8
青司視点
ギルドの大扉を押して中に入ると、そこには外の喧噪とはまた違った、独特の活気があった。
広い石造りのホールには高い天井から光が差し込み、壁には大きな掲示板が据え付けられている。紙に書かれた依頼がびっしりと貼られ、人々がそれを見ては立ち止まり、声を交わしていた。奥には木製のカウンターが横一列に並び、数人の受付嬢や受付員が手際よく来訪者をさばいている。
革の匂い、紙の香り、そして人々が持ち込む品物のにおいが入り混じり、青司にはどこか「市場」に似た熱を感じさせた。ただしそこに漂うのは商談や交渉の真剣さで、軽い遊び心は一切ない。
カウンターの一つに並び、順番が来た青司は緊張で喉が少し渇くのを感じながらも、深く息を吸って受付嬢に声をかけた。
「薬を……売りたいのですが」
落ち着いた栗色の髪をまとめた受付嬢が視線を向け、慣れた口調で返す。
青司の番になり、木製のカウンター越しに受付嬢が柔らかい笑みを向けてきた。
「薬を売りたい、とのことですが――まず確認させていただきます。ギルドの会員証はお持ちでしょうか?」
「いえ……まだです」
青司が答えると、受付嬢はすぐに帳簿を取り出し、落ち着いた口調で続ける。
「では、まず会員登録をしていただきます。会員となれば取引の記録が残り、信用の証明にもなります。ギルドにとって、会員は街の信用そのものですので、いくつか質問させてください」
青司は、姿勢を正して頷いた。受付嬢の視線はにこやかだが、どこか測るような光を帯びている。
「では、まずお名前を」
「青司と申します」
「セイジ様。……お住まいは?」
「街の外の森に、住まいがあります。そこで……薬を作っています」
受付嬢の眉がわずかに動いた。森で暮らすというのは珍しいのか、それとも怪しまれたのか。だがすぐに、事務的な口調で続けた。
「森、ですか……。では、扱うのは薬が中心と考えてよろしいですか?」
「はい。怪我の治療薬や解熱剤、鎮痛剤、火傷を治す軟膏などです。店は構えていませんが、品質には自信があります」
青司の言葉に、受付嬢は視線を落として帳簿にさらさらと書き込みながら、さらに問いかける。
「なるほど……規模としては、森で採取した薬草を加工して売る個人商い、というところでしょうか?」
「そうなります」
短く答える青司の声には、わずかな緊張が混じる。
受付嬢は数秒だけ彼を見つめ、次に表情をやわらげた。
「……承知しました。それでは登録を進めます。少し高いですが、会費は銀貨一枚となります。大丈夫でしょうか」
青司は腰の小袋から銀貨を取り出し、手のひらに汗が滲むのを感じつつ差し出した。受付嬢は受け取り、帳簿に収めてから小箱を取り出す。
蓋を開けると、中には三つの円が重なり合った紋章を刻んだ金属のピンバッジが収められていた。
「では、こちらが会員証です。三つの円は、人・金・物――商業を支える三つの要を示しています。衣服や荷物に付けてお使いください。これがあれば、街の中で商人として認められます。失くさないでくださいね、再発行には再度銀貨一枚かかりますので」
青司はピンを手に取り、胸の奥で小さく安堵した。
ただ金を払えば済むと思っていたが、問いかけの一つ一つに、試されている感覚があった。自分がこの街で認められるのか――その境界線に立たされたような緊張感がまだ抜けない。
「それでは、次は薬を拝見します。薬は領民の健康に関わりますので鑑定が必要となります。」
促され、青司は背のリュックからいくつかの瓶を取り出し、カウンターに並べた。澄んだ液体、草の色がほのかに残るもの、樹脂を混ぜた軟膏……。受付嬢は一本を手に取り、光にかざし、少し眉を寄せてから、青司を見た。
「……少々お待ちください。責任者に確認いたします」
そう言うと、瓶を数本持って奥の扉へと姿を消してしまった。青司はその場に残され、ざわめくホールの中で一人きりのような心地になる。周囲では他の商人たちが笑い、怒鳴り、交渉の声を交わしている。その中で自分だけが取り残されたようで、胸の奥が不安に締めつけられた。
**************
リオナ視点
昼の忙しさがようやく落ち着き、食堂の中は常連客の笑い声が残る程度になった。
私は姉に用意してもらった昼食を食べ終え、椅子に背を預けて小さく息をついた。香ばしい肉と野菜のスープ――やっぱり姉の味だ。森の中では決して味わえない、懐かしい安らぎをくれる。
その時、奥から戻ってきた姉が、ふと私の姿を見て目を細めた。猫人族らしい鋭い視線が、じっくりと私を観察する。
「……リオナ」
「なに?」
「その服……ずいぶん大きいわよね。いつもの狩人服じゃないでしょ?」
心臓が跳ねた。
そう、今の私はいつもの狩り着じゃない。代わりに着ているのは、二回りも大きな――あの少年の服。袖は長すぎて三度も折り返し、裾はだぼだぼで腰ひもで無理やり締めている。それでも余り布がぶわりと揺れる。まるで子どもが大人の服を無理やり着ているみたいだ。
「……ちょっと事情があって」
口ごもると、姉はすぐに察したらしい。口元ににやりと笑みを浮かべ、尻尾を軽く揺らす。
「ふうん。事情ねえ。狩り着をなくして、しかも替えの服もないあんたが……。それ、男物でしょ? 借りたか、もらったんじゃないの?」
「っ……!」
耳の先まで熱くなる。図星を突かれて、思わず背筋が硬くなった。
ぶかぶかの袖口を握りしめると、どうしてもあの少年の顔が浮かんでしまう。無造作に人を助け、けれど散らかった家の中で、魔法薬を作る姿だけはやけに真剣で――。思い出すだけで胸がざわつく。
「……借りただけ。本当に、それだけ」
わざと強い声で言い切る。
けれど姉は、くすくすと笑いながら私の様子を見ていた。長すぎる袖から覗く手の先や、余り布でだぼついた裾のライン。それが私の体格に合っていないことは一目で分かる。まるで、誰の服かを暗に示しているようだった。
「そういうことにしておいてあげるわ。でもね、リオナ。ぶかぶかでも……似合ってる。狩人服より、ちょっと女の子らしい感じ」
「そ、そんなことないから!」
思わず声を張り上げてしまった。
尻尾が落ち着きなくぱたぱたと動き、姉にそれを見られた気がして、私は慌てて俯いた。器を片付けるふりをしながら、これ以上追及されないように祈るしかなかった。
姉の笑みがいやに含みを帯びて見えて、私は居心地悪く椅子に座り直した。
長い袖を引き寄せるようにして手を隠す。……見られるたびに思い出してしまう。あの夜、血まみれで意識を失った自分を救った、あの少年の顔を。
「で?」
「……な、なに」
「誰から借りたの?」
ピシャリと突かれ、喉が詰まった。
わざとらしくスプーンを皿に戻し、わずかに視線を逸らす。姉はじっとこちらを見ている。問いただす時の目――誤魔化しは通じない。
「……ちょっと、世話になった人がいて」
「世話? 森で?」
「……うん」
耳が熱い。自分でも、なんて曖昧な答えかと思う。姉の尻尾がゆっくり揺れた。まるで「まだ隠してる」と告げるように。
「リオナ、あんたね。普段なら“他人”なんて言葉すら嫌うのに」
「っ……」
「そのあんたが、“世話になった”なんて言うなんて。しかも――男物の服を着てる」
視線が刺さる。図星すぎて言葉に詰まり、唇を噛んだ。
姉は肩をすくめ、少し困ったように笑った。
「……まあ、言いたくないなら言わなくてもいい。でもね、顔に全部出てるわよ? リオナ」
「ち、ちがっ……! そんなんじゃない!」
慌てて声を張り上げた瞬間、耳がぴんと立ち、尻尾が勝手に膨らんでしまう。自分で抑えようとしても無駄だ。
姉はそれを見て、さらに笑いをこらえていた。
「ふふ……そういう顔するようになったのね。ねえ、リオナ。あんたが“誰かに助けられた”って言うの、何年ぶりかしらね」
胸がぎゅっと締め付けられる。
誇り高く、強くあるべきと生きてきた自分。けれど――あの森で倒れていた自分を助けてくれたのは、紛れもなくあの少年で。今こうして無事に姉と話せているのも、彼のおかげなのだ。
でも、それを素直に口にするのは……やっぱり、恥ずかしすぎた。
「……とにかく! ただの服よ。ただの」
視線を逸らしながら言うと、姉は「ふうん」とだけ返して笑みを深めた。
その尻尾が楽しげに揺れているのを見て、私はもうこれ以上この話題を続けられないと悟った。
姉はまだ私を見逃してくれなかった。
皿を拭きながら、何気ない調子で言葉を落とす。
「で――その服を貸してくれた“誰か”。名前は?」
背筋がぴんと強張る。
私は慌ててスプーンをいじりながら、目を伏せた。ここで誤魔化しても、どうせ姉の前では無駄だ。子どもの頃から、ちょっとした尻尾の動きや耳の角度で嘘を見抜かれてきたんだから。
「……セイジ、セイジっていう、男の人」
小さな声で吐き出した瞬間、顔が熱くなった。
「セイジ、ね」
姉は腕を組み、ふむと頷くと、目を細めた。
「なるほど。……じゃあリオナ、その服は早めに返さないとね」
「っ……」
「借りっぱなしは駄目でしょ? 新しいのを買って、ちゃんと自分の服にしなきゃ」
そう言って姉は当然のように立ち上がった。
私は慌てて椅子を引き寄せる。
「え、い、今から?」
「ええ、今から。いい古着屋を知ってるの。動きやすくて丈夫な服が揃ってるわ」
腕を掴まれ、ずるずると玄関の方へ引かれていく。
ちょうど奥から義兄が出てきた。大きな体に穏やかな笑みを浮かべ、私たちを見て首をかしげる。
「おや、どこへ行くんだい?」
「この子の服を買いに行くのよ。見てのとおり、今は借り物みたいだから。ちょっとだけ、いい?」
姉がそう答えると、義兄は目を瞬かせ、それから楽しそうに笑った。
「はは、なるほど。じゃあ今日は姉妹で仲良く行っておいで。店は俺に任せなさい」
背を押すような言葉に、私は抵抗を諦めた。
ぶかぶかの袖を握りしめたまま、姉に引かれて街の通りへと足を運ぶ。
――こうして私は、セイジから借りたままの服を返すために、古着屋へ連れて行かれることになったのだった。
**************
青司視点
やがて、厚い扉が開き、ずんとした足音が近づいてくる。現れたのは、年の頃は四十前後、恰幅のよい男だった。肩幅が広く濃い髭をきちんと整え、灰色の上衣の胸にはギルド章――三重の円が重なった紋が光る。
「君がセイジだな」
低く通る声。目は商人のそれで、値踏みも威圧も同時にやってのける。
「私はリルト商業ギルド副ギルド長のガラント。……その薬、私にも見せてくれ」
青司は並べた瓶を一歩前に押し出し、息を整えた。周囲では帳簿を捲る音、秤に分銅を置く音、依頼札の前で言い争う声が交錯する。けれどカウンターの内側――この狭い一角だけは、井戸の底のように静まり返った。
「まずは、傷の回復薬から」
青司は、淡く青緑を帯びた透明の液体を示す。
「主材は《癒糸草》と《メルサ樹皮》、媒質は湧水です。湖底で湧く清水を汲んでいます。――抽出は加温ののち、魔力で繊維をほどいて有効成分を引き出す方法。仕上げに“魔力の糸”で成分を格子状に固定して、劣化を抑えています」
ガラントの眉がわずかに動く。「魔力?固定?」
「はい。目に見えませんが、魔力でごく薄い膜を何層も織ってあります。栓に刻印を入れておくと、膜が緩んだ時に色が鈍ります。これで使用期限を見分けられます。常温保管で三か月。冷暗所なら半年は品質が保てます」
青司はコルクの側面に刻まれた小さな印を示した。日付と記号、そして細い線が二重に走っている。ガラントは栓をわずかにひねり、匂いを確かめ、光にかざす。沈殿はない。指先で瓶を軽く弾くと、液面にごく淡い光の筋が走った。
「用法は?」
「外用・内服、どちらでも。深い裂創には洗浄後に直接灌注、浅い切創なら布に染ませて圧迫。内服はこの小瓶一本で大人一回分。欠点は、急速な再生で熱が出ることがあるので、解熱剤を併用してください」
「ふむ」
ガラントは無言で頷き、次の瓶を指で叩いた。
「こちらが止血剤です」
琥珀色の液体。
「《凝血草》と《ヤロウ葉》を清水に浸したもの。強い収斂と凝固を促す作用があります。血が“にじむ”程度から動脈性の噴出まで、圧迫と併用すれば効果が出ます。だだし、壊死した組織には使わないこと。表皮が縮みすぎるので」
短く「了解した」とだけ告げると、ガラントは隣の丸缶を手に取った。開けると、清涼な香りが立つ。
「火傷の軟膏」
「はい。《水刃草》のジェルと蜂蠟、獣脂、そこに《薄荷》と《月白花》からとった精油を。容器の底面に冷却と抗菌の簡易術式を刻んであります。熱傷面に薄く伸ばせば鎮痛と発赤の抑制が速い。あと、やけど跡の瘢痕を軽くするために再生の“糸”を弱く織っています」
ガラントは蓋の裏を眺め、刻んだ微細な符を親指でなぞった。口許に、ほんの僅かな感心の色が走る。
「解熱・鎮痛は一本に?」
「分けています」
青司は淡い黄色の液体と、薄く濁った透明液を並べる。
「こちらが解熱剤。《白柳樹皮》と《青ショウ》、それに少量の《冷香草》。胃を荒らしにくいよう、粘液質の抽出物を加えてあります。大人は一回――この目盛り線まで。子どもは半量。過量だと胃がむかつきます」
「こちらが鎮痛。筋肉や打撲の痛みに。《石胡椒》と《冬緑樹》、微量の麻酔成分は魔力で“束ね”て拡散を抑えています。頭痛にも効きますが、止血剤と同時に大量使用は不可。血の巡りに干渉します」
「禁忌まで口にするか。……言いにくいことほど先に言える職人は少ない。それにしても、どれも今までにない調合法だな」
ガラントの声がわずかに和らぐ。
その時、後ろから声がかかった。「副長、客が来てますが」
ガラントは手を上げて制し、「待たせろ」と短く返すと、傍らの若い書記に目をやった。
「おい、さっき紙で指を切っていたな。どれだ」
呼ばれた書記が気まずそうに近づき、赤くにじむ小さな切り傷を見せる。
「丁度いい。止血剤をひと滴、やってみてくれ」
青司は瓶の口を拭い、布に一滴含ませて軽く押さえる。瞬く間に血が止まり、皮がきゅっと縮む。書記が目を丸くした。
「……沁みるけど、止まります。早い」
「じゃあ、こっちは頭痛持ちだ」
今度は帳簿係の男が苦笑いでこめかみを押さえる。青司は鎮痛を蓋裏の匙で一口分だけ渡した。数呼吸ののち、男の眉間の皺がほどける。
「おお……薄く、頭の端から離れていく。重い感じが消えますね」
ガラントは腕を組み、ゆっくりと顎を引いた。
「効き目の立ち上がりが良い。しかも“薬臭”がきつくない。粗悪な品は鼻に刺す匂いがあるが、これは抑えが利いている」
青司は小さく頷き、補足する。
「抽出の終盤に“圧”をかけすぎないようにしています。効けばいいではなく、あとで反動が出ないよう、魔力の層を薄く重ねる。――それと、どの瓶も底に小さく刻印を入れています。薬草と猫の印です。偽造防止に、刻印に触れると薄く光ります」
ガラントが瓶底を指で軽く叩くと、ほのかな光が点り、すぐに消えた。
「なるほど。――供給量は?」
「今は、週に回復薬が五本、止血十、解熱と鎮痛は各十、軟膏は二十。品質を落とさないラインです」
「材料は森で?」
「はい。採取地は固定せず、枯渇させないように回しています。水は湖の湧水。煮沸と沈澱で異物を落としています」
「……ふむ」
副長の視線が一段、柔らいだ。先ほどまでの“試す目”が、“値段を付ける目”へと変わる。
「いいだろう。まずは試験販売だ。こちらに持ち込んだ分を、ギルドが販売する形でどうかな」
ガラントは帳簿を閉じ、机の引き出しから厚紙に書かれた契約書を取り出した。赤い封蝋が貼られ、三重円の紋章が浮かんでいる。
「これが販売委託契約書だ。内容は単純明快だぞ。まず――」
低く通る声で、一条ずつ読み上げていく。
「ひとつ。商業ギルドは販売を請け負う際、売上の二割を手数料として受け取る。残りの八割はそのまま君に渡る」
「ふたつ。ギルドの販売網は広い。国内はもちろん、必要とあれば隣国にまで流通させられる。君が街道を歩き回る必要はない。品を持ち込めばよい」
「みっつ。持ち込まれた調合法や製法は国の保護下に入る。開発者の独占権は5年間は侵されない。ギルドといえど勝手に他者へ渡すことは許されん。」
契約書の角を軽く叩き、ガラントは続ける。
「そして最後。君が望むなら、いずれ調合法を公開し、製造を委ねることもできる。その場合は調合法の使用料を徴収し、開発者である君に還元される仕組みだ」
セイジは真剣に耳を傾け、頷いたが、少し考え込んだように眉を寄せる。
「……供給量は、私の手で作れる分だけでいいんですよね?」
「当然だ」ガラントは即座に答えた。「いまは無理に増産を強いることはない。品質が落ちれば、こちらも信用を失う。量は君の裁量で決めろ」
セイジは胸の奥に溜まっていた緊張が、すっと抜けていくのを感じた。
「……ありがとうございます。それなら安心できます」
「それと」ガラントは紙を指でなぞり、補足した。
「販売時には必ず効能・用法・禁忌を明記してくれ。効きすぎる薬は誤用されれば害になる。事故を避けることは、君の名誉を守ることにもつながる」
セイジは深く息を吐き、契約書に目を落とした。条文は短く、しかし肝心な部分は守られている。
「……分かりました。これでお願いします」
署名のために羽根ペンを取ると、ガラントの口許がわずかに緩んだ。
「ギルドでは、まずこの街の三軒の薬屋と衛兵隊に卸そう」
「はい、よろしくお願いします」
ガラントは口の端をわずかに上げ、受付嬢に目配せした。
「登録は済んで、会員章は受け取ったな?」
「はい」
「三重円を胸に付けておけ。人・金・物。今日から君は、その輪の中の一つだ」
そう言って、ガラントは回復薬の瓶を一つ手の中で転がした。光の筋が液中に細く走る。
「――それにしても、久々に“仕事の匂い”がする品だ。森の若い薬師、セイジ。腕は本物だと見た」
セイジの胸の奥が熱くなる。深く一礼した。
「評価、感謝します。期待に応えます」
ホールのざわめきや石床に響く足音が、今、自分の仕事が認められたことを実感させる。服の内側で、三重円の小さなピンがかすかに鳴った。
ガラントが帳簿を閉じると同時に、低く落ち着いた声が青司に響いた。
「――商人の評価は言葉ではなく、行動で示されるものだろう。まずは前金として銀貨七枚を払おう。効能が確かで安定している。売れるはずだと見ているからだ。初めて持ち込んだ以上、多少の現金は必要なのだろう?」
目を細めながら、ガラントは淡々と告げた。その声音には威圧ではなく、取引を成立させるための誠実な確かさがあった。
庶民感覚では一本の薬が銀貨一枚――銅貨百枚。街で暮らすなら一人で七日分の生活費にあたる。その額を当たり前のように口にするガラントの前で、セイジは現実感を失いかけていた。
「……こんなに……」無意識に声が漏れる。
ガラントはその動揺を楽しむように、口の端をさらに持ち上げた。
「驚くことはない。薬は命を繋ぐ品だ。安売りすれば信用を損なう。君の薬は“扱える水準”にある。ならば、正当な値をつけるのがギルドの務めだ」
セイジは喉を鳴らし、無言で頷くしかなかった。
ギルドという大きな組織の中で、自分の薬が評価されたという事実が、ようやく胸の奥に重みをもって刻まれていく。




