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ヘブンズゲート・クライシス  作者: 遠藤 薔薇
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「学校の方には連絡をしておくこと。理由は病欠とかいいわ。診断書が必要ならいくらでも作ってあげる」

「了解です」

「あぁ、後。家族…あなたの場合は父親だけか、彼には一言ことわっておきなさい」

俺は首を傾げた。フェリシティがそんなことを言うなんて意外だった。

「無断でいなくなって、通報でもされたらたまったものじゃないからね。そちらも適当に理由をつけなさいな。もちろんアメリカに行くなんてことは明かしていけないわ。今回のアメリカ旅行はデッド・オア・アライブだし、あなたは未成年の一般人だわ。万が一のないようにこちらもサポートするけど、最悪の事態は起こりうる。まぁ嘘を吐いてもらうわけだけど、ある種の遺言代わりと思ってくれてもいいわ」

「遺言…」

「死ぬことを踏まえてそれとなく日ごろの感謝を伝えておくのも良し、生きて帰る自信があるなら何も言い残さないのもよし。自由に言ってもらっていいわ」

思いがけない配慮だった。フェリシティの優しさなのか、事務的な作業の一環なのかわからず、俺はただ反射的にうなずくくらいしかできなかった。

フェリシティはその話で切り上げ、後は雑談に徹した。これもまた、日常とかけ離れた状況に巻き込まれ緊張した俺に対する配慮だったかもしれない。雑談と言っても終始俺を いじってばかりだったけど。

帰りは家まで送ってもらい、俺は自分の部屋に戻った。

夜の帳が降りた、1人だけの部屋。制服を着替えた後、俺はスマホの画面を見た。夜の10時。この時間、父はまだ仕事中だ。多分出てくれない。もう少し後に電話をかけよう。

着替え終えた後、俺は寝室に入った。すっかり俺が使う様相に戻っている。でも、まだハーピアの気配が残っているたような気がした。やっぱりあの濃密な時間は、衝撃的な体験は簡単には拭いされないものだ。

だけど、もう落ち込みはしない。俺は前に進むと決めた。この騒動の決着をつける。最悪な理不尽を終わらせる。

誇大妄想かもしれないけど、身の丈に合わない判断だけど、この決意は譲らない。

俺は電灯をつけないままベッドに座った。ゆっくり呼吸し真っ暗な部屋の壁を見つめる。

緊張とも不安とも違う静かな昂りが、俺の中で燃え上がっている気がした。


結局その夜は電話をしても父は出なかった。父のいるケープタウンと東京の時差は7時間。現地時間を踏まえて連絡したが、どうやら飲み会か何かに参加しているらしい。父は喋ると小言や心配ばかりだが、筆不精で電話不精だ。母を亡くし、俺が1人暮らしを始めた頃は何かにつけて電話やメールをしてきたが、俺が高校生になってからは1ヶ月に2、3回あるかないかだ。

深夜を回り、さすがに睡魔に襲われていた俺はメッセージだけを送り、ひとまず寝ることにした。明日の朝か、昼過ぎには反応があるだろう。

反応があったのは朝8時だった。寝ぼけ眼だった俺はスマホを手に取る。着信画面だ。

『悪い、飲んでいた…今大丈夫か?』

「うーん…まぁ」

俺はまだ眠っている脳みそを理性で無理矢理たたき起こす。飲んでいたというわりには父の声はハッキリとしていた。ちゃんと酔いをさましてから連絡したのだろう。

「そっちこそ大丈夫?仕事あるでしょ」

『問題ないだろ。二日酔いにはなるだろうが…まぁ仕方ない。で、何の用だ?』

「あーうん…」

どう言い訳をするかは決めていたが、起きたばかりで頭の中が散らかっていた。記憶のピースを集めて、どうにか復元する。

「あのさ、明日から…友達と旅行に行くんだ。それで、1週間くらい家を空ける。それだけ」

『あぁ、そうか。でも俺に言ってどうする。俺が日本に帰るのは2週間後だぞ』

「うーん、一応。ほら、家の郵便とか転送できなくなるから」

『律儀だな。まぁわかったよ。楽しんでおいで』

父が水を飲む音が聞こえた。酒を飲んだ後だから喉が渇いているのだろう。

『ケガの方はどうだ?声を聴く限りは元気そうだが』

「問題ない。病院の定期検査の結果も良好」

『よかった』

たった一言だが、万感の想いがこもっていた。俺が爆発事故に巻き込まれた時、父はものすごい慌てようだった。仕事を投げ出してアメリカに渡ろうとしたが、航空券が手配できず、上手くいかなかったらしい。

幸いにも俺が軽傷で、すぐ父に回復を伝えられた。それでも記憶喪失のことを聴いた時はさすがにショックを受けたらしい。あれだけ筆不精、電話不精だった父が毎日毎日電話をよこしてきた。アメリカに次いで日本に帰ろうとも考えていた。

ただそれは止めた。父が仕事でそれなりに高いポジションを与えられていたのは知っていたし、父がアフリカから日本に戻るには金と時間をかなり浪費する。短期留学で折角父に出してもらったお金をふいにした負い目があった俺は、父に負担をかけたくなかった。

『記憶は…まだか』


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