滅したって本当か!?」

「街道で兵士が眠ってたぞ!」

「魔族の仕業じゃないのか!?」


 レオンたちが近づくと、

 受付嬢が驚いた顔で言った。


 「あなたたち……!

  森の調査に行っていたはずじゃ……無事だったんですね!」


 レオンが頷く。


 「森の異変について報告がある。

  ギルドマスターに通してくれ」


 受付嬢はすぐに奥へ案内した。


 「マスター失礼します、カイルさん達が戻りました」


 重厚な扉の向こうで、

 ギルドマスターが腕を組んで待っていた。


 「…戻って来たか。

  森で何が起きた?」


 レオンは深く息を吸い、話し始めた。


 「森の奥で……“眠りの子”と呼ばれる存在に出会いました。

  名前はネムリネ。

  見た目は蕾のような姿で……霊体としても現れます」


 ギルドマスターは眉をひそめる。


 「……精霊か?」


 カイルが首を振る。


 「精霊に近いですが……もっと根源的な存在です。

  森そのものと繋がっている……“森の主”のような」


 ミナが続ける。


 「ネムリネは……悪い子じゃありません。

  ただ……眠りたいだけなんです」


 レオンが言う。


 「ですが、魔力が暴走して……

  森全体を眠らせてしまった」


 ギルドマスターの表情が険しくなる。


 「……街道の眠りも、その影響か」


 カイルが頷く。


 「はい。

  ですが、ネムリネは調律を終え、

  今は森の中心で進化の準備に入っています」


 ミナが付け加える。


 「それに……ネムリネの傍にはドラゴンがいます。

  ネムリネを守るって……言ってました」


 ギルドマスターの目が大きく開かれた。


 「……ドラゴン、だと?」


 レオンが真剣な声で言う。


 「はい。

  ネムリネを“眠りの子”と呼び、

  森の主として認めているようでした」


 ギルドマスターは長い沈黙の後、

 深く息を吐いた。


 「……信じがたい話だが……

  お前たちが嘘をつく理由もない」


 カイルが前に出る。


 「ネムリネは……脅威ではありません。

  どうか……討伐依頼なんて出さないでください」


 ギルドマスターは目を閉じ、

 重い声で言った。


 「ギルドとしては、討伐依頼は出さない。

  だが――」


 レオンが眉をひそめる。


 「だが?」


 ギルドマスターは机に手を置き、言った。


 「国が動く。

  街道が封鎖され、兵士が眠った。

  これは国家規模の問題だ」


 三人は息を呑んだ。


 ギルドマスターは続ける。


 「さらに……魔族側も動いているという情報が入った。

  “強大な眠りの魔力が発生した”と、

  魔族領でも観測されたらしい」


 ミナが青ざめる。


 「魔族まで……?」


 カイルが拳を握る。


 「ネムリネは……狙われる……」


 レオンは静かに言った。


 「守らなきゃならない」


 ギルドマスターは三人を見つめた。


 「お前たちには、森の監視任務を任せる。

  国や魔族が動いた時、

  ネムリネを守るための情報が必要だ」


 三人は力強く頷いた。


 「……わかりました」


---


 その頃――

 森の中心。


 ネムリネの蕾は静かに光を放ち、

 森全体へと魔力を流していた。


 ドラゴンがその前で静かに目を閉じる。


 「眠りの子よ……

  外界は動き始めた。

  だが、恐れるな。

  この森は……お前の“ねどこ”。

  我が翼の下にある」


 蕾は、まるで返事をするように光を強めた。


 森は静かに、しかし確実に――

 新たな主の誕生を待っていた。

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