第13話 根を畳む時 ―共に生きるために―
森は静まり返っていた。
眠りの波動がすべてを包み込んだ後、
風も、木々も、魔物たちも、
まるで深い夢の中に沈んだように動きを止めている。
僕――ネムリネの本体の蕾は、
調律の余韻で淡い光を脈打たせていた。
◆
ドラゴンがゆっくりと翼を広げ、
眠りに落ちた冒険者たちの前に立つ。
「……人間たちよ、起きろ」
低い声が響き、空気が震える。
レオンが最初に目を開けた。
「……っ……ここは……」
続いてミナが目をこすり、
カイルが杖を抱えたままゆっくりと起き上がる。
ミナが周囲を見回し、息を呑んだ。
「……森が……全部、眠ってる……」
レオンは眉をひそめる。
「ネムリネ……無事なんだろうな」
カイルが魔力視を発動し、震える声で言う。
「ネムリネの眠りの波動……森全体を覆ってる……
これは……森の外まで届いてるかもしれない……」
三人は光を放つ蕾へと駆け寄った。
◆
ドラゴンが静かに言う。
「眠りの子は、まだ眠っている。
起こしてやれ、人間たちよ」
ミナがそっと蕾に近づき、優しく声をかける。
「ネムリネ……起きて……」
レオンも続ける。
「おい、ネムリネ。終わったぞ。大丈夫だ」
カイルが静かに呼びかける。
「ネムリネ……戻ってこい」
蕾が、ぽうっと光を強めた。
ふわり……
霊体の僕が、ゆっくりと蕾から浮かび上がる。
「……ねむ……
みんな……おこした……?
ぼく……まだ……ねてちゃ……だめ……?」
ミナが微笑む。
「ごめんね。でも、ネムリネが必要なんだ」
◆
ドラゴンが地面に爪を立て、低く呟く。
「眠りの子よ。
調律は終わった。
次は――“根を畳む”時だ」
レオンが周囲を見回す。
「根は……森の奥深くまで伸びてるんだよな。
どうやって畳むんだ?」
カイルが魔力視を強める。
「……根が……脈動してる……
ネムリネの魔力が、全部の根に流れてる……」
ドラゴンが頷く。
「根は“森と繋がる道”。
眠りの子は森と共に生きる存在。
だが今は……“森の中心へ向かうため”に、それを畳まねばならぬ」
ミナが不安そうに言う。
「痛くないの……?」
僕は霊体のまま、ふらりと揺れながら言った。
「……ねむ……
でも……だいじょうぶ……
ぼく……この森と……
ここにいるみんなと……
ずっと……いっしょに……いたい……
ここで……ねむって……まもりたい……」
三人は静かに頷いた。
◆
ドラゴンが言う。
「眠りの子よ。
根を畳むには……“願い”が必要だ。
お前が望む形を、森に示せ」
僕の本体の蕾が、ぽうっと光を強める。
胸の奥から、あの声が響いた。
――眠りの子よ。
お前はどんな“眠り”を望む?
僕は迷わず答えた。
「……ぼく……
この森と……
ここにいるみんなと……
ずっと……いっしょに……いたい……
だから……ここで……ねむりたい……
ここで……まもりたい……」
声が優しく笑った。
――ならば、森と共にあれ。
眠りを広げるのではなく……
眠りを“守る”存在となれ。
◆
地面が震えた。
蕾の下から伸びていた無数の根が、
ゆっくりと、ゆっくりと縮み始めた。
ミナが息を呑む。
「……動いてる……!」
レオンが驚きの声を上げる。
「根が……自分で畳まれていく……!」
カイルが魔力視を強める。
「ネムリネの魔力が……膨れ上がってる!
根の一本一本を魔力に変換して回収してるんだ……!」
ドラゴンが静かに言う。
「そうだ。
眠りの子の根は魔力の延長。
魔力操作ができれば、回収もできる。
調律前は暴走していたが……今は違う」
根は次々と地中から抜け、
光の粒となって蕾へ吸い込まれていく。
まるで――
長い夢を終えて、森の一部として生まれ変わるようだった。
◆
やがて最後の一本が光に変わり、
蕾は地面に静かに落ち着いた。
ミナが胸に手を当てる。
「……終わった……のかな?」
カイルが頷く。
「うん。ネムリネは……“森と共にある存在”として
自立したんだと思う」
レオンが蕾を見つめる。
「これから……どうなるんだ?」
ドラゴンが答える。
「眠りの子は……森の中心へ向かわねばならぬ。
そこには“魔力あふれる地”がある。
眠りの子が本当の意味で根付く場所だ」
三人は息を呑む。
ミナが不安そうに言う。
「ネムリネ……行けるの……?」
僕は霊体のまま、ふらりと揺れながら言った。
「……ねむ……
でも……うごけない……
もりの……まんなか……
よんでる……きがする……」
カイルが驚く。
「呼んでる……? 森が……?」
ドラゴンが頷く。
「森の中心には“森の核”がある。
眠りの子が主となるための場所だ」
レオンが息を呑む。
「進化……?」
ドラゴンは静かに言う。
「眠りの子は、まだ“種”にすぎぬ。
森の中心で……真の姿へ近づく」
ミナがネムリネに向き直る。
「ネムリネ……行こう。
森の中心まで、私たちが連れていくよ!」
レオンがドラゴンに向き直る。
「ドラゴン……ネムリネの行くべき場所まで案内してくれ」
カイルがレオンの肩を叩く。
「レオン……言い方ってものがあるだろ。
ドラゴン殿、最後まで見届けたい。
どうか案内をお願いできないだろうか」
ドラゴンはゆっくりと翼を広げた。
「眠りの子を森の中心へ運ぶのは……私の役目だ」
蕾が、ぽうっと光を放つ。
――森の中心へ。
そこから、ネムリネの“進化”が始まる。




